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第14章『生死の花嫁』
第105話『守護の系譜』
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《あなたの声を大切にしてください。そのために、これが役に立つはずです。
それから、大切な人たちにもっと想いをぶつけてみてください》
そんな言葉をかけられて、私は菘さんからもらったものを握りしめている。
詩乃先輩が倒れそうになったのに先生が気づいて体を支えた直後、匂いにつられたのか別の妖たちがやってきた。
「…【お願い。死にたくなければ今日は帰って】」
無意識のうちにローレライとしての声が出てしまっていたらしく、相手は体を震わせて帰っていく。
それから、渡されたものに書いてあるとおりに声を出してみた。
「~~♪」
やってみて初めて気づいたのが、これが楽譜になっているらしいということ。
横線の上にぽつぽつ点が書かれていて、なんとなくではあるけれどなんとか音を出せそうだ。
私の声で護れるものがあるなら、それを絶対に手放したりしない。
「桜良、お疲れ」
「お…あ……」
陽向に声をかけられてはっと歌うのを止めると同時に、声が掠れて出なくなってしまった。
「さっきの、なんかすごそうだったもんな…立てる?」
陽向は私に手を差し出そうとして引っこめる。
手についているものが攻撃で傷ついたときについた血だということは分かっている。
洋服が切り裂かれているのも、向かってくる人間ではないものを食い止めていてくれたからだろう。
…もっと、想いをぶつける。
「……」
「桜良?わっ…」
こうして抱きしめれば、どれだけ心配なのか伝わってくれるだろうか。
いくら死なないからといって、無茶をしては意味がない。
失いたくない、大切…菘にも、そういう人がいた。
だから自分が生贄になる道を選んだんだ。
「折原はもう少ししたら起きるはずだ。そっちは大丈夫か?」
「…桜良、しばらく声が出ないと思います」
「そうか。無理させたな」
着替えてくると陽向がその場を離れた間に、私は思いきって先生に尋ねてみることにした。
「【菘から受け取ったこれの意味、先生なら知っていますか?
さっきはここに書かれている点どおりに歌っただけなんです】」
「これは…祝歌の類か?呪歌ってことはないだろうから…あと可能性があるとすれば祈歌か」
呪歌は知っているし歌える。
祝歌はよく知らないもののなんとなく想像できたけれど、祈歌とは何だろう。
「端的に言えば、祝歌は幸福をもたらす歌、呪歌は災いをもたらす歌、祈歌は災厄を退ける歌ってところだ。
効力を見る限り、これは祈歌に近い。さっき歌ったとき一瞬で結界を張ってたの、気づいてたか?」
その問いに首を横にふる。
そんなに速かったなんて知らなかった。
いつもどおり、けれど楽譜は初めてのものを使う…それくらいにしか思っていなかったし、陽向たちのことを考えていたから感じなかったのかもしれない。
「力が大きい分、反動も強く出るはずだ。いつかは慣れるだろうか、それまで時間がかかる。
…ただ、それを木嶋に託したってことは正しく使いこなしてくれると思っているからだと俺は思うよ」
室星先生は時々優しい目をしてそんなことをさらっと言う。
沢山の生徒から慕われる理由が分かった気がした。
「…ごめん。私また倒れたのか」
「……!」
「ああ。…おはよう桜良」
詩乃先輩はふらふらと立ちあがったけれど、それを先生が止める。
「折原、話がある」
「分かった。ふたりとも、今夜はお疲れ」
詩乃先輩の体を支えながら、先生の目は一瞬鷲のように鋭くなった。
それを気づかなかったことにして、着替え終わった陽向を真っ直ぐ見つめる。
「そんなにじっと見られると照れちゃうな…」
「【クリスマス、予定ができた】」
「え、デートしようって言ってたのに?」
嘘を吐くのは申し訳ない気がしたけれど、陽向まで白い目で見られるのは耐えられない。
…そう思っていたのに。
「分かった。じゃあ、人がいない場所をぶらぶら散歩するってことで」
「……?」
「桜良はこういうとき嘘吐くの下手なんだから、無理して予定があるように見せかけなくていいんだよ。
そろそろ寝ないと明日動けなくなるだろうし、今日はもう休もう」
簡易ベッドに寝転んで、今回も負けてしまったと悟る。
優しいから傷ついてほしくない…いつか私も、そんな思いを言葉にして伝えたい。
さっきまでの雲が嘘みたいに散り散りになっていて、月光がいつもより柔らかく差し込んだ。
それから、大切な人たちにもっと想いをぶつけてみてください》
そんな言葉をかけられて、私は菘さんからもらったものを握りしめている。
詩乃先輩が倒れそうになったのに先生が気づいて体を支えた直後、匂いにつられたのか別の妖たちがやってきた。
「…【お願い。死にたくなければ今日は帰って】」
無意識のうちにローレライとしての声が出てしまっていたらしく、相手は体を震わせて帰っていく。
それから、渡されたものに書いてあるとおりに声を出してみた。
「~~♪」
やってみて初めて気づいたのが、これが楽譜になっているらしいということ。
横線の上にぽつぽつ点が書かれていて、なんとなくではあるけれどなんとか音を出せそうだ。
私の声で護れるものがあるなら、それを絶対に手放したりしない。
「桜良、お疲れ」
「お…あ……」
陽向に声をかけられてはっと歌うのを止めると同時に、声が掠れて出なくなってしまった。
「さっきの、なんかすごそうだったもんな…立てる?」
陽向は私に手を差し出そうとして引っこめる。
手についているものが攻撃で傷ついたときについた血だということは分かっている。
洋服が切り裂かれているのも、向かってくる人間ではないものを食い止めていてくれたからだろう。
…もっと、想いをぶつける。
「……」
「桜良?わっ…」
こうして抱きしめれば、どれだけ心配なのか伝わってくれるだろうか。
いくら死なないからといって、無茶をしては意味がない。
失いたくない、大切…菘にも、そういう人がいた。
だから自分が生贄になる道を選んだんだ。
「折原はもう少ししたら起きるはずだ。そっちは大丈夫か?」
「…桜良、しばらく声が出ないと思います」
「そうか。無理させたな」
着替えてくると陽向がその場を離れた間に、私は思いきって先生に尋ねてみることにした。
「【菘から受け取ったこれの意味、先生なら知っていますか?
さっきはここに書かれている点どおりに歌っただけなんです】」
「これは…祝歌の類か?呪歌ってことはないだろうから…あと可能性があるとすれば祈歌か」
呪歌は知っているし歌える。
祝歌はよく知らないもののなんとなく想像できたけれど、祈歌とは何だろう。
「端的に言えば、祝歌は幸福をもたらす歌、呪歌は災いをもたらす歌、祈歌は災厄を退ける歌ってところだ。
効力を見る限り、これは祈歌に近い。さっき歌ったとき一瞬で結界を張ってたの、気づいてたか?」
その問いに首を横にふる。
そんなに速かったなんて知らなかった。
いつもどおり、けれど楽譜は初めてのものを使う…それくらいにしか思っていなかったし、陽向たちのことを考えていたから感じなかったのかもしれない。
「力が大きい分、反動も強く出るはずだ。いつかは慣れるだろうか、それまで時間がかかる。
…ただ、それを木嶋に託したってことは正しく使いこなしてくれると思っているからだと俺は思うよ」
室星先生は時々優しい目をしてそんなことをさらっと言う。
沢山の生徒から慕われる理由が分かった気がした。
「…ごめん。私また倒れたのか」
「……!」
「ああ。…おはよう桜良」
詩乃先輩はふらふらと立ちあがったけれど、それを先生が止める。
「折原、話がある」
「分かった。ふたりとも、今夜はお疲れ」
詩乃先輩の体を支えながら、先生の目は一瞬鷲のように鋭くなった。
それを気づかなかったことにして、着替え終わった陽向を真っ直ぐ見つめる。
「そんなにじっと見られると照れちゃうな…」
「【クリスマス、予定ができた】」
「え、デートしようって言ってたのに?」
嘘を吐くのは申し訳ない気がしたけれど、陽向まで白い目で見られるのは耐えられない。
…そう思っていたのに。
「分かった。じゃあ、人がいない場所をぶらぶら散歩するってことで」
「……?」
「桜良はこういうとき嘘吐くの下手なんだから、無理して予定があるように見せかけなくていいんだよ。
そろそろ寝ないと明日動けなくなるだろうし、今日はもう休もう」
簡易ベッドに寝転んで、今回も負けてしまったと悟る。
優しいから傷ついてほしくない…いつか私も、そんな思いを言葉にして伝えたい。
さっきまでの雲が嘘みたいに散り散りになっていて、月光がいつもより柔らかく差し込んだ。
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