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第11章『夜紅の昔話-異界への階段・弐-』
第74話
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「おはよう。話があるって聞いたから来た」
《あら、早かったのね》
黒猫に話しかけると、あっという間に人型になった。
「場所を変えましょ」
「分かった」
そうして移動した先は、恋愛電話が置かれた部屋だった。
「ここ、私の部屋なの」
「そうだったのか…。けど、部屋って許可がないと入れないんじゃないのか?」
「この空間にはもうひとつ部屋がある。ここには強い想いさえあれば入れるけど、奥はきっと無理ね。特殊形態とでもいうべきかしら」
いくつも部屋がある場合、大切なものは自分しか知らない場所に…多分私も同じようなことをするだろう。
「授業までまだ時間あるし、もし相談事なら、」
「妹、もっとよく見ておいた方がいいわ」
突然穂乃についてふられ、どんな反応をすればいいのか分からなくなる。
「あの子、思っていることを押し殺すタイプでしょ?」
「うん」
「だったら、今だってきっと独りでどうにかしようとしていることがあるはずよ。あんたと違う部分も多いけど、人に迷惑をかけたくないって独りで頑張りすぎるところは無駄に似てるわ。
…そうやって頑張り続けて、追いつめられたときにはもう遅いの」
どんな綺麗事より刺さる一言だった。
大切な人が自ら命を絶つ瞬間を見た結月だからこそ、精神的ダメージを受けたときの深刻さが分かるのだろう。
「昨日の夜、ちょっと様子がおかしかったんだ。…何か悩み事があるのかな」
「それは本人に直接訊きなさい。又聞きされるのは気分がいいものじゃないわ」
「そうだな。ありがとう結月」
黒猫形態に戻った結月についていくと始業のチャイムが鳴り響いていて、なんとか教室にすべりこんだ。
「模試の結果を配ります。順番に名前を呼ぶから取りにくるように」
いつもより少し点数が落ちていたが、そんなに悪くないであろう結果に不満はない。
鞄にしまっていると近くの席から聞こえてきた会話に耳を疑った。
「ねえ、連れ去りさんって知ってる?」
「知ってる!弟の友だち、連れ去りさんに拐われて帰ってこなくなっちゃったんだって」
「それって大丈夫なの?」
「分からない。クラスでも連れ去りさんが出たんだって騒ぎになってるんだって」
「え…私たちも気をつけようね」
小学校そのものに何かが棲みついてしまったのか、子どもだから狙いやすかったのか…どのみち、早く決着をつけなければならない問題だ。
誰もこの問題を認知できなくなったら終わる。
「へえ、じゃあやっぱり先輩のクラスでも噂が流行っちゃってるんですね」
「ということはそっちもか」
昼休み、放送室に集まって情報交換をする。
今日は出張で先生がいないので、詳しいことまで調べられそうにない。
「先輩、絶対早く帰ってくださいね」
「そうだな。…ありがとう」
陽向も穂乃を心配してくれているのだろう。
「詩乃先輩、原稿が完成したら見てもらえませんか?」
「私でよければ是非」
桜良はいつものように真面目な顔をして書いているが、いまひとつ思いつかないのか紙の山ができはじめていた。
「あまり思いつめないように。何かあれば私がなんとかするから」
「…ありがとうございます」
一見いつもどおり落ち着いているが、何かを言いかけて口を閉じてしまう。
その後すぐ監査室に戻ったので、ちゃんと話を聞かないまま放課後を迎えてしまった。
「…ただいま」
誰もいない玄関に向かってただ一言呟く。
もう穂乃が帰ってきていると思っていたのに、まだ靴がなかった。
小学校まで迎えに行こうか迷っていると、玄関が勢いよく開く。
「おかえり」
「た、ただいま」
妹の様子が明らかにおかしい。
何かに焦っているのか、ただ靴を脱ぐのに時間がかかっていた。
何か嫌なことがあったのか、それとも──
「あのね、お姉ちゃん」
「どうした?」
穂乃は真っ青な顔ではっきり告げた。
「紗和ちゃんが、いなくなっちゃったの」
《あら、早かったのね》
黒猫に話しかけると、あっという間に人型になった。
「場所を変えましょ」
「分かった」
そうして移動した先は、恋愛電話が置かれた部屋だった。
「ここ、私の部屋なの」
「そうだったのか…。けど、部屋って許可がないと入れないんじゃないのか?」
「この空間にはもうひとつ部屋がある。ここには強い想いさえあれば入れるけど、奥はきっと無理ね。特殊形態とでもいうべきかしら」
いくつも部屋がある場合、大切なものは自分しか知らない場所に…多分私も同じようなことをするだろう。
「授業までまだ時間あるし、もし相談事なら、」
「妹、もっとよく見ておいた方がいいわ」
突然穂乃についてふられ、どんな反応をすればいいのか分からなくなる。
「あの子、思っていることを押し殺すタイプでしょ?」
「うん」
「だったら、今だってきっと独りでどうにかしようとしていることがあるはずよ。あんたと違う部分も多いけど、人に迷惑をかけたくないって独りで頑張りすぎるところは無駄に似てるわ。
…そうやって頑張り続けて、追いつめられたときにはもう遅いの」
どんな綺麗事より刺さる一言だった。
大切な人が自ら命を絶つ瞬間を見た結月だからこそ、精神的ダメージを受けたときの深刻さが分かるのだろう。
「昨日の夜、ちょっと様子がおかしかったんだ。…何か悩み事があるのかな」
「それは本人に直接訊きなさい。又聞きされるのは気分がいいものじゃないわ」
「そうだな。ありがとう結月」
黒猫形態に戻った結月についていくと始業のチャイムが鳴り響いていて、なんとか教室にすべりこんだ。
「模試の結果を配ります。順番に名前を呼ぶから取りにくるように」
いつもより少し点数が落ちていたが、そんなに悪くないであろう結果に不満はない。
鞄にしまっていると近くの席から聞こえてきた会話に耳を疑った。
「ねえ、連れ去りさんって知ってる?」
「知ってる!弟の友だち、連れ去りさんに拐われて帰ってこなくなっちゃったんだって」
「それって大丈夫なの?」
「分からない。クラスでも連れ去りさんが出たんだって騒ぎになってるんだって」
「え…私たちも気をつけようね」
小学校そのものに何かが棲みついてしまったのか、子どもだから狙いやすかったのか…どのみち、早く決着をつけなければならない問題だ。
誰もこの問題を認知できなくなったら終わる。
「へえ、じゃあやっぱり先輩のクラスでも噂が流行っちゃってるんですね」
「ということはそっちもか」
昼休み、放送室に集まって情報交換をする。
今日は出張で先生がいないので、詳しいことまで調べられそうにない。
「先輩、絶対早く帰ってくださいね」
「そうだな。…ありがとう」
陽向も穂乃を心配してくれているのだろう。
「詩乃先輩、原稿が完成したら見てもらえませんか?」
「私でよければ是非」
桜良はいつものように真面目な顔をして書いているが、いまひとつ思いつかないのか紙の山ができはじめていた。
「あまり思いつめないように。何かあれば私がなんとかするから」
「…ありがとうございます」
一見いつもどおり落ち着いているが、何かを言いかけて口を閉じてしまう。
その後すぐ監査室に戻ったので、ちゃんと話を聞かないまま放課後を迎えてしまった。
「…ただいま」
誰もいない玄関に向かってただ一言呟く。
もう穂乃が帰ってきていると思っていたのに、まだ靴がなかった。
小学校まで迎えに行こうか迷っていると、玄関が勢いよく開く。
「おかえり」
「た、ただいま」
妹の様子が明らかにおかしい。
何かに焦っているのか、ただ靴を脱ぐのに時間がかかっていた。
何か嫌なことがあったのか、それとも──
「あのね、お姉ちゃん」
「どうした?」
穂乃は真っ青な顔ではっきり告げた。
「紗和ちゃんが、いなくなっちゃったの」
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