91 / 302
第11章『夜紅の昔話-異界への階段・弐-』
第76話
しおりを挟む
「穂乃、お弁当のおかず…というか、学校行けそうか?」
「うん。…美和ちゃんがいるし、学校には行くつもり。色々ありがとう、お姉ちゃん」
こんなに朝早くから起きているということは、ほとんど眠れていないんだろう。
「無理してないか?」
「してないよ。…お弁当のおかずはふわふわの卵焼きがいいな」
「分かった、今から作るよ」
独りにしておきたくなかったが、相手の正体を探るにはあの方法を試すしかない。
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「気をつけてね」
不安げに揺れる瞳を見つめ、いつもより弱い力で頭を撫でる。
「穂乃も気をつけろ。何かあったらすぐ連絡がとれるようにしておくから」
「うん。…いってらっしゃい」
穂乃はいつだって私を送り出してくれる。
本当は不安に思っているだろうに、いつもより力ないものの笑顔を崩さず手をふってくれた。
この件が早く片づいたら、少し時間を作れるかもしれない。
…そうなれば、穂乃はちゃんと教えてくれるだろうか。
「先輩、みっけ!」
「なんでここにいるんだ」
「先輩ならきっとあのパーカー野郎に話を聞きに行くんだろうなって思ってたんで、待ってました」
早朝4時、室星先生がいないなか本来であれば生徒が出歩いていい時間じゃない。
ただ、拐われた人間たちが異界への階段へいるなら探しに行くべきだ。
「手順、変わってないんだよな?」
「はい。けど、そんなに急がなくても、」
「穂乃を安心させてやりたい。目の前で友だちが消えるって、相当精神的ダメージを負ったはずだ。それに、必ず助け出すって約束したからな」
陽向は肩をすくめて異界への道を進みはじめた。
「まったく、先輩は頑固ですね…。とか言いつつ、最後までつきあうんですけど」
「ありがとう」
以前とは少し違った空間に辿り着いたものの、問題はなかったらしい。
目の前に現れたパーカー少年は、眠そうな声で私たちにゆっくり近づいてきた。
《お姉さんたち、また来たの?お願い事?》
「教えてほしいことがあるんだ」
「最近この場所に出入りしてる奴の中で、連れ去りさんって怪異はいない?ここに連れ去られた人間が来てるって話を聞いたんだけど…」
《最近出入りしてる奴か…。いたにはいたけど、昨日は帰ってきてないよ》
「それは、こういう奴だったか?」
穂乃に描いてもらった似顔絵を見せると、パーカー少年はゆっくり頷く。
《お姉さん、絵が上手なんだね》
「描いたのは私じゃないよ。…人が消える瞬間を目撃した子がいたんだ」
《つまり、その子は自分だけ助かったんだね》
「おい、おまえ…」
パーカー少年の胸倉を掴もうとした陽向の腕を押さえ、なんとか取っ組み合いにならずにすんだ。
「そうだ。私の力不足でひとりしか助けられなかった」
「先輩…」
パーカー少年はくすくす笑って、ひとつの扉を指さす。
《悪いけど、これからちょっと用事があるんだ。…お姉さん、ちょっとこっちに来て》
言われるがまま近づくと、耳元ではっきり聞きたくない言葉が紡がれた。
《周りの人と自分自身を大切にね。…じゃないと、どっちもなくすことになるから》
「え?」
《またね、夜紅》
相変わらず少年の顔は見えないままだったが、決して穏やかな表情ではなかっただろう。
気づいたときには元の階段の前に立っていて、陽向が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「変なことされませんでしたか?」
「大丈夫だよ。ちょっと忠告されただけだ」
あの子は私が夜紅だといつ知ったんだろう。
ただ、手がかりになりそうなことはほとんどなかった。
「さっきはすみませんでした。俺、あいつを前にしたら色々考えちゃって…安い挑発に乗るなんて、らしくなかったですよね」
「いや。複雑な気持ちになるのは分かる」
桜良との一件を知れば、様々な感情が渦巻くのも当然だ。
特に陽向は当事者なのだから、私より心に余裕がなくなるのは分かる。
放送室に向かおうとしていたところ、ポケットからバイブ音が小さく響く。
「ごめん。先に行っててくれ」
「分かりました」
陽向が歩きだす背中を見送り、相手を確認してからすぐ通話マークをタップした。
「穂乃、どうし、」
『お姉ちゃん、助け──《ミツゲタ、ワタジノゴ》』
「穂乃!」
その直後、すぐに通話が切れてしまった。
あの黒い怨霊が、ついに穂乃に手を出したのかもしれない。
「どうして…」
私の力では足りなかったのか。
また大切な人を失うことになるかもしれない。
札を用意しようとしたが、またあのときのことを思い出して手が止まる。
【詩乃、憎しみだけで動いては駄目。あなたは色々なことができるけど──】
……あのとき私は、何を言われたんだろう。
「うん。…美和ちゃんがいるし、学校には行くつもり。色々ありがとう、お姉ちゃん」
こんなに朝早くから起きているということは、ほとんど眠れていないんだろう。
「無理してないか?」
「してないよ。…お弁当のおかずはふわふわの卵焼きがいいな」
「分かった、今から作るよ」
独りにしておきたくなかったが、相手の正体を探るにはあの方法を試すしかない。
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「気をつけてね」
不安げに揺れる瞳を見つめ、いつもより弱い力で頭を撫でる。
「穂乃も気をつけろ。何かあったらすぐ連絡がとれるようにしておくから」
「うん。…いってらっしゃい」
穂乃はいつだって私を送り出してくれる。
本当は不安に思っているだろうに、いつもより力ないものの笑顔を崩さず手をふってくれた。
この件が早く片づいたら、少し時間を作れるかもしれない。
…そうなれば、穂乃はちゃんと教えてくれるだろうか。
「先輩、みっけ!」
「なんでここにいるんだ」
「先輩ならきっとあのパーカー野郎に話を聞きに行くんだろうなって思ってたんで、待ってました」
早朝4時、室星先生がいないなか本来であれば生徒が出歩いていい時間じゃない。
ただ、拐われた人間たちが異界への階段へいるなら探しに行くべきだ。
「手順、変わってないんだよな?」
「はい。けど、そんなに急がなくても、」
「穂乃を安心させてやりたい。目の前で友だちが消えるって、相当精神的ダメージを負ったはずだ。それに、必ず助け出すって約束したからな」
陽向は肩をすくめて異界への道を進みはじめた。
「まったく、先輩は頑固ですね…。とか言いつつ、最後までつきあうんですけど」
「ありがとう」
以前とは少し違った空間に辿り着いたものの、問題はなかったらしい。
目の前に現れたパーカー少年は、眠そうな声で私たちにゆっくり近づいてきた。
《お姉さんたち、また来たの?お願い事?》
「教えてほしいことがあるんだ」
「最近この場所に出入りしてる奴の中で、連れ去りさんって怪異はいない?ここに連れ去られた人間が来てるって話を聞いたんだけど…」
《最近出入りしてる奴か…。いたにはいたけど、昨日は帰ってきてないよ》
「それは、こういう奴だったか?」
穂乃に描いてもらった似顔絵を見せると、パーカー少年はゆっくり頷く。
《お姉さん、絵が上手なんだね》
「描いたのは私じゃないよ。…人が消える瞬間を目撃した子がいたんだ」
《つまり、その子は自分だけ助かったんだね》
「おい、おまえ…」
パーカー少年の胸倉を掴もうとした陽向の腕を押さえ、なんとか取っ組み合いにならずにすんだ。
「そうだ。私の力不足でひとりしか助けられなかった」
「先輩…」
パーカー少年はくすくす笑って、ひとつの扉を指さす。
《悪いけど、これからちょっと用事があるんだ。…お姉さん、ちょっとこっちに来て》
言われるがまま近づくと、耳元ではっきり聞きたくない言葉が紡がれた。
《周りの人と自分自身を大切にね。…じゃないと、どっちもなくすことになるから》
「え?」
《またね、夜紅》
相変わらず少年の顔は見えないままだったが、決して穏やかな表情ではなかっただろう。
気づいたときには元の階段の前に立っていて、陽向が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「変なことされませんでしたか?」
「大丈夫だよ。ちょっと忠告されただけだ」
あの子は私が夜紅だといつ知ったんだろう。
ただ、手がかりになりそうなことはほとんどなかった。
「さっきはすみませんでした。俺、あいつを前にしたら色々考えちゃって…安い挑発に乗るなんて、らしくなかったですよね」
「いや。複雑な気持ちになるのは分かる」
桜良との一件を知れば、様々な感情が渦巻くのも当然だ。
特に陽向は当事者なのだから、私より心に余裕がなくなるのは分かる。
放送室に向かおうとしていたところ、ポケットからバイブ音が小さく響く。
「ごめん。先に行っててくれ」
「分かりました」
陽向が歩きだす背中を見送り、相手を確認してからすぐ通話マークをタップした。
「穂乃、どうし、」
『お姉ちゃん、助け──《ミツゲタ、ワタジノゴ》』
「穂乃!」
その直後、すぐに通話が切れてしまった。
あの黒い怨霊が、ついに穂乃に手を出したのかもしれない。
「どうして…」
私の力では足りなかったのか。
また大切な人を失うことになるかもしれない。
札を用意しようとしたが、またあのときのことを思い出して手が止まる。
【詩乃、憎しみだけで動いては駄目。あなたは色々なことができるけど──】
……あのとき私は、何を言われたんだろう。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたからの愛は望みません ~お願いしたのは契約結婚のはずでした~
Rohdea
恋愛
──この結婚は私からお願いした期間限定の契約結婚だったはずなのに!!
ある日、伯爵令嬢のユイフェは1年だけの契約結婚を持ちかける。
その相手は、常に多くの令嬢から狙われ続けていた公爵令息ジョシュア。
「私と1年だけ結婚して? 愛は要らないから!」
「──は?」
この申し出はとある理由があっての事。
だから、私はあなたからの愛は要らないし、望まない。
だけど、どうしても1年だけ彼に肩書きだけでも自分の夫となって欲しかった。
(冷遇してくれても構わないわ!)
しかし、そんなユイフェを待っていた結婚生活は……まさかの甘々!?
これは演技? 本気? どっちなの!?
ジョシュアに翻弄される事になるユイフェ……
ユイフェの目的とは?
ジョシュアの思惑とは?
そして、そんなすっかり誰も入り込めないラブラブ夫婦(?)
な結婚生活を送っていた二人の前に邪魔者が───
パドックで会いましょう
櫻井音衣
ライト文芸
競馬場で出会った
僕と、ねえさんと、おじさん。
どこに住み、何の仕事をしているのか、
歳も、名前さえも知らない。
日曜日
僕はねえさんに会うために
競馬場に足を運ぶ。
今日もあなたが
笑ってそこにいてくれますように。
人ならざるもの、花の蜜の薫るが如し
リビー
BL
薪がはぜる囲炉裏ばたには、曽祖母が語る物語りがあった。今宵も私は曽祖母の膝を枕に、か細い声が紡ぐ物語りに耳を傾ける…
あの晩、曽祖母がひそやかに語った話は夢か、うつつか、幻か。
人ならざるものに心を射貫かれた、曽祖母の兄・弥清(やせい)が織りなす、狂おしいほどの恋慕の物語り
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
夢の国警備員~殺気が駄々洩れだけどやっぱりメルヘンがお似合い~
鏡野ゆう
ライト文芸
日本のどこかにあるテーマパークの警備スタッフを中心とした日常。
イメージ的には、あそことあそことあそことあそこを足して、4で割らない感じの何でもありなテーマパークです(笑)
※第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます♪※
カクヨムでも公開中です。

命の針が止まるまで
乃木 京介
ライト文芸
家庭環境により声を失っていた高校二年生の文月コウタ。ある日、クラスの中心人物である花咲ユウに、“文化祭で弾き語りをしたいから練習を側で聞いていてほしい“と頼まれる。なぜ声が出ない自分を誘うのかとコウタは疑問に思いながらも、天真爛漫なユウの性格に惹かれていく。
文化祭準備期間を通じて二人は距離を縮めていくも、次第にユウが自分と同じ深い悩みを抱えていることにコウタは気付く。何か力になれることはないかと探っているうちにコウタは自分の声を取り戻し、ユウの弾き語りが最高の瞬間となるように協力したことで、ユウの悩みは解決できたと話を結んだ。
しかし文化祭後の休み明けにユウが突然転校してしまう。残された手紙にはこれまでの感謝の気持ちと三年後に再会しようと約束が結ばれていた。三年後、コウタはユウと再会する。そこには声を失っていた別人のようなユウがいて……。
他人の理想と期待を演じ続けた二人が、本当の自分を探して強く生きた物語――。
鎌倉讃歌
星空
ライト文芸
彼の遺した形見のバイクで、鎌倉へツーリングに出かけた夏月(なつき)。
彼のことを吹っ切るつもりが、ふたりの軌跡をたどれば思い出に翻弄されるばかり。海岸に佇む夏月に、バイクに興味を示した結人(ゆいと)が声をかける。
揺れる波紋
しらかわからし
ライト文芸
この小説は、高坂翔太が主人公で彼はバブル崩壊直後の1991年にレストランを開業し、20年の努力の末、ついに成功を手に入れます。しかし、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、経済環境が一変し、レストランの業績が悪化。2014年、創業から23年の55歳で法人解散を決断します。
店内がかつての賑わいを失い、従業員を一人ずつ減らす中、翔太は自身の夢と情熱が色褪せていくのを感じます。経営者としての苦悩が続き、最終的には建物と土地を手放す決断を下すまで追い込まれます。
さらに、同居の妻の母親の認知症での介護が重なり、心身共に限界に達した時、近所の若い弁護士夫婦との出会いが、レストランの終焉を迎えるきっかけとなります。翔太は自分の決断が正しかったのか悩みながらも、恩人であるホテルの社長の言葉に救われ、心の重荷が少しずつ軽くなります。
本作は、主人公の長年の夢と努力が崩壊する中でも、新たな道を模索し、問題山積な中を少しずつ幸福への道を歩んでいきたいという願望を元にほぼ自分史の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる