夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第12章『収穫祭と逃れられない因縁』

第84話

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あの男が誰かに負けたことと私に何の関係があるというのか。
そもそも、祓い屋家系として一応名家であるはずの神宮寺を敵に回して負かせたなんて、一体どんな人なんだろう。
かくいう私も敵に回しているが、今の状況で勝っているとは言い難い。
考えを逡巡させていると、カーディガンの裾を遠慮がちに引かれた。
「…おはよう桜良。この前はありがとう。怪我はないか?」
「【詩乃先輩は怪我をしていませんか?】」
「少し手を怪我したけど、これくらいなら大丈夫だよ」
心配そうにこちらを見つめる桜良の頭をそっと撫でる。
なんだか疲れているように見えるし、よく見るといつもは持っていない大きなリュックサックをかるっていた。
「それ、放送室まで持っていくのか?」
ゆっくり頷いたのを確認して、肩の紐を軽く引っ張る。
「私に運ばせてくれ」
「【手の怪我に響きます】」
「大丈夫だよ。…寧ろいつもの鍛錬をしてない分体を動かしたいんだ」
桜良は少し考えるような仕草を見せた後、申し訳なさそうに荷物を渡した。
思ったより軽くて中身が気になったが、訊いてもいいのか分からない。
「ここで大丈夫か?」
桜良が頷くのを確認して広めの事務机に置くと、黒猫がひょっこり椅子から顔を出した。
《朝から仕事熱心ね》
「いつもどおりだと思うけど…」
《あんたはそうだろうけど、その子はこの時間読書してるか朝食を摂っているの》
桜良がそんなことをしていたなんて知らなかった。
あわあわと両手をふる後輩の姿はいつもとは違った一面で、なんだかすごく可愛らしい。
「そうだ、桜良さえよければ定時制と通信制の合同ハロウィン会に参加してくれないか?」
「【どんなことをすればいいですか?】」
「お菓子を配る役かな。話せなくても大丈夫だけど、コスプレしてもらわないといけないんだ」
桜良は迷っているようだったが、人間形態になった結月が声をあげた。
「参加してみればいいじゃない。夜紅が言うならきっとおかしなことにはならないわ」
「…【どんな服でもいいんですか?】」
「桜良なら魔法使いが似合いそうだな。黒いロングワンピに群青色のマントはどうだろう?」
「私が作ってあげる。…お茶をごちそうになってるお礼、できてないし」
人間嫌いの結月が手伝うなんて、私が知らないところでどれだけ親睦を深めたんだろう。
桜良が頷いたのを確認して放送室を出ると、困り顔の陽向が立っていた。
「どうしたんだ?」
「さっきクラスメイトから聞いたんですけど、その…」
言いづらそうにもごもごしている陽向をじっと見つめると、大きく息を吐いて話しはじめた。
「ハロウィンに関するおかしな噂がないか調べてたんです。去年は殺人ピエロが出たじゃないですか、だから…」
「まさか再来したのか?」
あのピエロはとにかく手強かった。
町中でも噂が広まっていたからか、倒すのに苦戦した苦い思い出がある。
「いや、殺人ピエロの話は全くなかったです。なかったんですけど、成り代わりジャック・オ・ランタンっていう噂が流れてるんです」

──頭から被り物のかぼちゃが取れないジャック・オ・ランタンには顔がない。
そんな自らを受け入れていた男だったが、彼はやがてお揃い計画を思いつく。
『誰かになってしまえばいいのだ』と。

「つまり、また町から人間が消える可能性があるんだな」
「商店街でも流行ってるみたいです」
「…分かった。バイト先でも知ってる人がいないか調べてみるよ」
噂が広まりすぎれば、事は学園内だけで収まらない。
それは去年経験済みだ。
真っ暗になった町中で殺人ピエロを陽向とおいかけまわして、6回死んだ後ようやくケリをつけた。
「今年は終わった後にゆっくり打ち上げしたいですね」
「できるといいな」
そのためには噂を止めるしかない。
ただ、去年の噂を流した犯人が私を狙っている。
…ハロウィン当日、なんとか学園内で独りになることはできないだろうか。
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