夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
132 / 302
第15章『奪われかけの聖夜』

第109話

しおりを挟む
「先生」
「どうした?」
「さっきブラックサンタの噂っぽいのと遭遇したんだけど、あいつって壁をすり抜けられるのか?」
「なんでそんな発想になったんだ?」
「突き当たりで消えたから」
窓は鍵がかかっていて飛んで移動するのは不可能…そもそも飛んでいれば誰かしら気づくだろう。
「瞬間移動できる可能性は?」
「それもあるかもしれない。ただ、いるはずの場所から消えたのは事実だ。陽向には桜良のところに行ってもらってる」
「…そうか」
先生はそう呟き、しばらく思案するように顎に手を添えていた。
やがて、何か思いついたように話しだす。
「…折原、できるだけ急いで岡副たちのところへ行けるか?」
「別に行くのは構わないけど、何か…」
そこまで言って気づいてしまった。
「いってくる」
杖を使えば小走り程度の速さは出せる。
今回の怪異の出現条件は『カップルの前であること』、偶然とはいえ恋人同士であるふたりを狙ってくる可能性は高い。
どうしてこんな簡単なことも思いつかなかったんだろう。
少し遅い後悔をしながら、放送室まで走った。
「…おい。この子に手を出したら消すぞ」
陽向の低い声が響き渡り、やはり戦闘になっていることを察知する。
紅を塗り、相手に気づかれないように近づいていく。
桜良を後ろに隠し、顔から血を流して立っている陽向の姿を捉えた。
《わ、別レロ》
「なんであんたにそんなこと言われないといけないんだよ。俺はこの子にベタ惚れなの。ふたりの時間を邪魔しないでほしいんだけど」
《ウルサイ!》
瘴気だろうか。禍々しい色の液体が陽向の腕に直撃する。
普段なら悲鳴のひとつやふたつあげているだろうが、陽向は怒りのあまり感覚がなくなっているようだ。
「他の子にもこんな乱暴なことしたわけ?」
《別レルと言ウまで、追イカケテヤッタ!》
相手はゲタゲタ笑っていたが、相手を完全に怒らせたことに気づいているだろうか。
「その子たちがどんな思いをしたか、これからこの一撃で分からせてやる」
陽向はいつもとは違う構え方で拳に力を入れているようだった。
どうなるのか見ていると、一瞬で相手に突きを入れる。
《ギャア!》
「愛ってさ、人を強くしてくれるんだよ。だから、他人を不幸に陥れるような奴には絶対に負けない」
《俺様ヲ殴ルなんて、悪イ子ダ…》
「ふたりとも、伏せろ!」
陽向が桜良を庇うように体を倒し、それとほぼ同時に弓を引いた。
《く、クソ…》
相手は袋でガードしたらしく、致命傷を負わせることはできなかった。
それでも撤退してもらえただけましと考えるべきだろうか。
「陽、向」
「怪我してない?」
「陽向…」
瘴気にあてられたのか、左頬が紫になっている。
陽向は苦笑しながら立ちあがり、桜良に右手を伸ばした。
「無事でよかった」
「意味、ない」
「桜良?」
「これじゃ…意味、ない」
桜良が泣きそうになっているところなんて初めて見た。
潤んだ目で見つめられている陽向は困惑しているようだ。
「桜良はおまえを護りたかったんだよ。1度死ねばいいとか、そういう問題じゃなくて怪我してほしくないんだ」
「すみません。俺、これ以外にやり方知らないんです」
「周りに特別な大切があるなら、これから別の方法を探していけばいい。
周りを…特に桜良を悲しませないでたくさんの人の力になれる方法を見つけよう」
自分なんかどうなってもいいという感覚はなんとなく理解できる。
ただ、それで周囲を傷つけることもあるのだ。
「詩乃、先ぱ…あり、がと……ます」
「私は自分が思ったことを言っただけだから」
あのサンタはまたふたりを狙ってくるだろう。
できればふたりきりにしてやりたいところだが、誰でも入れる放送室は危険だ。
「…あ」
「先輩?どうしました?」
「取り敢えずふたりは家に帰った方がいい。明日までに泊まれそうな場所を用意しておく」
「分かりました。お疲れ様です…?」
よく分からないという顔をしていたふたりとは逆方向に杖を進める。
その先にいる人物に、ダメ元で頼んでみることにした。
「お願いがあるんだけど…」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...