92 / 302
第11章『夜紅の昔話-異界への階段・弐-』
第77話
しおりを挟む
どのくらい時間が経っただろう。
誰も来ない旧校舎の階段の前で立ち尽くすことしかできない。
《ちょっと、大丈夫?》
「…私のせいだ」
「詩乃ちゃん?」
「攻撃されることは分かっていた。もっと気をつけなきゃって思ってたのに」
強すぎるお守りはいいものさえ遠ざけてしまう…そう考えて作った結果、さじ加減を間違えたのかもしれない。
《あんた、また独りでなんとかしようとしてるでしょ》
「みんなを巻きこめないよ」
《…馬鹿じゃないの?》
「え、猫さん!?」
黒猫から発された言葉は怒りに満ちていて、その直後頬にふにふにした感触があった。
着地した黒猫は、息をひとつ吐いて話を続ける。
《あんたはあの人の話を聞いて、他の人間たちみたいにあしらわなかった。
よくあることで片づける人間たちとは違うからこそ、あんたの周りにこれだけ人が集まるの。…もっと周りを頼りなさい》
「…頼る?」
「そうだよ。僕だって詩乃ちゃんがいなかったら、今みたいに先生とちゃんと話せないまま消えちゃってた。
自分で気づいてないだけで、いつも独りで抱えこんで頑張りすぎなんだよ」
頼る、抱えこむ…そんなこと、考えたこともなかった。
他の人たちから見た私はそんな感じなのか。
誰にも迷惑をかけないように常に笑っていなければ、心配させないように大丈夫だと答えなければ…ずっとそう思って生きてきた。
…今目の前にある現実は、話していいことなのだろうか。
「今度は詩乃ちゃんの困りごとを教えてよ。僕たちは察するってできないから、ちゃんと話してくれないと分からない」
瞬のその言葉に背中を押され、深呼吸をしてから話した。
ここ数日、妹に何かが取り憑いていたこと。
それが恐らく連れ去りさんであったこと。
霊力をこめたお守りで護りきるつもりだったこと。
少なくとも昨日の夜までは無事だったこと。
……そして、絶望するような電話がかかってきたこと。
《何よそれ、じゃあ妹は今どこにいるのかも分からないってこと?》
「…そうなるな。噂どおりならここに戻ってくるはずだけど、今はまだ通れる時間じゃない。
それに、多分あの怨霊は『見つけた、私の子』って言ってた」
『それが小学校で噂が流行っていた理由じゃないでしょうか』
胸ポケットに入れていたウォークマンから声が聞こえて、慌ててそれを手にとる。
「いつから聞いてたんだ?」
『ごめんなさい。最初から全部聞いてしまいました』
『先輩が来ないから、八尋さんにもお願いして連れ去りさんについて情報収集してたんですよ』
「あの人も連れ去りさんを追ってるのか…」
桜良や陽向にまで聞かれてしまうとは、まだまだ未熟だ。
こうなればふたりに関わるなと言っても無理だと言われてしまうだろう。
『連れ去りさんの正体は、三上さんという女性みたいです。
息子さんが交通事故で亡くなった後自ら命を絶ったと、記事には書かれていました』
「詳しいんだな、桜良は」
『たしかに桜良はすごいし、俺だけだったらきっと答えに辿り着けなかったけど…八尋さんがスクラップしてる記事の情報のおかげなんですよ』
「そうなのか…。というか、陽向はいつ連絡先を交換したんだ?」
『この前です』
相変わらずコミュニケーション能力が高い。
「ひな君たちの言うとおりなら、しばらく様子見ってこと?」
『そうなるかな…。異界への階段の噂改変に繋がるかもしれないから、強引に行くわけにはいかないだろ?』
「そっか…」
「こればっかりはどうしようもないな」
俯く私の手を瞬が握ってくれた。
「大丈夫だよ!今まで殺してないってことは、きっと穂乃ちゃんだって生きてる」
「…そうだな」
少なくとも、今はそう信じるしかない。
こういうときにどうすればいいのか、私は知らなかった。
…そうか、こういうのを支えられるっていうんだな。
「ありがとう」
『私たちは何も』
「それより、今日は授業行かないんでしょ?花札しない?猫さんも一緒に」
《またやるの?…まあ、別にいいけど》
作戦はもう少し落ち着いてから考えるとして、今は先のことを見たくない。
「分かった。監査部に何も報告がきてなかったら早速やろう」
みんなが気を紛らわしてくれて感謝しかない。
監査室の扉を開くと、少しだけ書類が溜まっていた。
誰も来ない旧校舎の階段の前で立ち尽くすことしかできない。
《ちょっと、大丈夫?》
「…私のせいだ」
「詩乃ちゃん?」
「攻撃されることは分かっていた。もっと気をつけなきゃって思ってたのに」
強すぎるお守りはいいものさえ遠ざけてしまう…そう考えて作った結果、さじ加減を間違えたのかもしれない。
《あんた、また独りでなんとかしようとしてるでしょ》
「みんなを巻きこめないよ」
《…馬鹿じゃないの?》
「え、猫さん!?」
黒猫から発された言葉は怒りに満ちていて、その直後頬にふにふにした感触があった。
着地した黒猫は、息をひとつ吐いて話を続ける。
《あんたはあの人の話を聞いて、他の人間たちみたいにあしらわなかった。
よくあることで片づける人間たちとは違うからこそ、あんたの周りにこれだけ人が集まるの。…もっと周りを頼りなさい》
「…頼る?」
「そうだよ。僕だって詩乃ちゃんがいなかったら、今みたいに先生とちゃんと話せないまま消えちゃってた。
自分で気づいてないだけで、いつも独りで抱えこんで頑張りすぎなんだよ」
頼る、抱えこむ…そんなこと、考えたこともなかった。
他の人たちから見た私はそんな感じなのか。
誰にも迷惑をかけないように常に笑っていなければ、心配させないように大丈夫だと答えなければ…ずっとそう思って生きてきた。
…今目の前にある現実は、話していいことなのだろうか。
「今度は詩乃ちゃんの困りごとを教えてよ。僕たちは察するってできないから、ちゃんと話してくれないと分からない」
瞬のその言葉に背中を押され、深呼吸をしてから話した。
ここ数日、妹に何かが取り憑いていたこと。
それが恐らく連れ去りさんであったこと。
霊力をこめたお守りで護りきるつもりだったこと。
少なくとも昨日の夜までは無事だったこと。
……そして、絶望するような電話がかかってきたこと。
《何よそれ、じゃあ妹は今どこにいるのかも分からないってこと?》
「…そうなるな。噂どおりならここに戻ってくるはずだけど、今はまだ通れる時間じゃない。
それに、多分あの怨霊は『見つけた、私の子』って言ってた」
『それが小学校で噂が流行っていた理由じゃないでしょうか』
胸ポケットに入れていたウォークマンから声が聞こえて、慌ててそれを手にとる。
「いつから聞いてたんだ?」
『ごめんなさい。最初から全部聞いてしまいました』
『先輩が来ないから、八尋さんにもお願いして連れ去りさんについて情報収集してたんですよ』
「あの人も連れ去りさんを追ってるのか…」
桜良や陽向にまで聞かれてしまうとは、まだまだ未熟だ。
こうなればふたりに関わるなと言っても無理だと言われてしまうだろう。
『連れ去りさんの正体は、三上さんという女性みたいです。
息子さんが交通事故で亡くなった後自ら命を絶ったと、記事には書かれていました』
「詳しいんだな、桜良は」
『たしかに桜良はすごいし、俺だけだったらきっと答えに辿り着けなかったけど…八尋さんがスクラップしてる記事の情報のおかげなんですよ』
「そうなのか…。というか、陽向はいつ連絡先を交換したんだ?」
『この前です』
相変わらずコミュニケーション能力が高い。
「ひな君たちの言うとおりなら、しばらく様子見ってこと?」
『そうなるかな…。異界への階段の噂改変に繋がるかもしれないから、強引に行くわけにはいかないだろ?』
「そっか…」
「こればっかりはどうしようもないな」
俯く私の手を瞬が握ってくれた。
「大丈夫だよ!今まで殺してないってことは、きっと穂乃ちゃんだって生きてる」
「…そうだな」
少なくとも、今はそう信じるしかない。
こういうときにどうすればいいのか、私は知らなかった。
…そうか、こういうのを支えられるっていうんだな。
「ありがとう」
『私たちは何も』
「それより、今日は授業行かないんでしょ?花札しない?猫さんも一緒に」
《またやるの?…まあ、別にいいけど》
作戦はもう少し落ち着いてから考えるとして、今は先のことを見たくない。
「分かった。監査部に何も報告がきてなかったら早速やろう」
みんなが気を紛らわしてくれて感謝しかない。
監査室の扉を開くと、少しだけ書類が溜まっていた。
1
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる