夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第12.5章『夜紅救出作戦』

第90.4話『探索』

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桜良ちゃんたちが出掛けてしばらく詩乃ちゃんの側にいたら、後ろから肩をたたかれた。
「準備できてるか?」
「僕は大丈夫だけど、ひな君疲れてない?」
「大丈夫だよ。穂乃ちゃんはいい子で待っててくれてるだろうから」
ひな君は嘘を吐くのが苦手なんだって桜良ちゃんが言っていた。
必要な嘘もあるんだろうけど、たしかに辛くなったり苦しくなることもある。
ひな君は優しいから、他の人間よりそう感じることが多いのかもしれない。
「そうじゃなくて…ひな君は辛くないの?」
「俺が弱ってる場合じゃないでしょ」
「…ひな君がどう思うか分からないけど、痛いときはもっと痛いって言っていいと思う。
少なくとも、痛い人がいるとき一緒に悩んだり痛いのを感じたい」
ひな君はぽかんと口を開けて足を止める。
怒らせちゃったのかと思ったら、大笑いしはじめた。
「ひな君?」
「我慢しすぎて爆発したおまえがそれを言うのか…と思って…。悪かったな、心配かけて」
わしわしと頭を撫でるのは、ひな君の癖なんだろうか。
先生とは違う温かさを感じて、別に嫌じゃない。
「ひな君の話、今度聞かせて。友だち、だし」
恥ずかしくて小声でしか言えなかったけど、ひな君といる時間も楽しい。
「おまえのことも聞かせてくれよ。星好きで、先生が大好きだってことしか知らないからさ」
「…うん!」
突き当たりの壁に広がる不自然な空間に足を踏み入れると、廊下だったはずの足場は砂利道に変わっていた。
「これが、【白雪の森の噂】…」
「この部屋に毒林檎や薬草があるって、先生言ってたよな…。二手に分かれるのは危険だし、右と左どっちに行く?」
「人間は何かから逃げてるとき、左を選びやすいんだって」
「それなら右か。この場所は噂が確立してるわけじゃないからな…とにかく探そう」
持ち主が出ていってしまったり、あまり流行らなかったりできたてほやほやの部屋は、森や海に還ることが多いって、先生は言ってた。
先生から預かった蓬莱の玉の枝を抱えて、奥へ奥へと進んでいく。
「ひな君」
「どうした?」
「多分あそこにあるんだけど、変なやつがいる」
雰囲気が変というか、少し禍々しいというか…できれば近づきたくない。
「こんにちは。この薬草、持っていってもいいですか?」
ひな君は盗賊みたいな格好をした人に、満面の笑みで声をかけた。
相手はひな君の顔を見るなり、どうしてか頭を深々と下げる。
《お久しぶりです》
「…あ、盗賊団」
僕が声をあげると、ひな君は思い出したように呟いた。
「変な方向に骨折れたこともあったな…」
《その件は大変失礼いたしました》
「いや、それはいいんだけど…その薬草、俺たちも採集していい?」
《ここは誰のものでもありませんので…》
僕の方を見て怯えているんだと気づいて、できるだけ笑顔を作って話す。
「そんなに萎縮しないでよ。僕たちは誰かと戦いに来たわけじゃないんだ」
《こっちとしても、次の仕事前に揉めたくない。…それならひとついい話をしといてやる。
この森、でかい熊の怪異が住んでるらしい。森から出るときは気をつけろ。
毒林檎の場合は特に追ってくるらしいが、薬草でも追いかけてこないわけじゃないからな》
「ありがとう」
近くにテントをはっているからと話して、ふたりはその場を去っていった。
人と関わってもいいことなんてないと思っていたのに、今こうして繋がりを持てているのは嬉しい。
【瞬は結月とも友だちなんだな。人と関わるって大変だし面倒だから、私も独りでいたこともあったんだ。
だけど、今は楽しいし悪くないって思えてる。今こうして瞬と話せているのも楽しいし、これから先生とも想い出を作っていってほしい。…折角一緒にいられるんだから】
詩乃ちゃんといる時間は、友だちがいなかった僕にとっても大切なんだ。
詩乃ちゃんやひな君が励ましてくれたから、先生とちゃんと話せた。
先生と話したから、時々我儘を叶えてくれたり勉強したり、何気ない話をしたり…今が楽しいんだ。
「ちび、そろそろ──」
ひな君が何か言いかけた瞬間、後ろから大きな音がした。
急いで元の道に出たけど、廊下の後ろからずっと音がしている。
聞こえないふりをしているのか、本当に聞こえていないのか…ひな君はけろっとした様子で僕の手を引いた。
「早くしないと先輩が起きない。起きてくれないとつまらないだろ?」
「そうだね」
音は気のせいだと思うことにして、真っ直ぐ監査室まで走る。
今度こそ、僕が詩乃ちゃんの助けになりたい。…いや、絶対になるんだ。
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