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第13章『まどろみさんと具現化ノートの噂』
第95話
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「じゃあテスト返すぞ」
まあまあな結果、憎しみの声…順位表を見てうんざりする。
「今回は現代文がいまひとつだった」
「評論だったのか」
「うん。どうしても苦手なんだ。陽向は来てないのか?」
「先に木嶋にテストを渡すってさっき出ていった」
「そうか」
少しの間沈黙が流れて、白衣の胸ポケットからキャラメルが出てくる。
ひとつは自分の口に、もうひとつは私に差し出された。
「そんなに難しい顔して考えても答えは出ない。焦らなくてもまどろみさんは誰も殺さない」
「ならいいんだけど…」
「殺すためなら、困ってる人間より幸運に酔いしれてる人間の方がいいはずだからな」
先生の言葉にぞっとしたものの、それもそうかと納得した。
辛そうな人より笑っている人を貶めようと躍起になる人間だっているわけだし、妖たちの世界がそうなっていても不思議じゃない。
「詩乃ちゃん、すごいね!」
「え?」
後ろからやってきた瞬にそんな言葉をかけられ戸惑う。
先生は瞬の口にキャラメルを入れて首を傾げる私に言った。
「朝から順位表を見に行ってたんだ。流山はいつも理科分野だけトップだったから、総合1位をとれるのはすごいって言いたいんだろう」
「むぐ…」
キャラメルを噛みながら、瞬はむくれた様子で先生を見つめる。
その視線をさり気なく避けつつ、先生は私をじっと見つめていた。
「純粋に褒めてるから、あんまり警戒してやるな」
「ああ…ごめん。癖でつい」
「詩乃ちゃん、嫌なこと言われたりするの?」
「するよ。…いつまで平気な顔していればいいのか、なんて考える」
親なしで出席率ぎりぎりで、ましてや高入組なのだから仕方ないと割り切っている。
ただ、慣れたからといって傷つかないわけじゃない。
それでも、どうしても敵意にまみれた教室に行く気になれないのだ。
「だから詩乃ちゃん、時々しか授業受けないんだ。…やっぱり僕とちょっと似てるね」
「瞬も授業に出てなかったんだったな」
『その話、俺も交ぜてくださいよ』
ラジオから声がして、机の真ん中にゆっくり置く。
「いつから聞いてたんだ?」
『ついさっきです。桜良に協力してもらってかけてます』
「そうか」
万年ワンツーを独占しているふたりも、授業を積極的に受けているわけじゃない。
『先輩また1位でしたね』
「桜良が1位で陽向が2位だったな。ふたりの勉強時間を削らせてないか心配してたけど杞憂だった」
『私たちは大丈夫です』
「とにかくお疲れ様。期末考査もどきを受けたら終わりだし、その後でまたお菓子会でもやろう」
『楽しみにしてます』
お菓子会という言葉に反応したのか、瞬がそわそわしている。
「…先生。瞬専用のテストって作る時間あるか?」
「あるにはある」
「じゃあ、それで80点以上目標。達成できたらお菓子会以外にご褒美も用意しておく」
「え、いいの!?やった!」
「先生も参加な。他の部活動だってそうしてるんだし、監査部顧問としてなら問題ないだろ?」
「…まあ、たまには悪くないか」
瞬を笑顔にできるなら先生は参加してくれるだろう…その読みはあたったらしい。
相変わらず微笑ましいと思っていると、どこからかそよ風のように心地よい声が聞こえた。
《迎えに来たよ》
「…ごめん、ちょっといってくる」
空が茜色に染まる時間、これでは火矢が使えない。
思ったより早かったなんて呑気なことを考えながら、声に導かれるように杖を進める。
《こっちよ。可哀想に…あなたも辛いのね。だったらずっとここにいればいいわ。
この場所でなら、あなたが否定されることも絶望させられることもないから》
その言葉に小さく頷き、パステルカラーのソファーに腰掛ける。
やはりこの怪異、人間を傷つけようとは思っていないようだ。
《お茶を淹れてくるわね》
そう話してまどろみさんの姿が見えなくなったすきに、周囲の状況を確認する。
何人もの少年少女が夢心地な表情をするなか、ひとりだけ動かない人物を見つけた。
「…伴田」
彼女は筆を持ったまま動かない。
反応がない手を握りながら、ゆっくり話してみることにした。
「私は伴田の絵を見て勇気をもらったんだ。いつか私もこんなふうに誰かに光さす存在になりたい…そう思ったからここにいる」
監査部のバッジを指さし、なんとか心に届いてくれるよう願いながら言葉を続けた。
「どんなことがあったのか、私に教えてくれないか?…力になりたいんだ」
表情ひとつ変えない姿を見て絶望仕掛けたそのとき、一筋の涙が頬を伝った。
「一緒に帰ろう」
「折原、さん…」
手を掴もうとした直後、背後から何かが勢いよく迫ってくる気配を感じてすかさず相手にナイフを向けた。
「おまえの話も聞かせてくれないか、まどろみさん」
まあまあな結果、憎しみの声…順位表を見てうんざりする。
「今回は現代文がいまひとつだった」
「評論だったのか」
「うん。どうしても苦手なんだ。陽向は来てないのか?」
「先に木嶋にテストを渡すってさっき出ていった」
「そうか」
少しの間沈黙が流れて、白衣の胸ポケットからキャラメルが出てくる。
ひとつは自分の口に、もうひとつは私に差し出された。
「そんなに難しい顔して考えても答えは出ない。焦らなくてもまどろみさんは誰も殺さない」
「ならいいんだけど…」
「殺すためなら、困ってる人間より幸運に酔いしれてる人間の方がいいはずだからな」
先生の言葉にぞっとしたものの、それもそうかと納得した。
辛そうな人より笑っている人を貶めようと躍起になる人間だっているわけだし、妖たちの世界がそうなっていても不思議じゃない。
「詩乃ちゃん、すごいね!」
「え?」
後ろからやってきた瞬にそんな言葉をかけられ戸惑う。
先生は瞬の口にキャラメルを入れて首を傾げる私に言った。
「朝から順位表を見に行ってたんだ。流山はいつも理科分野だけトップだったから、総合1位をとれるのはすごいって言いたいんだろう」
「むぐ…」
キャラメルを噛みながら、瞬はむくれた様子で先生を見つめる。
その視線をさり気なく避けつつ、先生は私をじっと見つめていた。
「純粋に褒めてるから、あんまり警戒してやるな」
「ああ…ごめん。癖でつい」
「詩乃ちゃん、嫌なこと言われたりするの?」
「するよ。…いつまで平気な顔していればいいのか、なんて考える」
親なしで出席率ぎりぎりで、ましてや高入組なのだから仕方ないと割り切っている。
ただ、慣れたからといって傷つかないわけじゃない。
それでも、どうしても敵意にまみれた教室に行く気になれないのだ。
「だから詩乃ちゃん、時々しか授業受けないんだ。…やっぱり僕とちょっと似てるね」
「瞬も授業に出てなかったんだったな」
『その話、俺も交ぜてくださいよ』
ラジオから声がして、机の真ん中にゆっくり置く。
「いつから聞いてたんだ?」
『ついさっきです。桜良に協力してもらってかけてます』
「そうか」
万年ワンツーを独占しているふたりも、授業を積極的に受けているわけじゃない。
『先輩また1位でしたね』
「桜良が1位で陽向が2位だったな。ふたりの勉強時間を削らせてないか心配してたけど杞憂だった」
『私たちは大丈夫です』
「とにかくお疲れ様。期末考査もどきを受けたら終わりだし、その後でまたお菓子会でもやろう」
『楽しみにしてます』
お菓子会という言葉に反応したのか、瞬がそわそわしている。
「…先生。瞬専用のテストって作る時間あるか?」
「あるにはある」
「じゃあ、それで80点以上目標。達成できたらお菓子会以外にご褒美も用意しておく」
「え、いいの!?やった!」
「先生も参加な。他の部活動だってそうしてるんだし、監査部顧問としてなら問題ないだろ?」
「…まあ、たまには悪くないか」
瞬を笑顔にできるなら先生は参加してくれるだろう…その読みはあたったらしい。
相変わらず微笑ましいと思っていると、どこからかそよ風のように心地よい声が聞こえた。
《迎えに来たよ》
「…ごめん、ちょっといってくる」
空が茜色に染まる時間、これでは火矢が使えない。
思ったより早かったなんて呑気なことを考えながら、声に導かれるように杖を進める。
《こっちよ。可哀想に…あなたも辛いのね。だったらずっとここにいればいいわ。
この場所でなら、あなたが否定されることも絶望させられることもないから》
その言葉に小さく頷き、パステルカラーのソファーに腰掛ける。
やはりこの怪異、人間を傷つけようとは思っていないようだ。
《お茶を淹れてくるわね》
そう話してまどろみさんの姿が見えなくなったすきに、周囲の状況を確認する。
何人もの少年少女が夢心地な表情をするなか、ひとりだけ動かない人物を見つけた。
「…伴田」
彼女は筆を持ったまま動かない。
反応がない手を握りながら、ゆっくり話してみることにした。
「私は伴田の絵を見て勇気をもらったんだ。いつか私もこんなふうに誰かに光さす存在になりたい…そう思ったからここにいる」
監査部のバッジを指さし、なんとか心に届いてくれるよう願いながら言葉を続けた。
「どんなことがあったのか、私に教えてくれないか?…力になりたいんだ」
表情ひとつ変えない姿を見て絶望仕掛けたそのとき、一筋の涙が頬を伝った。
「一緒に帰ろう」
「折原、さん…」
手を掴もうとした直後、背後から何かが勢いよく迫ってくる気配を感じてすかさず相手にナイフを向けた。
「おまえの話も聞かせてくれないか、まどろみさん」
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