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第11章『夜紅の昔話-異界への階段・弐-』
第76話
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「穂乃、お弁当のおかず…というか、学校行けそうか?」
「うん。…美和ちゃんがいるし、学校には行くつもり。色々ありがとう、お姉ちゃん」
こんなに朝早くから起きているということは、ほとんど眠れていないんだろう。
「無理してないか?」
「してないよ。…お弁当のおかずはふわふわの卵焼きがいいな」
「分かった、今から作るよ」
独りにしておきたくなかったが、相手の正体を探るにはあの方法を試すしかない。
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「気をつけてね」
不安げに揺れる瞳を見つめ、いつもより弱い力で頭を撫でる。
「穂乃も気をつけろ。何かあったらすぐ連絡がとれるようにしておくから」
「うん。…いってらっしゃい」
穂乃はいつだって私を送り出してくれる。
本当は不安に思っているだろうに、いつもより力ないものの笑顔を崩さず手をふってくれた。
この件が早く片づいたら、少し時間を作れるかもしれない。
…そうなれば、穂乃はちゃんと教えてくれるだろうか。
「先輩、みっけ!」
「なんでここにいるんだ」
「先輩ならきっとあのパーカー野郎に話を聞きに行くんだろうなって思ってたんで、待ってました」
早朝4時、室星先生がいないなか本来であれば生徒が出歩いていい時間じゃない。
ただ、拐われた人間たちが異界への階段へいるなら探しに行くべきだ。
「手順、変わってないんだよな?」
「はい。けど、そんなに急がなくても、」
「穂乃を安心させてやりたい。目の前で友だちが消えるって、相当精神的ダメージを負ったはずだ。それに、必ず助け出すって約束したからな」
陽向は肩をすくめて異界への道を進みはじめた。
「まったく、先輩は頑固ですね…。とか言いつつ、最後までつきあうんですけど」
「ありがとう」
以前とは少し違った空間に辿り着いたものの、問題はなかったらしい。
目の前に現れたパーカー少年は、眠そうな声で私たちにゆっくり近づいてきた。
《お姉さんたち、また来たの?お願い事?》
「教えてほしいことがあるんだ」
「最近この場所に出入りしてる奴の中で、連れ去りさんって怪異はいない?ここに連れ去られた人間が来てるって話を聞いたんだけど…」
《最近出入りしてる奴か…。いたにはいたけど、昨日は帰ってきてないよ》
「それは、こういう奴だったか?」
穂乃に描いてもらった似顔絵を見せると、パーカー少年はゆっくり頷く。
《お姉さん、絵が上手なんだね》
「描いたのは私じゃないよ。…人が消える瞬間を目撃した子がいたんだ」
《つまり、その子は自分だけ助かったんだね》
「おい、おまえ…」
パーカー少年の胸倉を掴もうとした陽向の腕を押さえ、なんとか取っ組み合いにならずにすんだ。
「そうだ。私の力不足でひとりしか助けられなかった」
「先輩…」
パーカー少年はくすくす笑って、ひとつの扉を指さす。
《悪いけど、これからちょっと用事があるんだ。…お姉さん、ちょっとこっちに来て》
言われるがまま近づくと、耳元ではっきり聞きたくない言葉が紡がれた。
《周りの人と自分自身を大切にね。…じゃないと、どっちもなくすことになるから》
「え?」
《またね、夜紅》
相変わらず少年の顔は見えないままだったが、決して穏やかな表情ではなかっただろう。
気づいたときには元の階段の前に立っていて、陽向が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「変なことされませんでしたか?」
「大丈夫だよ。ちょっと忠告されただけだ」
あの子は私が夜紅だといつ知ったんだろう。
ただ、手がかりになりそうなことはほとんどなかった。
「さっきはすみませんでした。俺、あいつを前にしたら色々考えちゃって…安い挑発に乗るなんて、らしくなかったですよね」
「いや。複雑な気持ちになるのは分かる」
桜良との一件を知れば、様々な感情が渦巻くのも当然だ。
特に陽向は当事者なのだから、私より心に余裕がなくなるのは分かる。
放送室に向かおうとしていたところ、ポケットからバイブ音が小さく響く。
「ごめん。先に行っててくれ」
「分かりました」
陽向が歩きだす背中を見送り、相手を確認してからすぐ通話マークをタップした。
「穂乃、どうし、」
『お姉ちゃん、助け──《ミツゲタ、ワタジノゴ》』
「穂乃!」
その直後、すぐに通話が切れてしまった。
あの黒い怨霊が、ついに穂乃に手を出したのかもしれない。
「どうして…」
私の力では足りなかったのか。
また大切な人を失うことになるかもしれない。
札を用意しようとしたが、またあのときのことを思い出して手が止まる。
【詩乃、憎しみだけで動いては駄目。あなたは色々なことができるけど──】
……あのとき私は、何を言われたんだろう。
「うん。…美和ちゃんがいるし、学校には行くつもり。色々ありがとう、お姉ちゃん」
こんなに朝早くから起きているということは、ほとんど眠れていないんだろう。
「無理してないか?」
「してないよ。…お弁当のおかずはふわふわの卵焼きがいいな」
「分かった、今から作るよ」
独りにしておきたくなかったが、相手の正体を探るにはあの方法を試すしかない。
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「気をつけてね」
不安げに揺れる瞳を見つめ、いつもより弱い力で頭を撫でる。
「穂乃も気をつけろ。何かあったらすぐ連絡がとれるようにしておくから」
「うん。…いってらっしゃい」
穂乃はいつだって私を送り出してくれる。
本当は不安に思っているだろうに、いつもより力ないものの笑顔を崩さず手をふってくれた。
この件が早く片づいたら、少し時間を作れるかもしれない。
…そうなれば、穂乃はちゃんと教えてくれるだろうか。
「先輩、みっけ!」
「なんでここにいるんだ」
「先輩ならきっとあのパーカー野郎に話を聞きに行くんだろうなって思ってたんで、待ってました」
早朝4時、室星先生がいないなか本来であれば生徒が出歩いていい時間じゃない。
ただ、拐われた人間たちが異界への階段へいるなら探しに行くべきだ。
「手順、変わってないんだよな?」
「はい。けど、そんなに急がなくても、」
「穂乃を安心させてやりたい。目の前で友だちが消えるって、相当精神的ダメージを負ったはずだ。それに、必ず助け出すって約束したからな」
陽向は肩をすくめて異界への道を進みはじめた。
「まったく、先輩は頑固ですね…。とか言いつつ、最後までつきあうんですけど」
「ありがとう」
以前とは少し違った空間に辿り着いたものの、問題はなかったらしい。
目の前に現れたパーカー少年は、眠そうな声で私たちにゆっくり近づいてきた。
《お姉さんたち、また来たの?お願い事?》
「教えてほしいことがあるんだ」
「最近この場所に出入りしてる奴の中で、連れ去りさんって怪異はいない?ここに連れ去られた人間が来てるって話を聞いたんだけど…」
《最近出入りしてる奴か…。いたにはいたけど、昨日は帰ってきてないよ》
「それは、こういう奴だったか?」
穂乃に描いてもらった似顔絵を見せると、パーカー少年はゆっくり頷く。
《お姉さん、絵が上手なんだね》
「描いたのは私じゃないよ。…人が消える瞬間を目撃した子がいたんだ」
《つまり、その子は自分だけ助かったんだね》
「おい、おまえ…」
パーカー少年の胸倉を掴もうとした陽向の腕を押さえ、なんとか取っ組み合いにならずにすんだ。
「そうだ。私の力不足でひとりしか助けられなかった」
「先輩…」
パーカー少年はくすくす笑って、ひとつの扉を指さす。
《悪いけど、これからちょっと用事があるんだ。…お姉さん、ちょっとこっちに来て》
言われるがまま近づくと、耳元ではっきり聞きたくない言葉が紡がれた。
《周りの人と自分自身を大切にね。…じゃないと、どっちもなくすことになるから》
「え?」
《またね、夜紅》
相変わらず少年の顔は見えないままだったが、決して穏やかな表情ではなかっただろう。
気づいたときには元の階段の前に立っていて、陽向が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「変なことされませんでしたか?」
「大丈夫だよ。ちょっと忠告されただけだ」
あの子は私が夜紅だといつ知ったんだろう。
ただ、手がかりになりそうなことはほとんどなかった。
「さっきはすみませんでした。俺、あいつを前にしたら色々考えちゃって…安い挑発に乗るなんて、らしくなかったですよね」
「いや。複雑な気持ちになるのは分かる」
桜良との一件を知れば、様々な感情が渦巻くのも当然だ。
特に陽向は当事者なのだから、私より心に余裕がなくなるのは分かる。
放送室に向かおうとしていたところ、ポケットからバイブ音が小さく響く。
「ごめん。先に行っててくれ」
「分かりました」
陽向が歩きだす背中を見送り、相手を確認してからすぐ通話マークをタップした。
「穂乃、どうし、」
『お姉ちゃん、助け──《ミツゲタ、ワタジノゴ》』
「穂乃!」
その直後、すぐに通話が切れてしまった。
あの黒い怨霊が、ついに穂乃に手を出したのかもしれない。
「どうして…」
私の力では足りなかったのか。
また大切な人を失うことになるかもしれない。
札を用意しようとしたが、またあのときのことを思い出して手が止まる。
【詩乃、憎しみだけで動いては駄目。あなたは色々なことができるけど──】
……あのとき私は、何を言われたんだろう。
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