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第9章『中庭の守護神と一夜草』
番外篇『新たな事件の予感』
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ふたりの空間で、折原妹はそわそわしながら声をかけてきた。
「あ、あの」
「どうした?」
「お姉ちゃんは、どんな感じですか?」
ふわっとした訊き方は小学生らしい。
「思いやりのある真面目な生徒だ。ただ、時々無茶をすることがあるのは心配だな」
「先生もそう思うんですね」
「…もっとお姉さんに甘えてもいいんじゃないか?」
「え?」
「すきがなさそうというか、負担にならないように振る舞っているように見える」
姉に心配をかけたくない妹心からなのかもしれないが、折原はもっと妹に甘えられたいと考えている。
同言葉にすればいいか迷っていると扉が開いた。
「やっぱりここにいたのね」
「え、猫耳?」
「申し訳ないが、今は説明していられる状況じゃなさそうだ」
頷く折原妹を確認し、結月に視線を戻す。
「なんでそんなに焦ってる?」
「あの子、すごい炎を使ってぼろぼろよ。行ってあげた方がいいんじゃない?」
「すぐ行く」
「あの、私も、」
「私が視えるならここで一緒に待ってなさい。心配しなくてもそこの不器用男はすぐ戻ってくるから」
「…はい」
結月がいるなら恐らく大丈夫だろう。
戦闘能力はそれほど高くないかもしれないが、あの電話の力は恋愛成就だけではない。
「詩乃ちゃん、無茶したね…」
廊下のモップがけをしていた瞬は苦笑いで床を指さす。
そこには燃えかすが広がっており、そこまで多くはないものの血液が落ちていた。
「知らないお兄さんがいたよ」
「どんな奴だった?」
「前髪が長い人。肩に鳥さんが乗ってて、すごい御守持ってた」
「掃除を頼む」
「任せて」
大体誰なのか見当がついたところで中庭へ向かう。
「先輩!」
折原がその場に崩れ落ちていくのが目に入り、そのまま走って様子を確認する。
「岡副、怪我は」
「俺は平気です。でも、先輩が…」
「大体の状況は把握した」
ぐったりしている折原の体を起こし、足の怪我を診ると少し悪化していた。
「あの…室星先生、俺にも何か手伝えることはありませんか?」
「今は大丈夫だ。ありがとな翡翠」
翡翠八尋の左眼は翡翠色をしている。
カラーコンタクトをつけていると疑われたり、気味が悪いと差別に遭ったり…とにかく酷いことづくしだったのは間違いない。
「…こんなもんか」
「先輩、怪我してたんですね」
「少し前に色々あってな。あんまり知られたくないみたいだったから黙ってた」
「先輩らしいですけど、無茶ばっかりするから困ります」
「そうだな。やり方を変えないといつか自分自身を犠牲にすることになる」
まだ眠ったままの折原を動かすわけにはいかない。
折原妹に連絡だけしようとすると、ディスプレイにヒツウチと表示された。
「もしもし」
『お姉ちゃん!』
「…そこに立っていてくれ」
岡副と翡翠が頷いたのを見て、ふたりに背を向ける形で携帯電話を空にかざす。
きらきら光りだしたそこからふたつの影が飛び出した。
「え、穂乃ちゃんと結月!?」
「まったく…さっさと帰ってこないと心配するでしょ?」
「悪い。今は──」
「いつの間にこんなに人が集まったんだ?」
折原はゆっくり立ちあがると、そのまま妹に微笑みかける。
「ごめん。結構時間かかったみたいだな」
「お姉ちゃん…!」
涙を堪えながら駆け寄る妹とそのまま抱きしめる姉。
仲がいい姉妹だと認識はしていたが、その絆はかなり固く結ばれているらしい。
「結月、さっきのどうやったの?」
「企業秘密よ」
「ええ…教えてくれてもいいのに」
少し離れた場所から眺めていると、瞬がこちらに小走りでやってきた。
「先生、掃除終わったよ」
「ありがとう」
楽しそうに笑っている瞬の頭を撫でていると、ぽかんとした顔で翡翠が凝視していた。
「先生、やっぱり視える人なんですか?」
「…まあ、そんなところだ。ところで、今日は何か相談事でもあって来たんじゃないのか?」
翡翠は少し戸惑った様子ではあったものの、遠慮がちに話しはじめた。
「所用があったんです。そっちは終わったんですけど、最近町の様子がおかしいので中庭の妖精に相談してみようと思ったんです」
「どうおかしいんだ?」
「最近、連続して人間が消えています。…それも、消え方が普通じゃないんです」
「あ、あの」
「どうした?」
「お姉ちゃんは、どんな感じですか?」
ふわっとした訊き方は小学生らしい。
「思いやりのある真面目な生徒だ。ただ、時々無茶をすることがあるのは心配だな」
「先生もそう思うんですね」
「…もっとお姉さんに甘えてもいいんじゃないか?」
「え?」
「すきがなさそうというか、負担にならないように振る舞っているように見える」
姉に心配をかけたくない妹心からなのかもしれないが、折原はもっと妹に甘えられたいと考えている。
同言葉にすればいいか迷っていると扉が開いた。
「やっぱりここにいたのね」
「え、猫耳?」
「申し訳ないが、今は説明していられる状況じゃなさそうだ」
頷く折原妹を確認し、結月に視線を戻す。
「なんでそんなに焦ってる?」
「あの子、すごい炎を使ってぼろぼろよ。行ってあげた方がいいんじゃない?」
「すぐ行く」
「あの、私も、」
「私が視えるならここで一緒に待ってなさい。心配しなくてもそこの不器用男はすぐ戻ってくるから」
「…はい」
結月がいるなら恐らく大丈夫だろう。
戦闘能力はそれほど高くないかもしれないが、あの電話の力は恋愛成就だけではない。
「詩乃ちゃん、無茶したね…」
廊下のモップがけをしていた瞬は苦笑いで床を指さす。
そこには燃えかすが広がっており、そこまで多くはないものの血液が落ちていた。
「知らないお兄さんがいたよ」
「どんな奴だった?」
「前髪が長い人。肩に鳥さんが乗ってて、すごい御守持ってた」
「掃除を頼む」
「任せて」
大体誰なのか見当がついたところで中庭へ向かう。
「先輩!」
折原がその場に崩れ落ちていくのが目に入り、そのまま走って様子を確認する。
「岡副、怪我は」
「俺は平気です。でも、先輩が…」
「大体の状況は把握した」
ぐったりしている折原の体を起こし、足の怪我を診ると少し悪化していた。
「あの…室星先生、俺にも何か手伝えることはありませんか?」
「今は大丈夫だ。ありがとな翡翠」
翡翠八尋の左眼は翡翠色をしている。
カラーコンタクトをつけていると疑われたり、気味が悪いと差別に遭ったり…とにかく酷いことづくしだったのは間違いない。
「…こんなもんか」
「先輩、怪我してたんですね」
「少し前に色々あってな。あんまり知られたくないみたいだったから黙ってた」
「先輩らしいですけど、無茶ばっかりするから困ります」
「そうだな。やり方を変えないといつか自分自身を犠牲にすることになる」
まだ眠ったままの折原を動かすわけにはいかない。
折原妹に連絡だけしようとすると、ディスプレイにヒツウチと表示された。
「もしもし」
『お姉ちゃん!』
「…そこに立っていてくれ」
岡副と翡翠が頷いたのを見て、ふたりに背を向ける形で携帯電話を空にかざす。
きらきら光りだしたそこからふたつの影が飛び出した。
「え、穂乃ちゃんと結月!?」
「まったく…さっさと帰ってこないと心配するでしょ?」
「悪い。今は──」
「いつの間にこんなに人が集まったんだ?」
折原はゆっくり立ちあがると、そのまま妹に微笑みかける。
「ごめん。結構時間かかったみたいだな」
「お姉ちゃん…!」
涙を堪えながら駆け寄る妹とそのまま抱きしめる姉。
仲がいい姉妹だと認識はしていたが、その絆はかなり固く結ばれているらしい。
「結月、さっきのどうやったの?」
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「ええ…教えてくれてもいいのに」
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翡翠は少し戸惑った様子ではあったものの、遠慮がちに話しはじめた。
「所用があったんです。そっちは終わったんですけど、最近町の様子がおかしいので中庭の妖精に相談してみようと思ったんです」
「どうおかしいんだ?」
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