夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第13章『まどろみさんと具現化ノートの噂』

第93話

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そうして迎えた夜、校内を散歩しているとまだ明かりがついている部屋があった。美術専攻の部屋だ。
「定時制の生徒って今夜はもう終わったんだよな?」
「そのはずです。旧校舎なら消し忘れってわけでもないだろうし…行ってみます?」
「そうだな」
できるだけ音を立てないように向かうと、そこでは一心不乱に絵筆をふるひとりの姿があった。
話しかけるタイミングが分からず、ただ黙って見ていることしかできない。
ひと段落したところで絵の具まみれの彼女に声をかけた。
「お疲れ。こんな時間まで残ってるのか」
「え、折原さん!?」
久しぶりに見た伴田は少しやつれているような気がする。
道具を全部置いて、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうしたの?怪我?」
「ちょっと転んだくらいだからすぐ治るよ」
「そっか、それならよかった」
真っ黒なキャンバスを見つめていると、後ろから陽向が遠慮がちに声をかけてきた。
「すみません、俺も会話交ざっちゃって大丈夫ですかね…?」
「あ、勿論どうぞ」
「伴田先輩は、どんなものを描こうとしてたんですか?」
「描こうとしてたというか…このキャンバスはこれで完成なんだ」
「え、あ、すみません!」
「そりゃあ未完成だと思っちゃうよね」
伴田愛梨がモノトーン色の絵を描くことが多いのは知っている。
ただ、どう見てもそのキャンバスは滅茶苦茶に塗ってあるようにしか見えなかった。
「程々にして帰らないと、もう9時過ぎてるぞ」
「本当だ…全然気づかなかった。ふたりとも、またね」
荷物をまとめて出ていく伴田の目は、哀しみに満ちた色をしていた。
教室を出たところにある掲示板にその原因を見つける。
「…あれが原因か」
「何か気になるものでもあったんですか?」
「伴田は星空や希望をテーマに描くことが多いんだ。けど、さっきのはまるでその絵の存在を否定するかのように塗り潰されていた」
近々コンクールがあるからと張り切っていたはずの伴田は、最終審査まで残れなかったらしい。
「敗者復活枠のために別の絵を用意してたんだろうな。…けど、それは自分が望んだものじゃない」
最終選考まで残った生徒の名前が書かれた絵が置かれていたが、どの絵も明るい色がふんだんに使われている。
「好きなものを評価されないって辛いですよね」
「そうだな。真剣に打ち込んだ分悔しかっただろう」
もしかすると、方向性を見失いかけているのかもしれない。
次会ったら詳しい話を聞いてみようと階段を降りようとした瞬間、突然目の前に大きな穴が現れた。
「先輩!」
ぐっと腕をひいてくれたおかげで吸いこまれずにすんだものの、その中にあるものに手を伸ばす。
「駄目だ!」
とぷんと音がして、杖を手放した腕に残っていたのは彼女がいつも使っている鞄だけだった。
「先輩?」
「…伴田だった。鞄しか掴めなかったけど間違いない」
あの穴にいたもうひとりの人物がまどろみさんということになるのだろうか。
「ごめん。忘れないうちにかいておかないと」
「分かりました。先生に新しい杖がほしいって連絡しておきます」
陽向が話してくれている間に、さっき視えた光景をひたすら表現する。
ネグリジェのようなものに身を包んだ少女、ふかふかそうな枕、膝ほどまである髪…そして、伴田に向かって伸ばされる手。
涙を流しながらその手を掴もうとする伴田が頭から離れない。
「…ごめん」
そこまで追いつめられていることに気づけなかった。
私の手からまた大切な人がすり抜けていくのは嫌だ。
メモを書き終え、ひと息吐く。
「先生に連絡しておきました」
「ありがとう」
人の鞄を漁るような真似はしたくなかったが、ちらりと見えたものに見覚えがあった。
「…やっぱりそうか」
「先輩?」
持ち物の中で断トツで古びたもの…わら半紙ノートの頁が切り取られたものと思われる破片には消えたいの一文。
「作戦会議しよう」
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