夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第12章『収穫祭と逃れられない因縁』

第88話

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「折原さん、おはようございます」
「おはよう穂村。今日はせいいっぱい手伝わせてもらうからよろしく」
「はい」
穂村奏多は森川彩のことを決して忘れはしないだろう。
その証拠に、彼の傍らにはいつも同じ本とノートがある。
以前会ったより血色がよくて安心した。
ひとりで廊下を歩いていると、いきなり声をかけられる。
《詩乃ちゃん》
「瞬?どうしたんだ、その格好…」
首にはロープの痕がくっきりついていて、腹部は何かで抉ったように黒くなっている。
《これが僕の怪異形態なんだ。というか、本気モードの死霊形態?》
「満月だからか?」
《それもあるよ。ただ…今日の相手は強いだろうから、最初からこれでいこうと思っただけ。怖がらないんだね》
「うん。どんな姿でも瞬は瞬だからな」
《やっぱり詩乃ちゃんは優しいね》
ふよふよと体が宙に浮く姿を見ると、本当に死霊なんだと感じる。
普段一緒にいる瞬は無邪気なただの少年だ。
《…今日、ついていってもいい?》
「私は構わないけど、事務作業や警備だけだから暇だと思うぞ」
《それでもいいんだ。ついていかせて》
「先生はいいのか?」
《今は職員会なんだ。この前ペンをとってあげたら、ひとりでに浮いてるって騒ぎになっちゃって…》
先生の側にいられないならひとりでいるよりはいいだろう。
「分かった。まずは陽向と合流して残りの監査部メンバーにも報告して…着替える」
《着替え?》
「伝統だからな」
予定どおり作業をこなしていき、マントを羽織って外に出る。
「憲兵姫、今年も吸血鬼姿が素敵…!」
「一緒に写真撮ってほしいけど、頼んだらやってくれるかな?」
「ごめん、ちょっと通してくれ」
普通科の部活帰りの生徒たちの列をかき分け、そのまま持ち場につく。
インカム越しに陽向を呼ぶと、すぐ返事がかえってきた。
『桜良と一緒に配置につきました。俺の彼女、なんであんなに可愛いんですかね…』
「本人は照れてたけど、すごく似合ってた」
イメージどおりの姿だった桜良は、魔女の服を着てお菓子を配ってくれている。
「折原」
「先生。会議だったんだろ?疲れてるんじゃ…」
「慣れてるから」
先生は小さな男の子をだっこしたまま、真っ直ぐ瞬を見ている。
《…怖い?》
「そういうわけじゃない。これでも食べてろ」
瞬の頭を撫でて、子どもを連れたまま人混みの中に消えていった。
《怒ってたかな…》
「きっとそういうわけじゃないよ。怒ってたらお菓子なんてくれないだろ?」
《そっか…そうだね》
多分先生は、自分でも気づかないうちにまた自分のことを責めているんだ。
或いは、自分が背負ったものを忘れないようにしているのかもしれない。
「そろそろ人が減ってくる時間だし、私たちは中庭の片づけに行こう」
《僕もやる》
「うん。お願いするよ」
イベントそのものは問題なく終わったが、ジャック・オ・ランタンやあの槍はまだ現れない。
「ちび、さっきから聞きたかったんだけどその見た目はどうした?もしかして霊力足りてないとか?」
《違うよ。こっちの方が本気で戦いやすいんだ。あんまり痛くなくなるし、ひな君パンチより強いかも?》
「俺の拳技、ひな君パンチなんて呼ばれてたのか…」
ふたりの会話を微笑ましく思っていると、見覚えのあるフードが目にはいった。
「…ごめん、ふたりはそのまま片づけててくれ」
「え、先輩!?」
そのまま角を曲がると、予想どおりの人物が立っていた。
「よう。こんな時間から現れるなんて珍しいな」
「おまえを殺すためならなんだってやるさ。成仏なんかさせやがって…あれは俺の獲物だったのに」
荒々しく投げられたナイフを避け、そのまま懐に飛びこみ淡々と忠告する。
「相手の話を聞かずに誰相手でも殺せばいいと思ってるあたり、相変わらずなんだな。
…私だけを真っ直ぐ狙ってこいよ。いつでも相手してやるから」
フードの男は舌打ちしてそのまま立ち去る。
廊下に突き刺さったナイフを抜くと、中から液体のようなものが飛び散った。
…これが何か分からない私ではない。
「先輩、片づけ終わりましたよ!」
《ひな君の手際がすごくよかったんだ》
「そうか。ふたりともありがとう」
ナイフをポケットに入れ、近くの蛇口で手を洗いながらふたりの方を見る。
ほぼまともにくらったからか、早くも指先がぴりぴりしてきた。
…さて、どう誤魔化すか。
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