94 / 302
第11章『夜紅の昔話-異界への階段・弐-』
第79話
しおりを挟む
「くるぞ!」
どす黒い瘴気を避けながら、迫りくるものの近くに穂乃の気配がないか探る。
《ワタ、ジノ…》
「穂乃を返してもらう」
リップや弓矢の効果がぎりぎり使えるかどうかの時間帯だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
無数に視える腕の中に何かが抱えられていて、無意識のうちにそちらへ手を伸ばしてしまった。
「先輩!」
《ギャア!》
相手を掴みそこねたうえ、瘴気で腕が焼けてしまった。
「…鬼ごっこになるのか」
「それより手当てを、」
「陽向。ここを任せた」
「へ?」
連れ去りさんを追いかけながらも背後が気になり、ちらりと視線をやる。
早くも臨戦状態になっている陽向や先生と目が合い、早く行けと合図してくれた。
「詩乃ちゃん、大丈夫?」
「問題ない。行こう」
今はとにかく連れ去りさんを逃したくない。
階段を手順どおりに踏んでいき、気づいたときには再び異界への狭にいた。
《どうして俺のいる場所でこんなことするの?》
《ワダジノ、ゴ…》
《話せる相手じゃないのか…》
パーカー少年は私たちに気づいたのか、にこりと笑って手をふっている。…連れ去りさんの腕を掴んだまま。
《捕まえたよ。どうすればいいの?》
「詩乃ちゃん…」
「大丈夫だ。瞬は向こうで倒れている子どもたちを頼む」
警戒しながらいうとおりにしてくれた瞬には感謝しかない。
「なあ、その子を返してくれないか?」
《ワタ、ジノ…》
「あんたが大切な息子さんを護れなかったって嘆く気持ちは分かる。…目の前で誰かの命が消えていくのは辛いよな」
《ムスゴ…》
そう呟くと、連れ去りさんは力が制御できないのか暴れはじめた。
《わっ、何するんだよ》
《私ノ息子ハ、轢キ殺サレタ…。ヒキ逃ゲ犯ハ、マダ捕マッテイナイ!》
瘴気がこれでもかというほど降り注ぐのを避けながら、少しずつ連れ去りさん…三上さんに近づいていく。
ようやく手が届いたところで、彼女が涙をぽろぽろ流していることに気づいた。
《憎イ、憎イノ…》
犯人はまだ見つかっていないらしいと陽向が教えてくれたが、ありふれた日常を奪った側が楽しそうに暮らしているのは許せない。
想像するまでもなくその苦しみは分かる。
「そんなあんただから、余計にやっちゃ駄目なんだ。自分の大切なひとときが一瞬で奪われ、残った人間がどれだけ苦しむか分かる人だろう?…もうやめよう、三上さん」
《わ、たシ、ハ、》
桜良がくれた鏡で三上さんを照らすと、細かい糸のようなものが写し出される。
「瞬、頼む」
「任せて!」
瞬が思いきり投げた包丁は真っ直ぐ糸を貫き、三上さんはその場に倒れた。
「もういいんだ。三上さん、あんたの息子さんはその先にいるから」
《本当ね。光が見える…息子が手をふっているわ。ありがとう》
彼女は笑顔で涙を流しながら消えていった。
乾いた拍手が鳴り響き、そちらを向く。
《素晴らしいね!俺なら消しちゃってたところだったよ》
「…私たちは誰かと争いたいわけじゃないからな。それ以外に道があるなら迷わずそっちをとる」
《ふうん、そうなんだ》
さっきから瞬の口数が少ないことが気になり、子どもたちが集められていた場所を見る。
そこを見ると、だんだん床が剥がれ落ち崩落しかかっていた。
《部屋の主を先に倒すとそうなるよ。…まあ、この場所では俺がルールだけどね》
崩落が一時的に止まり、行方不明になっていた子どもたちはなんとか無事だったらしい。
私の目の前に倒れていたのは、ずっと探していた妹だった。
「…穂乃」
《へえ、その子もお姉さんの日常の一部?》
「ああ。大切なんだ」
「詩乃ちゃん、これからどうしよう」
全員を一気に運ぶのは厳しいが、そのまま余裕でいられる状況でもない。
「…これから連絡する」
電話はすぐ繋がり、スマートフォンを瞬たちがいる方にかざす。
穂乃をそちらへ転がし、ただその場で微笑みかけた。
「先に帰っててくれ」
「…やだ」
「え?」
一瞬光がさしたが、瞬だけはそれを避けていた。
「一緒にいれば、帰る方法を探さざるを得ないでしょ?」
「…やられたな」
パーカー少年に目をやると、ふっと笑い声をあげた。
《また俺が出してあげないといけないのか…。面倒だな…》
「お願い。僕たちをここから出して」
《言うようになったね。…いいけど、今回は願いを叶えないといけないから、》
「僕の影を持ったままでしょ?…ちゃんと覚えてるんだからね、お影さん」
お影さん…その噂を知っている人は滅多にいない。
ただ、私はよく知っている。
お影さんと呼ばれた少年はくふふと笑い声をあげ、暗闇から私を見ているようだった。
《あんなにぼろぼろだったのに、よく覚えてたね。…そんなに言うなら、お代は君からもらうことにするよ》
「え…」
「瞬!」
よく分からないものを刺されそうになっていた瞬を突き飛ばすと、胸に鋭い痛みがはしる。
「詩乃ちゃん!」
様々な感情が湧きあがり、そのまま意識が遠のいていく。
耳元で聞こえたのは、泣きじゃくる瞬のごめんという言葉だった。
どす黒い瘴気を避けながら、迫りくるものの近くに穂乃の気配がないか探る。
《ワタ、ジノ…》
「穂乃を返してもらう」
リップや弓矢の効果がぎりぎり使えるかどうかの時間帯だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
無数に視える腕の中に何かが抱えられていて、無意識のうちにそちらへ手を伸ばしてしまった。
「先輩!」
《ギャア!》
相手を掴みそこねたうえ、瘴気で腕が焼けてしまった。
「…鬼ごっこになるのか」
「それより手当てを、」
「陽向。ここを任せた」
「へ?」
連れ去りさんを追いかけながらも背後が気になり、ちらりと視線をやる。
早くも臨戦状態になっている陽向や先生と目が合い、早く行けと合図してくれた。
「詩乃ちゃん、大丈夫?」
「問題ない。行こう」
今はとにかく連れ去りさんを逃したくない。
階段を手順どおりに踏んでいき、気づいたときには再び異界への狭にいた。
《どうして俺のいる場所でこんなことするの?》
《ワダジノ、ゴ…》
《話せる相手じゃないのか…》
パーカー少年は私たちに気づいたのか、にこりと笑って手をふっている。…連れ去りさんの腕を掴んだまま。
《捕まえたよ。どうすればいいの?》
「詩乃ちゃん…」
「大丈夫だ。瞬は向こうで倒れている子どもたちを頼む」
警戒しながらいうとおりにしてくれた瞬には感謝しかない。
「なあ、その子を返してくれないか?」
《ワタ、ジノ…》
「あんたが大切な息子さんを護れなかったって嘆く気持ちは分かる。…目の前で誰かの命が消えていくのは辛いよな」
《ムスゴ…》
そう呟くと、連れ去りさんは力が制御できないのか暴れはじめた。
《わっ、何するんだよ》
《私ノ息子ハ、轢キ殺サレタ…。ヒキ逃ゲ犯ハ、マダ捕マッテイナイ!》
瘴気がこれでもかというほど降り注ぐのを避けながら、少しずつ連れ去りさん…三上さんに近づいていく。
ようやく手が届いたところで、彼女が涙をぽろぽろ流していることに気づいた。
《憎イ、憎イノ…》
犯人はまだ見つかっていないらしいと陽向が教えてくれたが、ありふれた日常を奪った側が楽しそうに暮らしているのは許せない。
想像するまでもなくその苦しみは分かる。
「そんなあんただから、余計にやっちゃ駄目なんだ。自分の大切なひとときが一瞬で奪われ、残った人間がどれだけ苦しむか分かる人だろう?…もうやめよう、三上さん」
《わ、たシ、ハ、》
桜良がくれた鏡で三上さんを照らすと、細かい糸のようなものが写し出される。
「瞬、頼む」
「任せて!」
瞬が思いきり投げた包丁は真っ直ぐ糸を貫き、三上さんはその場に倒れた。
「もういいんだ。三上さん、あんたの息子さんはその先にいるから」
《本当ね。光が見える…息子が手をふっているわ。ありがとう》
彼女は笑顔で涙を流しながら消えていった。
乾いた拍手が鳴り響き、そちらを向く。
《素晴らしいね!俺なら消しちゃってたところだったよ》
「…私たちは誰かと争いたいわけじゃないからな。それ以外に道があるなら迷わずそっちをとる」
《ふうん、そうなんだ》
さっきから瞬の口数が少ないことが気になり、子どもたちが集められていた場所を見る。
そこを見ると、だんだん床が剥がれ落ち崩落しかかっていた。
《部屋の主を先に倒すとそうなるよ。…まあ、この場所では俺がルールだけどね》
崩落が一時的に止まり、行方不明になっていた子どもたちはなんとか無事だったらしい。
私の目の前に倒れていたのは、ずっと探していた妹だった。
「…穂乃」
《へえ、その子もお姉さんの日常の一部?》
「ああ。大切なんだ」
「詩乃ちゃん、これからどうしよう」
全員を一気に運ぶのは厳しいが、そのまま余裕でいられる状況でもない。
「…これから連絡する」
電話はすぐ繋がり、スマートフォンを瞬たちがいる方にかざす。
穂乃をそちらへ転がし、ただその場で微笑みかけた。
「先に帰っててくれ」
「…やだ」
「え?」
一瞬光がさしたが、瞬だけはそれを避けていた。
「一緒にいれば、帰る方法を探さざるを得ないでしょ?」
「…やられたな」
パーカー少年に目をやると、ふっと笑い声をあげた。
《また俺が出してあげないといけないのか…。面倒だな…》
「お願い。僕たちをここから出して」
《言うようになったね。…いいけど、今回は願いを叶えないといけないから、》
「僕の影を持ったままでしょ?…ちゃんと覚えてるんだからね、お影さん」
お影さん…その噂を知っている人は滅多にいない。
ただ、私はよく知っている。
お影さんと呼ばれた少年はくふふと笑い声をあげ、暗闇から私を見ているようだった。
《あんなにぼろぼろだったのに、よく覚えてたね。…そんなに言うなら、お代は君からもらうことにするよ》
「え…」
「瞬!」
よく分からないものを刺されそうになっていた瞬を突き飛ばすと、胸に鋭い痛みがはしる。
「詩乃ちゃん!」
様々な感情が湧きあがり、そのまま意識が遠のいていく。
耳元で聞こえたのは、泣きじゃくる瞬のごめんという言葉だった。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる