夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第12章『収穫祭と逃れられない因縁』

第86話

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「今日は静かですね…」
「定時制が休みらしいから、別棟にも人がいないんだろうな」
「そういえば、新校舎ってあんまり行ったことなかったですね」
「普通は新校舎の方が使ってる回数が多いはずなんだけどな」
放送室や保健室、理科室に音楽室…そして、監査部室も旧校舎にある。
新校舎北棟が定時制や通信制の教室、南棟が昼間制の教室なのだ。
授業に単位ぎりぎりしか出席しない私たちは、いつも旧校舎に籠もっている。
「怖がって人が来ないからいいじゃないですか!まあ、時々悪ふざけで入ってくる人がいるのが玉に瑕ですけど」
「そうだな。肝試しなんてはじめられたら、人間がそうじゃないかいまひとつ見分けがつかなくなる」
久しぶりにゆったり話しながら校舎を見回れていることに安堵しつつ、先生たちのことが気になった。
「…ちびのこと、気になりますよね」
「顔に出てたか?」
「見てたらなんとなく分かりました」
陽向はにっこり笑って瞬がいた教室へ走っていく。
「きっとここです。ここじゃなかったら屋上に行きましょう」
「そうだな」
陽向の予想どおり、空き教室にはふたりの姿があった。
盗み聞きみたいだと思いつつ、瞬の気持ちを知りたくてそのまま身を隠す。
「詩乃ちゃん、元気だった?」
「ああ。今のところ変わった様子はない。…おまえはどうなんだ?」
「僕?いつもどおりだよ」
「嘘だな」
私の過去を1番近くで見てしまったのは瞬だ。
平気でいられるはずがない。
「……詩乃ちゃんは優しいから気にしなくていいって言ってたけど、本当は僕の過去が流れるはずだったんだ。
それに、あんな重いものをたったひとりで抱えて、ずっと苦しかったのかなって…頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃった」
「俺がおまえの立場でもきっと似たようなことを考えていたと思う。ただ、それをずっと気にしていると誰が1番傷つくと思う?」
先生は真剣な顔で瞬に問いかけている。
この位置からでは瞬の表情は分からないが、きっとどう答えるか悩んでいるだろう。
「先輩、あれ…」
陽向が小声で指さした方向から、微かにチェーンソーの音が響いた。
暗くて顔こそ確認できないが、間違いなく巷を騒がせている奴だ。
「…陽向、万が一のことがあったら頼む」
「え、先輩!?」
札を3枚ほど闇に向かって投げつける。
「──爆ぜろ」
煙っている間に校舎の階段を駆け下りた。
気配で追ってくるタイプなら対応はこれで間違っていないはずだ。
「狙いは私だろう?…どこまでも追いかけてこいよ」
校舎の外か中庭か、あるいは屋上でもよかったのかもしれない。
素早くリップを塗り直し、組み立て式の弓を掲げる。
近距離戦闘はあまり得意ではないが、相手は何故か私と一定距離をとっていた。
《う、ヴマゾウ…》
「あんたも食べるタイプなのか」
私はそんなに美味しくないはずなのに、どうしてここまでしつこく追ってくるんだろう。
《リ…リズムチェーンソー》
「え?」
相手が距離をとっていた理由が分かった。
可愛らしいネーミングとは裏腹に、大量の小さなチェーンソーが降ってくる。
なんとか避けつつ、折りたたみナイフを使って跳ね返していく。
無数に向かってくる小さなチェーンソーを全部避けきれるか不安しかない。
後退しているうちに背中が壁についた。
「…これならどうだ」
火矢を放つと、流石に相手も後退る。
攻撃がやんだ一瞬の隙にナイフを投げつけた。
《痛…イダイヨオ!》
まっすぐ投げつけられたチェーンソーの刃に、近くにあったモップの柄の部分を斜めにあてる。
からからと音をたてて刃が外れた武器を拾うと、相手は更に後退しはじめた。
撤退するつもりなのだろうか。
相手をじっと見つめていると、すぐ近くで声がした。
「伏せて!」
言われたとおりにすると、鋭い槍が顔を掠めた。
「詩乃ちゃん、大丈夫?」
「うん。ありがとう瞬…」
「話は後にして、場所を移そう」
瞬に言われたとおりにしようと立ちあがる。
ゆっくり顔を上げたとき、目の前には暗闇しかなかった。
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