夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第10章『連続失踪事件』

第72話

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「流山」
「えっと…先生?」
事前に打ち合わせをしていたんだと思っていたが、そういうわけではなかったらしい。
監査室にあるベッドでは硬すぎて休めないだろうからと、今度は先生が八尋さんを抱えて保健室へ向かっている。
陽向は放送室へ行ったので、瞬は隣を歩いていた私の後ろに隠れて先生の顔色をうかがっているようだった。
「なあ、瑠璃。八尋さんっていつもこうなのか?」
《はい。あてられやすいのか妖ものの相手をした後、しょっちゅう倒れます。
…八尋にはとてつもない力があるので、体が追いつかないのでしょう》
「そうか」
誰もいない保健室のベッドに寝かされた八尋さんは、ぐっすり眠っているようだった。
「先生、これらはどうしよう」
「そろそろ起きる。俺はちょっとこいつと話があるから」
「ありがとう先生」
瞬を連れて出ていく先生の姿を見送り、そのまま椅子に腰掛ける。
少し呻った後目が覚めた盗賊団たちの生き残りは、私や瞬を見るなり頭を下げた。
《ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした》
「私の方こそごめん。力不足で全員救えなかった」
私にもっと力があれば…或いは、あの人だったら他の方法を思いついたかもしれない。
「私が知っている話とだいぶ違う状況になっていたけど、何があったか教えてくれないか?」
《…俺たちは、いつもどおり依頼を受けるだけのつもりだった》


──優しい怪盗団の噺

昔々あるところに、ひと月以内で移動してしまう旅団がありました。
その正体は、怪盗団。
彼らが盗み出すものは、元の持ち主から盗み出されてしまったもの。
誰でも手に入れられるお菓子から一生ものの宝石まで、ありとあらゆるものを取り返します。
彼らは依頼を受けて、早ければその日のうちに仕事を終わらせる善意の妖。
お代はほとんど受け取らず、物を大切にするよう話して次の依頼先へ旅をするのです。


「たしか、伝書鳩や木の葉に依頼内容を書いて海に流せば届くんだったよな?」
《そのとおりです。この町では、祠から持ち出された鏡を探してほしいと依頼を受けました》
《鏡は見つかったから、すぐこの町を離れる予定だった。けど、仲間のうち数人が体調を崩した》
それがこの町に留まった理由だったのか。
勝手に広められた噂によって変化していたのかもしれない。
「噂を元に戻す。そうしたらすぐこの町を離れろ。噂が改変されたり効力を発揮するのが強い町なんだ」
《ありがとう》
「…桜良、申し訳ないんだけど、」
『大丈夫です。これからはじめます』
放送が流れはじめた直後、彼らの体が透けはじめる。
恐らくもう移動する準備が整ったんだろう。
《何から何まで申し訳ありませんでした。盗んだ人間たちは、明日の朝には戻るはずです》
「最後にひとつ教えてほしい。…白いフードを被った人間に会わなかったか?赤い眼鏡の、黒い本を持った奴」
《そういえば、体調を崩した仲間がそんなことを言っていたような…》
《そうだ、たしか喰えば力がどうのと囁かれたと話していた》
やはりあの男が動いている。その事実が分かっただけで充分だ。
「ありがとう。助かったよ」
彼らが消えていった直後、八尋さんが私を驚いた様子で見ている。
「君もあの男のことを知ってるの?」
「ということは、そっちもか」
八尋さんは少し考えるそぶりを見せていたが、迷いが晴れた目をして話しはじめた。
「俺の友人に、なんでも切れる鋏を持った子がいるんだ。その子がくれた鋏で、あの男の視る力を斬った」
「それならどうして…」
《それが、どうやら聴こえる能力が削ぎきれていなかったようなのです。
残った力を使って噂を流しまわっているようですが、以前より凶暴化するケースが増えています》
「そうだったのか…」
あの男の存在に気づいている人間が、私以外にいるとは思わなかった。
体を起こして前髪を整えようとする八尋さんに、言ってしまっていいのか分からなかった言葉をぶつけてみる。
「情報提供してくれて助かった。…その左眼、私は綺麗だと思う」
「ありがとう」
そんな話をしていると、勢いよく保健室の扉が開かれる。
「八尋さん、すごかったですね!」
「そういえば、どうして君は、その…」
「あ、俺死ねないんです。ある条件を満たすまで、絶対死ねないんですよ」
「不死身、みたいなものなのか…」
ふたりが話しているのを邪魔したくなくて、音をたてずに保健室を抜け出す。
月が雲に覆われ、廊下が真っ暗になっていた。
あの男について、わら半紙のノートについて…考えれば考えるほどもやもやしてしまう。
俯いた直後、肩に重みを感じて札を手に取る。
《あの男を相手にするなら気をつけてください。八尋への恨みが相当強いはずですから》
「あの男は巨大な槍を操る。気をつけてほしい」
瑠璃は色違いの翼を広げ、どこかへ飛んでいってしまった。
【詩乃、憎しみだけで動いては駄目。あなたは色々なことができるけど、──】
あの人に言われた言葉を思い出そうとしたのに、どうしても続きが出てこない。
一旦監査室で穂乃のところへ帰る支度を終わらせ、放送室を尋ねた。
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