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第12.5章『夜紅救出作戦』
第90.3話『採集』
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「すみません、俺ちょっと一旦家帰ります。穂乃ちゃんに怪しまれないようにしないといけないので」
陽向は穂乃さんに、『詩乃先輩はしばらく行事ごとで忙しくて帰れない』と伝えたらしい。
先輩のアルバイト先には急で申し訳ないが1週間ほど休ませてほしいと連絡したし、これでしばらくは時間を稼げるだろう。
「詩乃ちゃんって、本当に沢山のお仕事をしているんだね」
「わた、しも…【私も知らなかった】」
話すより書いて伝えた方が早い。
雑貨屋さんに楽器屋さん、猫カフェに喫茶店…そして本屋さん。
これだけのことをやって夜は見回りだってしているなら、一体いつ休んでいるんだろう。
《体調悪くない?》
猫さんに声をかけられて頷くと、くるくる私の周りを歩いた。
《まあ、あの女のところに行くだけなら危ないってことはないと思うわ。
ちゃら男もすぐ帰ってくるから心配いらないわよ》
猫さんなりに励ましてくれて嬉しい。
申し訳ない気持ちもあるけれど、独りじゃないんだと思えた。
「…遅くなった」
「先生、授業はばっちりやったうえでそれも手に入れたの?…早すぎでしょ」
「岡副は外か?」
私が頷いたのを確認して、先生は1枚の紙を渡してくれた。
「これを中庭の妖精に見せればもらえるはずだ」
「【ありがとうございます】」
「礼を言うのは俺の方だ。折原の症状が少し和らいだのは木嶋が何かしたからだろう?」
室星先生は鋭い。たしかに私は詩乃先輩の毒のまわりが遅くなるように、悪夢を見ずに快眠できるように力を使った。
陽向が出てから詩乃先輩の耳元で囁いたから気づかれないと思っていたのに、先生には分かってしまうらしい。
《黄昏時、放送も鳴っているしそろそろね》
猫さんが大きく伸びをしたのとほぼ同時に立ちあがる。
「俺はあっちで調合を途中まで進めておく」
「分かった。ひな君が戻ってきたら僕たちも行ってくるね」
「任せた。…木嶋のこと、しっかり護れ」
《言われなくてもやるわよ》
猫さんは人型になって、私の手をひいてくれた。
「早く済ませて、寝ている馬鹿を起こしましょ」
結月さんなりの心配なんだとすぐ分かって、そのまま中庭に向かう。
その場所で空を見上げる綺麗な女性に駆け寄り、思いきってスケッチブックを見せた。
「【深碧さん、こんばんは。はじめまして、だと思います】」
《この方は、あなたのお友だちですか?》
「そんなところよ。どちらかといえば、夜紅の友人だけどね」
《まあ、夜紅の…》
「【お願いがあってきました】」
初対面の相手に、しかも言葉をほとんど発せない状態で会うのは心苦しかった。
そのうえ、ただ話がしたいわけではなくて頼み事をするなんて失礼なことをしていないだろうか。
《お願いとは、どういったことでしょうか?》
「今、夜紅は毒で動けないの。その解毒剤を作るために必要なものがあるのよ。…紙を見せて」
深碧さんに渡すと、困ったような顔をしてゆっくり話してくれた。
《実は先日、使い果たしてしまいまして…。調合ができる方はいらっしゃいますか?》
「恐らくひとり、できる奴がいるわ」
《それでしたら問題ありませんね。こちらをどうぞ》
「【ありがとうございます】」
いつもより雑な字になってしまったけれど、深碧さんは優しく微笑んだ。
《夜紅に伝えてください。また時間があるときにお話しましょうと》
頷いて一礼して、その場をゆっくり離れる。
「夜道は危ないから手を離さないでね」
結月さんの言葉に、繋いだ手の力を少し強める。
陽向以外の人と関わっていく未来があるとは思っていなかった。
色々な人間ではないものと関わって、それで十分だと思っていた頃が懐かしい。
勿論その頃も楽しかったけれど、詩乃先輩と関わって生活がもっと楽しくなった気がする。
人と関わるのが怖かった私に、先輩は優しく声をかけてくれた。
【悪い奴やどうしようもない奴もいるけど、案外優しい世界が広がってることだってあるんだ。
私も大勢と関わるのは得意じゃないけど、桜良と話すのは楽しいよ。友だちだから】
私の力を知っても、過去を知っても、詩乃先輩は側にいると言ってくれた。
友だちなんてもうできないと思っていたから、とても嬉しかったの。
だから、今度は私が先輩の力になりたい。
あんなに残酷な過去を抱えて生きる先輩を支えるんだ。
そのためには、もうひとつ知らなければならないことがある。
……詩乃先輩、神宮寺義仁って誰ですか?
陽向は穂乃さんに、『詩乃先輩はしばらく行事ごとで忙しくて帰れない』と伝えたらしい。
先輩のアルバイト先には急で申し訳ないが1週間ほど休ませてほしいと連絡したし、これでしばらくは時間を稼げるだろう。
「詩乃ちゃんって、本当に沢山のお仕事をしているんだね」
「わた、しも…【私も知らなかった】」
話すより書いて伝えた方が早い。
雑貨屋さんに楽器屋さん、猫カフェに喫茶店…そして本屋さん。
これだけのことをやって夜は見回りだってしているなら、一体いつ休んでいるんだろう。
《体調悪くない?》
猫さんに声をかけられて頷くと、くるくる私の周りを歩いた。
《まあ、あの女のところに行くだけなら危ないってことはないと思うわ。
ちゃら男もすぐ帰ってくるから心配いらないわよ》
猫さんなりに励ましてくれて嬉しい。
申し訳ない気持ちもあるけれど、独りじゃないんだと思えた。
「…遅くなった」
「先生、授業はばっちりやったうえでそれも手に入れたの?…早すぎでしょ」
「岡副は外か?」
私が頷いたのを確認して、先生は1枚の紙を渡してくれた。
「これを中庭の妖精に見せればもらえるはずだ」
「【ありがとうございます】」
「礼を言うのは俺の方だ。折原の症状が少し和らいだのは木嶋が何かしたからだろう?」
室星先生は鋭い。たしかに私は詩乃先輩の毒のまわりが遅くなるように、悪夢を見ずに快眠できるように力を使った。
陽向が出てから詩乃先輩の耳元で囁いたから気づかれないと思っていたのに、先生には分かってしまうらしい。
《黄昏時、放送も鳴っているしそろそろね》
猫さんが大きく伸びをしたのとほぼ同時に立ちあがる。
「俺はあっちで調合を途中まで進めておく」
「分かった。ひな君が戻ってきたら僕たちも行ってくるね」
「任せた。…木嶋のこと、しっかり護れ」
《言われなくてもやるわよ》
猫さんは人型になって、私の手をひいてくれた。
「早く済ませて、寝ている馬鹿を起こしましょ」
結月さんなりの心配なんだとすぐ分かって、そのまま中庭に向かう。
その場所で空を見上げる綺麗な女性に駆け寄り、思いきってスケッチブックを見せた。
「【深碧さん、こんばんは。はじめまして、だと思います】」
《この方は、あなたのお友だちですか?》
「そんなところよ。どちらかといえば、夜紅の友人だけどね」
《まあ、夜紅の…》
「【お願いがあってきました】」
初対面の相手に、しかも言葉をほとんど発せない状態で会うのは心苦しかった。
そのうえ、ただ話がしたいわけではなくて頼み事をするなんて失礼なことをしていないだろうか。
《お願いとは、どういったことでしょうか?》
「今、夜紅は毒で動けないの。その解毒剤を作るために必要なものがあるのよ。…紙を見せて」
深碧さんに渡すと、困ったような顔をしてゆっくり話してくれた。
《実は先日、使い果たしてしまいまして…。調合ができる方はいらっしゃいますか?》
「恐らくひとり、できる奴がいるわ」
《それでしたら問題ありませんね。こちらをどうぞ》
「【ありがとうございます】」
いつもより雑な字になってしまったけれど、深碧さんは優しく微笑んだ。
《夜紅に伝えてください。また時間があるときにお話しましょうと》
頷いて一礼して、その場をゆっくり離れる。
「夜道は危ないから手を離さないでね」
結月さんの言葉に、繋いだ手の力を少し強める。
陽向以外の人と関わっていく未来があるとは思っていなかった。
色々な人間ではないものと関わって、それで十分だと思っていた頃が懐かしい。
勿論その頃も楽しかったけれど、詩乃先輩と関わって生活がもっと楽しくなった気がする。
人と関わるのが怖かった私に、先輩は優しく声をかけてくれた。
【悪い奴やどうしようもない奴もいるけど、案外優しい世界が広がってることだってあるんだ。
私も大勢と関わるのは得意じゃないけど、桜良と話すのは楽しいよ。友だちだから】
私の力を知っても、過去を知っても、詩乃先輩は側にいると言ってくれた。
友だちなんてもうできないと思っていたから、とても嬉しかったの。
だから、今度は私が先輩の力になりたい。
あんなに残酷な過去を抱えて生きる先輩を支えるんだ。
そのためには、もうひとつ知らなければならないことがある。
……詩乃先輩、神宮寺義仁って誰ですか?
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