158 / 302
第17章『鮮血のバレンタイン』
番外篇『繁忙期とご褒美』
しおりを挟む
「佐藤君、好きです!」
…今日だけで何度聞いたか分からない、似たりよったりな言葉。
仕事だから仕方ないと割り切ってはいるけれど、それにしても今年は数が多い。
呪いの電話の噂が嘘みたいにかき消えた影響もあってか、恋愛電話の話が予想以上に広まっているみたいだった。
「結月」
《…包帯を換える時間だったわね》
「離れられそうにないならここで換えるって先生が言ってたけど、伝えてこようか?」
《帰りの放送が流れてからにしてと伝えて》
流石に人様の恋バナを聞かせるわけにはいかないし、だからといって離れている間に悪戯をされても癪だ。
「憲兵姫、これ食べてください!」
「ああ…うん。ありがとう」
「憲兵姫、スポーツ専攻の一件、ありがとうございました!」
「あれで力になれたならよかったよ」
男女問わずモテているように見えるけれど、本人は相手の好意に鈍感なのかしら?
「あ、猫だ!可愛い…」
時折近寄ってくる人間が頭を撫でてくれることがある。
だけど、どの手もあの人のぬくもりには遠く及ばない。
感じ方は個人差があるというけれど、やっぱりもうあの人には会えないんだと少し虚しくなる。
「またね、猫ちゃん!」
気配を消していた夜紅の真横を通り過ぎて、女子生徒は走り去っていく。
…誰かに渡せなかった想いをその場に残して。
《まったく、世話の焼ける人間ね》
「それ、どうするんだ?」
《決まってるでしょ》
もう既に相手が…という場合は別だけど、伝わらない想いがあっていいはずがない。
「優しいんだな」
《仕事だから、仕方なくよ》
「そういうことにしておくよ」
夜紅はいつも真っ直ぐ家に帰らない。
今日も今日で、これからある人物に会うと聞いている。
「こんにちは。西野瑠奈さん、だよな?」
「そうですけど…」
「阿久津春吉さんから伝言を預かっています。信じてくれなくていいから、聞いてもらえないだろうか?」
「春君から?どうして今頃…」
「ありがとうって…大好きでしたって伝えてほしいと笑ってた」
「春君が、本当に言ってたの?」
「伝えてほしいと頼まれました」
そう言って相手にハンカチを差し出す夜紅は、なんだか話を聞くプロって感じがした。
監査部とやらの仕事をよく理解していなかったけれど、この子の他人の心を優しく包みこめる力が生かされるものなんだろう。
《よく信じてくれたわね》
「縋りたいって思ってたのかもな。大切な人がいなくなった後って、その人の痕跡を探したくなるだろ?」
そういえば、この子も大切な人を…家族を亡くしたんだった。
【結月、聞いて!私、初めて彼氏ができたの。明日デートするんだ。
…でも、結月のことも大事だから早く帰るね。お土産に好きなおやつを買ってくるから】
……もしあの子にこの電話を使わせられたら、あんなことにならなかったのかしら?
まあ、あの頃は恋愛電話自体が存在していなかったから嘆いても無駄だけど。
「飼い主さんのこと、思い出してたのか?」
《…まあね》
「私も時々考えるんだ。…ああいう寂しそうな人を見たら、特に」
小さくなっていく背中を見送りながら、らしくもなくたそがれる。
仕方ないからこの子に幸福でも訪れるように願っておこう、なんて思っていたら、話しかけづらそうにしているお茶友の顔がちらちら見えた。
《もう仕事は終わってるから、隠れている必要はないわ》
「桜良、お疲れ」
「……」
お茶友はただ微笑むばかりで何も喋らない。
また無茶なことをしたんでしょう。
「結月、少しでいいから一緒に来てくれないか?」
《何を企んでいるの?》
「いいから」
杖を使いながら歩く夜紅と、大きめのノートに色々書いているお茶友。
ふたりの誘いなら断ることもないだろう。
少しして辿り着いたのは放送室だった。
「あ、結月!」
《あんたたちもいる、の…》
呆然としてしまったのは、パーティーをやれるくらいに料理が並べられていたからだ。
そこには瞬もいて、私を見るなり目を輝かせる。
「猫さんの慰労会を開こうって話になったんだ。来てくれてよかった」
《慰労会?そんなの聞いてな、》
「つきあってくれるって言ってただろ?」
夜紅はわざと教えなかったのね。
まあ、たまにはこういうのも悪くない。
《…お茶は甘めのじゃないと飲まないから》
「今日は私が淹れるよ」
こんなふうにわいわい過ごす日がくるなんて思っていなかった。
あなたに会えたら一緒に騒いでくれるかしら…なんて、またらしくないことを考えてしまう。
「猫さん、これどうぞ」
《あら、私が好きなお菓子なんてよく覚えてたわね》
「友だち、だから」
その一言で、夕日と共に沈みそうになった心は再び上を向いた。
…今日だけで何度聞いたか分からない、似たりよったりな言葉。
仕事だから仕方ないと割り切ってはいるけれど、それにしても今年は数が多い。
呪いの電話の噂が嘘みたいにかき消えた影響もあってか、恋愛電話の話が予想以上に広まっているみたいだった。
「結月」
《…包帯を換える時間だったわね》
「離れられそうにないならここで換えるって先生が言ってたけど、伝えてこようか?」
《帰りの放送が流れてからにしてと伝えて》
流石に人様の恋バナを聞かせるわけにはいかないし、だからといって離れている間に悪戯をされても癪だ。
「憲兵姫、これ食べてください!」
「ああ…うん。ありがとう」
「憲兵姫、スポーツ専攻の一件、ありがとうございました!」
「あれで力になれたならよかったよ」
男女問わずモテているように見えるけれど、本人は相手の好意に鈍感なのかしら?
「あ、猫だ!可愛い…」
時折近寄ってくる人間が頭を撫でてくれることがある。
だけど、どの手もあの人のぬくもりには遠く及ばない。
感じ方は個人差があるというけれど、やっぱりもうあの人には会えないんだと少し虚しくなる。
「またね、猫ちゃん!」
気配を消していた夜紅の真横を通り過ぎて、女子生徒は走り去っていく。
…誰かに渡せなかった想いをその場に残して。
《まったく、世話の焼ける人間ね》
「それ、どうするんだ?」
《決まってるでしょ》
もう既に相手が…という場合は別だけど、伝わらない想いがあっていいはずがない。
「優しいんだな」
《仕事だから、仕方なくよ》
「そういうことにしておくよ」
夜紅はいつも真っ直ぐ家に帰らない。
今日も今日で、これからある人物に会うと聞いている。
「こんにちは。西野瑠奈さん、だよな?」
「そうですけど…」
「阿久津春吉さんから伝言を預かっています。信じてくれなくていいから、聞いてもらえないだろうか?」
「春君から?どうして今頃…」
「ありがとうって…大好きでしたって伝えてほしいと笑ってた」
「春君が、本当に言ってたの?」
「伝えてほしいと頼まれました」
そう言って相手にハンカチを差し出す夜紅は、なんだか話を聞くプロって感じがした。
監査部とやらの仕事をよく理解していなかったけれど、この子の他人の心を優しく包みこめる力が生かされるものなんだろう。
《よく信じてくれたわね》
「縋りたいって思ってたのかもな。大切な人がいなくなった後って、その人の痕跡を探したくなるだろ?」
そういえば、この子も大切な人を…家族を亡くしたんだった。
【結月、聞いて!私、初めて彼氏ができたの。明日デートするんだ。
…でも、結月のことも大事だから早く帰るね。お土産に好きなおやつを買ってくるから】
……もしあの子にこの電話を使わせられたら、あんなことにならなかったのかしら?
まあ、あの頃は恋愛電話自体が存在していなかったから嘆いても無駄だけど。
「飼い主さんのこと、思い出してたのか?」
《…まあね》
「私も時々考えるんだ。…ああいう寂しそうな人を見たら、特に」
小さくなっていく背中を見送りながら、らしくもなくたそがれる。
仕方ないからこの子に幸福でも訪れるように願っておこう、なんて思っていたら、話しかけづらそうにしているお茶友の顔がちらちら見えた。
《もう仕事は終わってるから、隠れている必要はないわ》
「桜良、お疲れ」
「……」
お茶友はただ微笑むばかりで何も喋らない。
また無茶なことをしたんでしょう。
「結月、少しでいいから一緒に来てくれないか?」
《何を企んでいるの?》
「いいから」
杖を使いながら歩く夜紅と、大きめのノートに色々書いているお茶友。
ふたりの誘いなら断ることもないだろう。
少しして辿り着いたのは放送室だった。
「あ、結月!」
《あんたたちもいる、の…》
呆然としてしまったのは、パーティーをやれるくらいに料理が並べられていたからだ。
そこには瞬もいて、私を見るなり目を輝かせる。
「猫さんの慰労会を開こうって話になったんだ。来てくれてよかった」
《慰労会?そんなの聞いてな、》
「つきあってくれるって言ってただろ?」
夜紅はわざと教えなかったのね。
まあ、たまにはこういうのも悪くない。
《…お茶は甘めのじゃないと飲まないから》
「今日は私が淹れるよ」
こんなふうにわいわい過ごす日がくるなんて思っていなかった。
あなたに会えたら一緒に騒いでくれるかしら…なんて、またらしくないことを考えてしまう。
「猫さん、これどうぞ」
《あら、私が好きなお菓子なんてよく覚えてたわね》
「友だち、だから」
その一言で、夕日と共に沈みそうになった心は再び上を向いた。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる