夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第15章『奪われかけの聖夜』

第109話

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「先生」
「どうした?」
「さっきブラックサンタの噂っぽいのと遭遇したんだけど、あいつって壁をすり抜けられるのか?」
「なんでそんな発想になったんだ?」
「突き当たりで消えたから」
窓は鍵がかかっていて飛んで移動するのは不可能…そもそも飛んでいれば誰かしら気づくだろう。
「瞬間移動できる可能性は?」
「それもあるかもしれない。ただ、いるはずの場所から消えたのは事実だ。陽向には桜良のところに行ってもらってる」
「…そうか」
先生はそう呟き、しばらく思案するように顎に手を添えていた。
やがて、何か思いついたように話しだす。
「…折原、できるだけ急いで岡副たちのところへ行けるか?」
「別に行くのは構わないけど、何か…」
そこまで言って気づいてしまった。
「いってくる」
杖を使えば小走り程度の速さは出せる。
今回の怪異の出現条件は『カップルの前であること』、偶然とはいえ恋人同士であるふたりを狙ってくる可能性は高い。
どうしてこんな簡単なことも思いつかなかったんだろう。
少し遅い後悔をしながら、放送室まで走った。
「…おい。この子に手を出したら消すぞ」
陽向の低い声が響き渡り、やはり戦闘になっていることを察知する。
紅を塗り、相手に気づかれないように近づいていく。
桜良を後ろに隠し、顔から血を流して立っている陽向の姿を捉えた。
《わ、別レロ》
「なんであんたにそんなこと言われないといけないんだよ。俺はこの子にベタ惚れなの。ふたりの時間を邪魔しないでほしいんだけど」
《ウルサイ!》
瘴気だろうか。禍々しい色の液体が陽向の腕に直撃する。
普段なら悲鳴のひとつやふたつあげているだろうが、陽向は怒りのあまり感覚がなくなっているようだ。
「他の子にもこんな乱暴なことしたわけ?」
《別レルと言ウまで、追イカケテヤッタ!》
相手はゲタゲタ笑っていたが、相手を完全に怒らせたことに気づいているだろうか。
「その子たちがどんな思いをしたか、これからこの一撃で分からせてやる」
陽向はいつもとは違う構え方で拳に力を入れているようだった。
どうなるのか見ていると、一瞬で相手に突きを入れる。
《ギャア!》
「愛ってさ、人を強くしてくれるんだよ。だから、他人を不幸に陥れるような奴には絶対に負けない」
《俺様ヲ殴ルなんて、悪イ子ダ…》
「ふたりとも、伏せろ!」
陽向が桜良を庇うように体を倒し、それとほぼ同時に弓を引いた。
《く、クソ…》
相手は袋でガードしたらしく、致命傷を負わせることはできなかった。
それでも撤退してもらえただけましと考えるべきだろうか。
「陽、向」
「怪我してない?」
「陽向…」
瘴気にあてられたのか、左頬が紫になっている。
陽向は苦笑しながら立ちあがり、桜良に右手を伸ばした。
「無事でよかった」
「意味、ない」
「桜良?」
「これじゃ…意味、ない」
桜良が泣きそうになっているところなんて初めて見た。
潤んだ目で見つめられている陽向は困惑しているようだ。
「桜良はおまえを護りたかったんだよ。1度死ねばいいとか、そういう問題じゃなくて怪我してほしくないんだ」
「すみません。俺、これ以外にやり方知らないんです」
「周りに特別な大切があるなら、これから別の方法を探していけばいい。
周りを…特に桜良を悲しませないでたくさんの人の力になれる方法を見つけよう」
自分なんかどうなってもいいという感覚はなんとなく理解できる。
ただ、それで周囲を傷つけることもあるのだ。
「詩乃、先ぱ…あり、がと……ます」
「私は自分が思ったことを言っただけだから」
あのサンタはまたふたりを狙ってくるだろう。
できればふたりきりにしてやりたいところだが、誰でも入れる放送室は危険だ。
「…あ」
「先輩?どうしました?」
「取り敢えずふたりは家に帰った方がいい。明日までに泊まれそうな場所を用意しておく」
「分かりました。お疲れ様です…?」
よく分からないという顔をしていたふたりとは逆方向に杖を進める。
その先にいる人物に、ダメ元で頼んでみることにした。
「お願いがあるんだけど…」
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