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第15章『奪われかけの聖夜』
第112話
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怪異というものは噂に逆らえない。
にも関わらず、目の前のサンタは私に向かって満面の笑みで攻撃してくる。
周りにうじゃうじゃわいていた手を燃やし尽くし、目の前の怪異に尋ねた。
「なんで私には恋人がいないのに狙うんだ?」
《チキン…》
「そうか、私はそんなに美味しそうに見えてるのか」
模倣犯が出たせいで力が弱まっているのか、まず食べ物がほしいらしい。
「チキンはないけど煎餅ならやるよ」
《限定ヒン?》
「まあ、一応」
…私は今、一体何の話をしているのだろうか。
だが、相手の殺気は食べ物ひとつで消えた。
このまま話し合いで解決できるかもしれない。
「…なあ、どうしてカップルを襲うんだ?」
《カップル、俺ヲ見下シタ。俺、クリボッチ》
「わいわいするのが好きな人もいれば、ひとりでじっくりケーキを食べたい人もいる。…それの何が悪いんだろうな」
私も何故恋人を作らないのか訊かれたことがある。
恋愛感情がないと正直に答えると、そんなのはおかしいと引かれてしまった。
その結果、クリスマスを独りで過ごしたことがある。
その当時はまだ中学生だったため、内緒でやっていた内職以外に仕事もなかった。
穂乃と食べるものより美味しく感じなかったのは覚えているが、読書をしたり鍛錬をしたりそれなりに楽しんだ。
「けど、おまえはきっと寂しかったんだろうな」
《寂シイ…ソウダ、寂シカッタ。帰ってモ、あの家ニハいつも誰モいナイ》
目の前の青年のような姿をした元・サンタは悲しそうな声で話しはじめた。
《父子家庭で、新しイ恋人が父親ニでキテ…帰ッてこなかッタ。バイトをしてテイたら、同級生カップルが…ニクイ、どウして俺だケ…》
徐々に暴走傾向に移行しつつあるのか、かなり危険な気配が漂っている。
袋では祓ったはずの手たちがうじゃうじゃと蠢いているし、目の前の青年の姿はブラックサンタそのものだ。
《許せなインだ…。俺には、バイトしかなかったのに》
「それをもっと大事にしてほしかった。本当に大切に思っているなら、少しでも心を鎮められないか?深呼吸とか」
《深、呼吸…》
「そう。そのまま大きく息を吸って、吐いて…」
暴走を少しでも止められるならいくらでも力になろう。
足が痛むのなんてどうでもいい。
今は目の前の憎しみから解放されようとしている青年をどうにかしたかった。
「先輩!」
「大丈夫。あいつはいい奴なんだ」
《俺、カップル…》
「抑えてくれ」
寂しい、苦しい、憎い…そんな思いが伝わってくる。
「今はひとりだろう?もう少し近くに来て一緒に話そう」
「あ…はい!」
陽向は察したのか、そのまま小走りでこちらにやってくる。
「生前、やってみたかったことってあるか?」
《…トランプ》
「俺、それなら持ってる。…よし、ここで遊びまくるか!」
驚いている青年の肩に手を置き、陽向はこの前襲われたことなんてなかったことのように振る舞っている。
3人で遊べるものなんて限られているが、相手があまりに楽しそうにしていたのでそのまま最期までつきあった。
《楽しかった。もやもやも消えたし、もう誰かを襲いたいなんて思わない》
「そうか」
青年の体が消える直前、彼は微笑みながらはっきり言った。
《あの男に気をつけて。俺みたいな人たちを誑かしてるみたいだから。
それから…黒いニットキャップを被った、赤いジャンパーの男を捕まえて》
袋ごと姿を消したその場所を見つめていると、陽向は笑ってトランプを片づけた。
「これで怪異の方は一件落着ですね。最後は満足してもらえたみたいでよかった」
「…そうだな」
弱っている心につけこむ男というのは神宮寺義仁のことだろう。
「思わぬところで手がかりを収集できたな」
「ですね。赤いジャンバーに黒いニットキャップの男か…」
「明日で片がつくはずだ。ちゃんと休んでおいてくれ」
「先輩もですよ」
模倣犯が現れるのは明日のクリスマスイベントで確定だ。
警備を強化しようにも、いくら監査部のメンバーだからといって一般生徒を巻きこむわけにはいかない。
「…瞬に頼んでみるか」
杖を持ちなおし、そのまま最終のバスに間に合わせる。
…あとは噂の皮をかぶったただの生者を捕まえるだけだ。
にも関わらず、目の前のサンタは私に向かって満面の笑みで攻撃してくる。
周りにうじゃうじゃわいていた手を燃やし尽くし、目の前の怪異に尋ねた。
「なんで私には恋人がいないのに狙うんだ?」
《チキン…》
「そうか、私はそんなに美味しそうに見えてるのか」
模倣犯が出たせいで力が弱まっているのか、まず食べ物がほしいらしい。
「チキンはないけど煎餅ならやるよ」
《限定ヒン?》
「まあ、一応」
…私は今、一体何の話をしているのだろうか。
だが、相手の殺気は食べ物ひとつで消えた。
このまま話し合いで解決できるかもしれない。
「…なあ、どうしてカップルを襲うんだ?」
《カップル、俺ヲ見下シタ。俺、クリボッチ》
「わいわいするのが好きな人もいれば、ひとりでじっくりケーキを食べたい人もいる。…それの何が悪いんだろうな」
私も何故恋人を作らないのか訊かれたことがある。
恋愛感情がないと正直に答えると、そんなのはおかしいと引かれてしまった。
その結果、クリスマスを独りで過ごしたことがある。
その当時はまだ中学生だったため、内緒でやっていた内職以外に仕事もなかった。
穂乃と食べるものより美味しく感じなかったのは覚えているが、読書をしたり鍛錬をしたりそれなりに楽しんだ。
「けど、おまえはきっと寂しかったんだろうな」
《寂シイ…ソウダ、寂シカッタ。帰ってモ、あの家ニハいつも誰モいナイ》
目の前の青年のような姿をした元・サンタは悲しそうな声で話しはじめた。
《父子家庭で、新しイ恋人が父親ニでキテ…帰ッてこなかッタ。バイトをしてテイたら、同級生カップルが…ニクイ、どウして俺だケ…》
徐々に暴走傾向に移行しつつあるのか、かなり危険な気配が漂っている。
袋では祓ったはずの手たちがうじゃうじゃと蠢いているし、目の前の青年の姿はブラックサンタそのものだ。
《許せなインだ…。俺には、バイトしかなかったのに》
「それをもっと大事にしてほしかった。本当に大切に思っているなら、少しでも心を鎮められないか?深呼吸とか」
《深、呼吸…》
「そう。そのまま大きく息を吸って、吐いて…」
暴走を少しでも止められるならいくらでも力になろう。
足が痛むのなんてどうでもいい。
今は目の前の憎しみから解放されようとしている青年をどうにかしたかった。
「先輩!」
「大丈夫。あいつはいい奴なんだ」
《俺、カップル…》
「抑えてくれ」
寂しい、苦しい、憎い…そんな思いが伝わってくる。
「今はひとりだろう?もう少し近くに来て一緒に話そう」
「あ…はい!」
陽向は察したのか、そのまま小走りでこちらにやってくる。
「生前、やってみたかったことってあるか?」
《…トランプ》
「俺、それなら持ってる。…よし、ここで遊びまくるか!」
驚いている青年の肩に手を置き、陽向はこの前襲われたことなんてなかったことのように振る舞っている。
3人で遊べるものなんて限られているが、相手があまりに楽しそうにしていたのでそのまま最期までつきあった。
《楽しかった。もやもやも消えたし、もう誰かを襲いたいなんて思わない》
「そうか」
青年の体が消える直前、彼は微笑みながらはっきり言った。
《あの男に気をつけて。俺みたいな人たちを誑かしてるみたいだから。
それから…黒いニットキャップを被った、赤いジャンパーの男を捕まえて》
袋ごと姿を消したその場所を見つめていると、陽向は笑ってトランプを片づけた。
「これで怪異の方は一件落着ですね。最後は満足してもらえたみたいでよかった」
「…そうだな」
弱っている心につけこむ男というのは神宮寺義仁のことだろう。
「思わぬところで手がかりを収集できたな」
「ですね。赤いジャンバーに黒いニットキャップの男か…」
「明日で片がつくはずだ。ちゃんと休んでおいてくれ」
「先輩もですよ」
模倣犯が現れるのは明日のクリスマスイベントで確定だ。
警備を強化しようにも、いくら監査部のメンバーだからといって一般生徒を巻きこむわけにはいかない。
「…瞬に頼んでみるか」
杖を持ちなおし、そのまま最終のバスに間に合わせる。
…あとは噂の皮をかぶったただの生者を捕まえるだけだ。
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