夜紅の憲兵姫

黒蝶

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閑話『冬の過ごし方』

『幸せなお出かけ』

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「これ」
「え?」
「いいから飲んでおけ」
先生にそんなことを言われて飲んでみると、なんとなく体がいつもと違う状態になったのを理解する。
「先生、飲んだよ」
「そうか」
「わっ…え、何この封筒?」
先生から渡されたのは茶封筒で、中に何が入っているかは分からない。
「……だ」
「え?」
「お年玉だ」
すごく恥ずかしそうにしている先生を見ていると、どうしてか笑いがこみあげてくる。
「なかったら何もできないんだが…」
「ありがとう先生。だけど、どうしてここまでしてくれるの?」
「たまにはご褒美がないとやっていけないだろ」
先生はなんだかんだでいつも優しい。
時間を作って会いに来てくれるし、長期休暇はこんなふうに外の世界に連れ出してくれる。
「この時間ならそんなに人間たちは出歩いてないはずだ」
「…本当?」
外に出ると危ないのが、もし知り合いと出くわしたらということだ。
どうせ僕のことなんて誰も覚えてないだろうけど、先生を困らせたくない。
先生は息をひとつ吐いて、真っ黒なマスクを渡してくれた。
「これをつけてたら分からないだろ」
「ありがとう」
「…ほら」
手を差し出されて迷わず繋ぐ。
先生ひとりなら早く終わるはずなのに、それでも僕を連れて行ってくれて本当にありがたい。
お参りを済ませた後、沢山おみくじが置かれている場所を物色した。
「へえ、こんなに綺麗なおみくじもあるんだね」
「一応引いてみるか」
お守りみたいな何かがついているおみくじを開けてみると、大きく吉の文字が書かれていた。
「どうだった?」
「小吉。おまえはよかったみたいだな」
一緒に入っていたお守りを握ってみたけど、ただのキーホルダーみたいな気配しかしない。
「先生、これ…」
「手順を踏んで作られていないのか、力がない人間が作ったんだろうな」
神社に来て困るのは、お守りにちゃんと効果があるか視ただけで分かってしまうことだ。
生きている頃何気なく雨宿りに使っていた場所があったけど、今視たらどんな力があるか丸見えなんだろうな…なんて考える。
「瞬」
「どうかしたの?」
「これならどうだ」
綺麗に縫合されてはいるけど、明らかに売っているものじゃない。
「いつから用意してたの?」
「片手間で作った」
答えになってないと心でつっこみつつ、先生お手製のお守りを受け取った。
「ありがとう、先…」
先生と呼びかけて止める。
さっきから近くに座っている女の子と目があっている気がして、呼び方を変えてみた。
「…ありがとう、お兄ちゃん」
「ごほ!?」
余っていたらしい甘酒を呑んでいた先生は、珍しく動揺したように咳こむ。
「どうしたの?」
「なんだ、いきなり…」
「…ずっと見られてるから、こうした方がいいだろうと思っただけ」
ちょっと呼んでみたかったっていう本音は隠して、先生に向かってにこりと微笑む。
おみくじを引いてみたい、お守りがほしい、大事な人の近くにいたい…生きている間あんなに難しかったことが、こんな簡単にこなせている。
「あれは…」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「本当?」
「嘘じゃない」
なんだかはぐらかされた気もするけど、人が増える前に先生はまた僕の手を引っ張って歩いてくれた。
「少し寄り道する程度の時間ならありそうだが、どうする?」
いくつか気になるお店はあったけど、行きたい場所はひとつだけだ。
「あそこ」
「おまえは本当にお菓子が好きなんだな」
「先生のキャラメル、もう少しでなくなるでしょ?」
生きている時間の中で初めてもらったお年玉で、いつもより多めにキャラメル箱を買う。
「いつもはどうしてるんだ?」
「詩乃ちゃんが手伝ってくれたからってくれたり、ひな君の内職を手伝って報酬を分けてもらってる。
だから、そのお金を使ってある程度はちゃんと楽しんでるよ」
「…それは初耳だな」
先生にさっき買ったキャラメル箱を渡すと、小さくありがとうと耳に届く。
照れてる先生なんて珍しくて、からかってしまいそうになるのを我慢する代わりに手を強く握った。
「そろそろ帰るか」
「うん。…先生、また僕とお出かけしてくれる?」
「当たり前だろ」
僕はこの人の笑顔が好きだ。
神様は優しくなんてなかったけど、今年も周りの人を笑顔にするお手伝いがしたい。
独りじゃない今の時間が幸せで仕方なかった。
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