夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第12.5章『夜紅救出作戦』

第90.2話『交渉』

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【折原詩乃の腹部を槍が貫通し、そのまま失血死する】
今日書かれていた未来の内容はそんなものだったが、どうやらまた少し形が変わったらしい。
瞬に離れないよう言っておいて正解だった。
「俺の我儘を聞いてくれて助かった。折原ひとりなら今頃助かっていなかったかもしれない」
「…僕、ちゃんとできた?」
「ああ。あそこまで噂が広がったジャック・オ・ランタンを倒すなんてなかなかできることじゃない」
瞬の心が壊れてしまわないか不安になる。
ただ、生きていた頃よりかなり楽しく過ごしていたのは確かだ。
岡副たちが入ってきたのが分かって、瞬の頭を撫でていた手を止める。
丁寧に材料が書かれたメモに目を通したが、問題は山積みだ。
「…この薬草、かなり珍しいな」
「え、そうなんですか?」
「ああ。伝手を辿ればどうにかできそうだが、全部自力でどうこうできるものじゃない」
今の時期ないものもあれば、希少種というものもある。
「…で、俺たちはどこへ探しに行けばいいですか?」
「岡副は授業を、」
「嫌です」
岡副は1度こうと決めれば絶対に譲らない。良くも悪くも真っ直ぐなのだ。
「単位は大丈夫なのか?」
「だから10月まではほとんど休まなかったんです。後からのんびりできた方が楽でしょ?」
折原ほどではないが、授業の出席がぎりぎりなのは知っている。
それでも、計算して単位を落とさないようにしているのだから問題ない。
「あ、あの」
「どうした?」
「私も、な、にか…」
噂を書き換えた影響なのか、木嶋はいつもよりかなりゆったりした話し方で訴えかけてくる。
「言いたいことは分かった。木嶋には中庭の妖精のところに行って、ここに書いてある薬草を分けてもらえないか訊いてきてほしい。
岡副には少し危険な場所に行ってもらわないといけなくなるが、やってくれるか?」
「それは全然いいですけど、先生はどうするんですか?」
「怪異には怪異のやり方がある。それから、木嶋にはこいつをつけるから心配しなくていい」
黒猫を放り投げると、木嶋は腕を伸ばして抱きかかえた。
《もうちょっと丁重に扱いなさい》
「次からな」
「…あの、僕にもできることある?」
「おまえは岡副の付き添い。万が一ってこともあるからこれを持っていけ」
《あんた、それ…》
猫が驚くのも無理はない。
本来であれば手放したくないものだから。
「蓬莱の玉の枝って知ってるか?…今渡したのがそれだ」
「え、実在するんですか!?」
「まあ、一応。もし誰かが先にいて譲ってもらえないようならそれと交換してもらうように。
おまえたちがいるなら折原のことは任せる。どうしても行かないといけない場所があるからな」
部屋を出ようとすると、瞬に白衣の袖を掴まれる。
「…気をつけてね」
「ああ」
こんなふうに縁が繋がれるのは不思議だと今でも思う。
いつの間にかいなくなったりしないか、目の前から消えた絶望を味わいたくない…未だにそんな弱気になることも少なくない。
【ある日突然日常が壊されるかもしれないって考えることがあるんだ。ただ、今を護れば未来の幸せも護れるんじゃないかな?
…まあ、あんまり偉そうなことは言えないけど、先生、瞬と一緒にいるときすごく幸せそうだよ。前より本当の笑顔を見られることも増えた】
折原詩乃は瞬との接し方を迷っていた俺にそう言った。
俺はいつも救われる側だ。だからこそ、今は俺にしかできないことをやる。
「薬師、分けてほしいものがある」
毎年12月になると、『古星マーケット』と呼ばれる祭りのようなものがある。
その準備で大部屋にやってきていた怪異のひとりに声をかけると、俺を見てただ驚いていた。
「前見たときは死んだ魚みたいな目をしてたのに随分良い目をしているな」
「俺のことはいいから交渉に入らせてくれ。急ぎなんだ」
薬師は人をからかう癖があるが、そこまで悪い奴ではない…と、思いたい。
「これか?人間にでも使うのか?」
「…さあな。口止め料と材料費だ」
「こんな上等なもの貰っていいのか?」
「ああ」
石のコレクションのうちのひとつだが、岩塩と宝石を渡すと上機嫌で薬を売ってもらえた。
「助かった」
「そんなに助けたい相手ってどんな奴だ?恋人か?」
「そういうのじゃない。俺はもう行く。助かった」
それだけ言い残して、その場を足早に立ち去る。
賑やかな場所はあまり得意ではないし、物々交換が主流の妖世界でうろうろしていては声をかけられてしまう。
すぐに戻って調合の準備をはじめなければ本当に死んでしまいかねない。
どういう関係か…そんなの答えはもう決まっている。
「…大切な生徒で大切な仲間で、恩人だ」
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