夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第10章『連続失踪事件』

第67話

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「すみません、もう腕が結構限界で…」
「気づかなくてごめん。穂乃を支えてくれたり、一夜草を運んでもらったり…無理させた」
「いやいや、先輩が謝ることじゃないですよ」
放送室にお邪魔させてもらった私は、桜良からも話を聞かせてもらうことにした。
「…あの人、人間だったんですね」
「うん。それは間違いないと思う」
「協力してもらえますかね…」
たしかにあの場で翡翠八尋は一言も発さなかった。
もしかすると、それが彼なりの答えなのかもしれない。
「自分が口を挟んでいいのか分からないって思われたんじゃないか?」
「ああ、有り得そう…。なんていうか、人と話すのがあんまり得意じゃなさそうでしたよね」
「私も人並みにコミュニケーションがとれるなりたいって思うよ。陽向はそういうのが得意そうだけどな」
流れている噂と一夜草を狙っていた妖たちが話していた内容、新しい事件…整理するのに少し時間がかかってしまった。
メモをとっていると、桜良が遠慮がちに弱々しい力で肩をたたいてくる。
「どうした?」
「…まどろみさんの噂、というものが流れているみたいなんです。
相手を目にすると眠いのを無理矢理起きているような感覚に陥り、気づいたときにはあの世に辿り着いているらしい…という内容でした」
「え、そんなのも流行ってるの!?」
「今は少し流れている程度だし、似通ったものも多いからなんとも言えないけど…このままいけばあと3日たたないうちに流行ります」
「それは厄介だな」
万が一盗賊団の噂と融合し強大な力になれば、今の私たちだけでどうこうするのは難しくなる。
「早めに片づけるしかないってことか…。先生たちにも共有しておきます?」
「そうだな。もし襲われたら大変だ」
《あの男は頑丈だからなかなか死なないわよ》
こちらに向かって歩いてくる黒猫は小さくあくびをした。
「…ごめん。起こしたか」
《今日は昼寝をしてなかったから休んだだけよ》
「理科準備室で寝てるのを先生が監査室まで運んでるもんな…よく」
《よく、は余計よ》
結月はやはり人型にならないまま、とてとてと駆け寄ってきて話しはじめる。
《あの不器用男、大事なものを護れなかったことを悔やんでかなり鍛えたの。それまでも糸の扱いや応急処置はできていたけど、更に知識をつけたのよ。
まだ隠している奥の手だって、いくつあるか分からないんだから》
「仲良しなんだな」
《別に。腐れ縁だもの》
結月は私が考えている以上に周りをよく見ているんだろう。
微笑ましく思っていると、桜良が心配そうに声をかける。
「…どうして今夜は猫さんのままなの?」
《力を使ったの》
「いつから瞬間移動なんて使えるようになったの?ていうか、あれって瞬間移動って認識で合ってる?」
《連絡先への移動、といった方が正しいわね。効果は糸電話の糸が切れるかのびきるまで。
あれって割と体力使うのよ。…そっちこそ顔色がよくないみたいだけど平気なの?》
「私は大丈夫。ありがとう」
ふたりはいつの間にこんなに仲良くなったんだろう。
少し疑問に思いながらも、話を戻すことにした。
「今夜はもうこれで解散するとして、明日からどうするか考えないと…」
「消えたとされる生徒についてはどうしようもないてますよね。なら、やっぱりいきなり来なくなった生徒に会いに行くのがいいと思います」
「素直に応じてくれるとは思えない。…あ」
そうだ。なにも直接家を訪ねる必要はない。
「先輩?」
「明日は楽器屋でのバイトが入ってる。そこでなんとか情報を手に入れてみるよ」
「どういうことですか?」
私が説明する前に桜良が口を開いた。
「定時制の生徒のほとんどがなにかしら仕事をしてる。正社員の人もいればアルバイトの人もいて…」
「そっか、同じバイト先!」
「今までバイトに来るとき定時制のジャージで来てたのに、最近ずっと私服で来てる奴がひとりいる。
…てっきり通信制に転入したのかと思っていたが、そうじゃないらしいな」
先生に名前を確認したいとメールしてぐっすり寝ている穂乃を抱える。
「ごめん。今夜はここまでということで」
「お疲れ様です」
「また明日」
できるだけ音をたてないように気をつけてくれていたことがありがたかった。
穂乃を抱えてゆっくり歩く。
月光を浴びながら靴音だけが響く夜はとても心地よかった。
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