夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第15章『奪われかけの聖夜』

第113話

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『それでは、これより生徒会主催の聖夜祭イベントを開催します』
ようやく声が出るようになった桜良は手伝いを断れなかったらしく、今こうして放送してくれている。
あれから私は家に帰ってすぐ先生たちに報告して、怪異案件は片づいたと話をした。
赤いジャンバーを羽織った不審者についても気をつけようという話になっている。
『わーい、久しぶりのインカムだ!』
『あんまりはしゃぐと転ぶぞ』
『だって楽しいんだもん』
ふたりの会話は聞いているだけで和む。
「折原さん」
「…伴田?」
「これ、受け取ってくれる?」
そう話す伴田にお菓子の詰め合わせを渡される。
完全に予想外の展開に、喜びがこみあげた。
「ありがとう。すごく嬉しいよ。また今度絵を見に行く」
「うん。楽しみにしてる」
私もたまたま持っていたお菓子を渡し、そのまま巡回に戻る。
伴田は美術専攻で元気にやっているらしく、その姿に少し安堵した。
「え、憲兵姫!?」
「ああ…こんにちは」
何故か人が集まってきて、少しだけ気分が悪くなる。
相変わらず不特定多数の人間に囲まれるのは苦手だ。
『先輩?大丈夫ですか?』
「…なんとかやってる」
小声でインカム越しに聞こえた陽向の質問に答え、サンタ帽を渡してくれた服飾クラスの生徒に感謝の言葉を残してその場を離れる。
別棟まで噂が広がっていないのか、昨日ブラックサンタの噂が成仏していったからなのか、その話をしている生徒を見かけない。
『詩乃ちゃん、具合悪いの?それとも足痛い?』
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
夜まで緊張しぱなしだったものの、なんとか無事1日を終えることができそうだ。
…そう思いたかった。
「お疲れ。一旦監査室に──」
『桜良!』
叫びと同時に聞こえたのは、何かがぶつかったような衝撃音。
「今どこだ?」
『1階、でかいツリー…』
そこまでで事切れたのか、それ以上の音は聞き取れない。
中庭を見下ろすと、血だらけのナイフを持った男が愉しそうに嘲笑いながら桜良に向かって走っていた。
「桜良、走れ!」
「……!」
流石に2階からだったとはいえ、足と杖に衝撃が走る。
「な、なんだおまえは…化け物か?」
「そうだと言ったら、その子から離れてくれるか?」
できるだけ怒りを押し殺し、平静を装って声をかける。
「私の大切な友人に手出しはさせない」
「怪我だらけのくせに、調子に乗るな!」
男は私に向かって迷わずナイフを振り上げる。
それを杖で受け止め、桜良に視線を送った。
これで友人を逃がす時間くらいは稼げるだろうか。
「…やめて」
「は?」
「【やめて!】」
「う、うう……」
男の様子がおかしい。頭を抱え、そのまま力が抜けているようだ。
ナイフを持ったままその場に座りこむ姿を見て、ローレライの力を使ったんだと気づいた。
「【私の大切なものを、傷つけないで】」
男は戦意喪失したようにナイフを捨て、そのまま気絶してしまった。
「【お願い、私はもう……】」
「桜良」
「【私のせいで誰かが傷つくのは、嫌なの】」
男は倒れたまま呻き声をあげている。
いくら呼びかけても、桜良は気づいていないのか涙を流しながら言葉を続けた。
「【傷つける人は、嫌です。だから、】」
「桜良」
私では止められない…そう悟った瞬間、桜良を後ろから抱きしめる腕が見えた。
「陽向…」
「そう、俺だよ。ごめん、死なないように気をつけたんだけど無理だった。
けど、もういいんだ。先輩も無事だし、誰も傷ついてない」
「本当?」
「うん。本当だよ」
「そう…よかった」
桜良はそう呟くと同時に糸が切れたように倒れた。
「すみません先輩。桜良、時々さっきみたいになっちゃうんです。
感情が激しく動くとなりやすいらしくて…昔からなんです」
「特におまえが傷つくとなりやすいってことか」
陽向が苦笑いしたところでインカム越しに声がした。
『全員そこから離れろ。あとは大人の仕事だ』
「うん。先生には悪いけど頼む」
「ただの学生が犯人捕まえちゃったら無駄に目立ちますからね」
『詩乃ちゃんもひな君もお疲れ様。桜良ちゃんもね』
「起きたら伝えとく」
こうして、どうにか生きている人間の事件も片づいた。
何故か犯人が伸びていたと先生が説明してくれたおかげで、私たちがあの場にいたことは知られていない。
ただ、副校長は勘がいいのでしばらくは油断しない方がいいだろう。
「大変だったと思うが、今年最後の仕事ご苦労だった」
「先生こそお疲れ」
「来年もお願いします」
陽向は眠ったままの桜良を連れて逆方向へ歩いていく。
「先輩、また来年お願いします!」
「こちらこそ。…ふたりとも、いいクリスマスといい年を」
「俺たちに言ってくれるあたり、やっぱり先輩っていい人ですね」
壊れかけの杖に体重をかけながら、そのままバス停へ向かう。
今年最後の学園での時間は悪くないものになった気がする。
あとは帰ってケーキを食べるくらいだ。
穂乃にもうすぐ帰ると連絡し、そのままぼんやり駅につくのを待つ。
今年も色々あったが、沢山友人ができたのか素直に嬉しい。
みんながそれぞれ楽しめるよう願いながら、静かにステップを降りたのだった。
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