夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
155 / 302
第17章『鮮血のバレンタイン』

第126話

しおりを挟む
人間の負の感情の力というのは凄まじい。
だからこそ、あの男は人間の心の闇へつけこむことができるのだ。
「…早急に調査する必要がありそうだな」
「私はここで記事を調べてみます」
「頼む。私は恋愛電話の様子を見てくるよ」
「あの…何かあったらすぐ呼んでください。ラジオをいつでも繋げるようにしておきますから」
「うん。ありがとう。陽向は桜良と一緒に資料をあたってみてくれ。…私は大丈夫だから」
「…了解です」
渋々了承してくれたことに申し訳なく思いながらも、心配してくれている陽向と桜良にチョコレートを渡す。
「え、もらっていいんですか!?」
「夜食くらいにはなるだろ?時間がなくてあんまり綺麗にできなかったけど、そっちの袋に入ってるのは店のものだから美味しいよ」
「ありがとうございます」
「いつバイト行ってたんですか…」
「つい数時間前」
手作りの方は見た目がいまひとつだが、レシピどおりにやったので味は大丈夫なはずだ。
いくつかあるまだ渡せていない分をポケットに入れ、真っ直ぐ恋愛電話へ向かう。
ふたりに調べてもらっている間、恋愛電話を護るくらいのことはできるはずだ。
できるだけ音をたてないように注意しながら階段を曲がったところで、立ち尽くす人の姿が目に入った。
「瞬?」
「あ、詩乃ちゃん…」
「こんなところでどうしたんだ?」
瞬は少し迷っていたようだったが、少し間をおいてはっきり告げた。
「恋愛電話、探そうと思ったんだ。猫さんの力が不安定になるなら、僕が護ろうって…」
「そうか。それじゃあ手伝ってくれ」
「え?」
鍵をかざすと、目の前に恋愛電話と扉が現れる。
強い想いを持っているか、所定の場所で鍵を使うかでないと視えない仕組みになっているらしい。
私にはそういう感情がないし、恐らく瞬も恋というものをしたい相手がいないから見つけられなかったのだろう。
「今のって、魔法?」
「結月に頼まれたんだ。恋愛電話を見てほしいって…。夜の間にやばいやつが来ても困るから、取り敢えず様子を見に来た」
「そっか…。僕も一緒にいていい?」
「勿論。きっと結月も喜ぶ」
見張り時間の間に食べられるだろうと、ポケットから袋を取り出す。
「もうすぐバレンタインだから、これやるよ」
「え、また僕がもらっていいの?」
「私がもらってほしいんだ」
以前までの私なら、誰かとこんなふうに楽しく過ごすことなんてなかった。
悪い奴は祓って、いい奴は成仏して…友人を作るなんて絶対できないと思っていたのに、随分と周りがにぎやかになった気がする。
「おっきい奴、来るかな?」
「バレンタインまでは噂が暴れやすいだろうから、どうにかして落ち着いてもらわないとな」
「消し飛ばさなくていいの?」
「今回の噂は訳ありみたいなんだ」
「そうなんだ…。それじゃあ今回はロープが役に立つかな?」
「まずい状況になったら力を借りることになるかもしれない」
なんとなく瞬と環境が似ているのかもしれない。
嫌なことを思い出させてしまいそうで、そこまでで話を止めることにした。
忘れがちだが、瞬だって苦しんだ死者なのだ。
できれば、辛いことを思い返させるようなことをして傷つけたくない。
「ねえ、詩乃ちゃん。もし大きなのが来たら──」
その後の声は周りの音にかき消されてよく聞こえなかった。
轟音が鳴り響くのとほぼ同時にリップを塗り終える。
「昼間より大きくなっているのかもしれない。…瞬、これで桜良に報告してくれ」
「分かった」
瞬にラジオを託し、その場から離れる。
歩くだけであれだけの衝撃波がはしるなら、今回は様子見と恋愛電話の死守が限界だろうか。
「…遊び相手を探してるなら私がやるよ」
背後から声をかけると、予想どおりこちらに向かって恐竜のような足を動かす。
《ア、アゾプ…?ホジイ、チカラ!》
校舎が崩れないか心配になりつつ、なんとか距離をとって階段を駆け下りる。
杖を使っているにも関わらず、相手は追いつけないようだった。
「そんなに力が欲しいなら、見せてみろよ。…おまえの苦しみを受け止めてやる」
声が届いたのか、喧しい声にまざって別の声が耳に響いた。
《俺ハ強イ!俺ハ【傷つけたクナい】…チガウ、俺は、【助けて】》
少年のすすり泣く声がはっきり聞こえる。
なんとか彼の話を聞きたい。…噂に呑まれてしまう前に。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...