88 / 302
第11章『夜紅の昔話-異界への階段・弐-』
第73話
しおりを挟む
バイトを早く切り上げた私は、久しぶりに夕飯を作って相手の帰りを待っている。
玄関からぱたぱたと足音がして、明るい声が響いた。
「ただいま!」
「おかえり。美和紗和と楽しめたか?」
「うん!あのね、今日は海でシーグラスを拾って…」
ふたりが住んでいるのは海辺の家で、遊びに行かせてもらったときにはよくシーグラスを探しているらしい。
「楽しそうでよかった」
「…お姉ちゃん」
「どうした?」
「また怪我したの?」
「ああ…うん。少しだけ」
心配をかけまいと思っていたのに、いつも羽織っているパーカーの袖から包帯が見えてしまっていた。
「大丈夫、なんだよね…?」
「うん。心配しなくてもちゃんと穂乃の隣に帰るよ」
どう言葉にしたらいいのか分からなかったものの、穂乃は渋々といった様子で手を洗いに行った。
ご飯をよそってふたり一緒に食べる。
それからも楽しそうに話をしていたが、なんだか表情が曇っているような気がした。
「…いってきます」
早朝5時、家を出ようとすると1本の電話がかかってきた。
この相手のことはとにかく無視しようと決めている。
いつになったら私たちのことを放っておいてくれるのだろうか。
「……」
早く資料整理を終わらせないといけないのに、別のことばかり考えて全く手が進まない。
「先輩?大丈夫ですか?」
「ああ…ごめん。少し考え事をしていた」
陽向は資料を持ったままこちらを凝視している。
「なんか無理してる気がするんですよね…」
「気のせいだ」
「そんなこと言いながら、すごく我慢してるときありますよね?」
「本当に大丈夫だよ」
できるだけ弱みを見せたくないのに、どうして私の周りは鋭い人ばかりなんだろう。
『詩乃先輩、おはようございます』
「おはよう。今日は蓄音機からなんだな」
アンティークとして誰かが持ちこんだ蓄音機が勝手に反応して、そこから友人の声が聞こえている。
『初めてやってみたので、なんだか新鮮です』
「桜良、俺にもおはようって言って?」
『……馬鹿』
「ごめんって、そこまで不機嫌にならなくてもいいのに…」
ふたりの微笑ましい会話に割って入るのは避けたかったが、わざわざ蓄音機を使ってまで連絡をくれたことには意味があるのだろう。
「なにかトラブルか?」
『…連れ去りさんって、知っていますか?』
「いや、知らないな」
『結月から聞いたんですけど、小学校で流行っている話みたいです』
【連れ去りさんに気に入られた子は異界へ拐われてしまうらしい】…シンプルなものだからこそ、広まりきったときどうなるか読めない。
「連れ去られた後どうなるか分からない感じ?」
『今のところはそれだけ』
「…異界、か」
その単語で思い当たる場所なんてひとつしかない。
「またあの階段使わないといけないんですかね…」
「私も今そう考えてた」
嫌というわけではないが、あのフードの少年には全てを見透かされるような気がしている。
「次会ったらどんな話しようかな」
「…すごいな、陽向は」
『そのハイパーポジティブ思考だけは尊敬できる』
「ええ…」
桜良が集めてくれる情報や陽向の明るさにはいつも救われる。
『詩乃先輩』
「どうした?」
『後で結月が話したいって言っていました』
「分かった。いつもひなたぼっこしてるのは知ってるから、後で行ってみるよ」
桜良と陽向が何か話しているようだが、それどころではない。
小学生の間で広がっているなら穂乃の周りにも危険が迫っているはずだ。
「先輩?やっぱりちょっと休んだ方が…」
「穂乃に連絡しているんだ。もし何か知っているようなら気をつけてほしいって」
お守りを忘れないこと、何かあったらすぐ連絡すること…そして、今日は早く帰れそうだということ。
「今日の夜回りは休みにする」
「了解です!」
折角バイトも休みなのだ、あの男や噂のことも気になるが今は様子がおかしかった穂乃の隣にいたい。
まだ授業もはじまっていないのに、そんなことを考えていた。
玄関からぱたぱたと足音がして、明るい声が響いた。
「ただいま!」
「おかえり。美和紗和と楽しめたか?」
「うん!あのね、今日は海でシーグラスを拾って…」
ふたりが住んでいるのは海辺の家で、遊びに行かせてもらったときにはよくシーグラスを探しているらしい。
「楽しそうでよかった」
「…お姉ちゃん」
「どうした?」
「また怪我したの?」
「ああ…うん。少しだけ」
心配をかけまいと思っていたのに、いつも羽織っているパーカーの袖から包帯が見えてしまっていた。
「大丈夫、なんだよね…?」
「うん。心配しなくてもちゃんと穂乃の隣に帰るよ」
どう言葉にしたらいいのか分からなかったものの、穂乃は渋々といった様子で手を洗いに行った。
ご飯をよそってふたり一緒に食べる。
それからも楽しそうに話をしていたが、なんだか表情が曇っているような気がした。
「…いってきます」
早朝5時、家を出ようとすると1本の電話がかかってきた。
この相手のことはとにかく無視しようと決めている。
いつになったら私たちのことを放っておいてくれるのだろうか。
「……」
早く資料整理を終わらせないといけないのに、別のことばかり考えて全く手が進まない。
「先輩?大丈夫ですか?」
「ああ…ごめん。少し考え事をしていた」
陽向は資料を持ったままこちらを凝視している。
「なんか無理してる気がするんですよね…」
「気のせいだ」
「そんなこと言いながら、すごく我慢してるときありますよね?」
「本当に大丈夫だよ」
できるだけ弱みを見せたくないのに、どうして私の周りは鋭い人ばかりなんだろう。
『詩乃先輩、おはようございます』
「おはよう。今日は蓄音機からなんだな」
アンティークとして誰かが持ちこんだ蓄音機が勝手に反応して、そこから友人の声が聞こえている。
『初めてやってみたので、なんだか新鮮です』
「桜良、俺にもおはようって言って?」
『……馬鹿』
「ごめんって、そこまで不機嫌にならなくてもいいのに…」
ふたりの微笑ましい会話に割って入るのは避けたかったが、わざわざ蓄音機を使ってまで連絡をくれたことには意味があるのだろう。
「なにかトラブルか?」
『…連れ去りさんって、知っていますか?』
「いや、知らないな」
『結月から聞いたんですけど、小学校で流行っている話みたいです』
【連れ去りさんに気に入られた子は異界へ拐われてしまうらしい】…シンプルなものだからこそ、広まりきったときどうなるか読めない。
「連れ去られた後どうなるか分からない感じ?」
『今のところはそれだけ』
「…異界、か」
その単語で思い当たる場所なんてひとつしかない。
「またあの階段使わないといけないんですかね…」
「私も今そう考えてた」
嫌というわけではないが、あのフードの少年には全てを見透かされるような気がしている。
「次会ったらどんな話しようかな」
「…すごいな、陽向は」
『そのハイパーポジティブ思考だけは尊敬できる』
「ええ…」
桜良が集めてくれる情報や陽向の明るさにはいつも救われる。
『詩乃先輩』
「どうした?」
『後で結月が話したいって言っていました』
「分かった。いつもひなたぼっこしてるのは知ってるから、後で行ってみるよ」
桜良と陽向が何か話しているようだが、それどころではない。
小学生の間で広がっているなら穂乃の周りにも危険が迫っているはずだ。
「先輩?やっぱりちょっと休んだ方が…」
「穂乃に連絡しているんだ。もし何か知っているようなら気をつけてほしいって」
お守りを忘れないこと、何かあったらすぐ連絡すること…そして、今日は早く帰れそうだということ。
「今日の夜回りは休みにする」
「了解です!」
折角バイトも休みなのだ、あの男や噂のことも気になるが今は様子がおかしかった穂乃の隣にいたい。
まだ授業もはじまっていないのに、そんなことを考えていた。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

運命ならば、お断り~好きでもないのに番だなんて~
咲宮
恋愛
リシアス国の王女オルラは、母を亡くした日に婚約者が自分を捨てようとしている話を聞いてしまう。国内での立場が弱くなり、味方が一人もいなくなった彼女は生き延びるため亡命することにした。君が運命の人だと言って結婚した父も、婚約した婚約者も、裏切って母と自分を捨てた。それ以来、運命という言葉を信じなくなってしまう。「私は……情熱的な恋よりも、晴れた日に一緒にお茶ができるような平凡な恋がしたい」と望む。
亡命先に選んだのは、獣人と人間が共存する竜帝国。オルラはルネという新しい名前で第二の人生を開始させる。
しかし、竜族の皇太子ディオンに「運命の番だ」と言われてしまう。
「皇太子ディオン様の運命の番とは、誰もが羨む地位! これ以上ない光栄なことですよ」と付き人に言われるも「ごめんなさい。羨ましくも、光栄とも思えないんです。なのでお断りさせていただきますね」と笑顔で返すのだった。
〇毎日投稿を予定しております。
〇カクヨム様、小説家になろう様でも投稿しております。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
バベルの塔の上で
三石成
ホラー
一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。
友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。
その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる