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第9章『中庭の守護神と一夜草』
第65話
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そして迎えた当日、特にトラブルもなく巡回の仕事を終えた私は穂乃を迎えに行く。
「こんばんは。いつもお世話になっています」
「こちらこそ、美和と紗和によくしていただいて…」
ありふれた会話をして別れた後、監査室にいる先生に声をかけた。
「先生、ごめん。すぐ終わらせるから穂乃を護ってほしい」
「何言ってるの、お姉ちゃん!?危ないこと、しないよね?」
「うん。探しものを手伝うだけだ」
乱闘にならなければ、という言葉を飲み込み笑顔を作る。
「分かった。もし何かあればすぐ連絡しろ」
「うん。…ごめん穂乃」
今の私にはただ頭を撫でることしかできない。
「早く帰ってきてね」
「善処する。いってきます」
不安そうな顔をした穂乃を見ると辛いが、何もしないわけにはいかない。
深碧のところへ行こうとすると陽向に声をかけられた。
「やっぱり解決するつもりなんですね」
「なんで…」
「分かりますよ。どれだけの事件を一緒にやってきたと思ってるんですか?」
「ありがとう」
すると、陽向はにっこり笑って鉢植えを渡してきた。
「一夜草、園芸部が屋上の一角で育ててる花に紛れてました」
「…ここまで持ってきちゃったのか?」
「はい!早い方がいいと思って…余計なことでしたか?」
「そんなことないよ。…ただ、すぐここを離れよう」
深碧に渡さないといけないし、万が一こそドロ一味に奪われたら終わる。
なにより、穂乃に怖い思いをさせたくない。
《やッと見つケタ…》
「走れ!」
陽向に声をかけ、そのまま全速力で中庭へ向かう。
なんとか深碧に届けて一味を倒す、それ以外道はない。
「陽向、これを頼む」
「先輩は、」
「早く行け。それで、必ず深碧に渡してくれ」
ぎりぎりの状態で走っている私より、体力があるうえに速い陽向に託した方が確実だ。
スティックを取り出し、急ぎめでリップを塗る。
「すぐ戻ります」
陽向はそう言い残して真っ直ぐ駆けていく。
やはりいい後輩を持ったらしい。
《寄越セ》
「…何の話だ?」
《ヨコセ!》
真っ黒な霧のようなものに覆われ、鋭い刃が飛んでくる。
なんとか避けたものの、相手を引きつけておくためにはあれを使うしかない。
《全部食ベル!》
「ああ。残さず受け止めろ」
火炎刃で全てを焼きつくす…両腕を思いきりふると一面炎に包まれる。
大多数が消滅するのを確認して安堵していたが、炎の外側からどす黒い刃が飛んできた。
《オワリダ》
避けきれない。どう頑張っても完全に跳ね返すことは不可能だ。
小さくなった火炎刃を構え、指先に意識を集中させる。
「伏せて!」
どこからか知らない声が聞こえてくる。
どのみち私には従う以外最適解がない。
伏せた直後、ぱっと光がさしこんで闇を蹴散らした。
《何ダこレハ…ぎゃあ!》
悲鳴をあげて散っていく姿をただ呆然と見ていることしかできない。
後ろを向くと、そこには噂と合致するひとりの男性がいた。
「あの…大丈夫?」
「助けてもらったことには感謝するけど、どうしても行かないといけない場所があるんだ。話ならまた今度聞く」
「深碧のところだろ?俺たちも行くところなんだ」
左眼を隠した人間なんてそうそういない。
警戒しながら顔をあげると、肩に片翼ずつ色が違う小鳥がとまっていた。
「疑ってごめん。その小鳥がいるってことは本当に深碧の知り合いってことだよな…」
《私を知っているんですか?》
「名前までは知らないけど、深碧の友だちだろ?」
《まあ、そんな感じですね》
「俺は翡翠八尋。君は?」
「折原詩乃」
取り敢えず名乗って中庭に入ると、陽向が勢いよく駆け寄ってきた。
「先輩、誰なんですかその人…!」
「助けてもらったんだ。深碧に渡せたか?」
「ばっちりです!」
「渡したものって…」
《ああ、八尋様。ようこそお越しくださいました》
「こんばんは」
《お久しぶりです。頼まれていたものを探し出してきました》
八尋たちの手から渡されたものも間違いなく一夜草だった。
どういうことか分からず困惑してしまう。
《申し訳ありません。説明させていただきますね》
深碧は何かお守りになりそうなものを作りたかったのだという。
そのために一夜草を使うことにしたのはよかったものの、なかなか手に入らなかったらしい。
「それでどっちもにお願いしてたってことか…。まあ、これで解決ならよかった!けど、作って誰にあげるつもりだったの?」
《それは、長年お世話になっている友人にです》
《私ですか?》
《この前も怪我をしていたでしょう?あなたには元気でいてほしいのです》
妖精と精霊の絆は永遠に続くと言われるほど固いらしい。
そんな話は聞いていたが、実際に目にする日がくるとは思っていなかった。
「その鳥喋るんですね」
「まあ、精霊なら話すことの方が多いんじゃないか?」
「俺たちにしてはほっこりする仕事でしたね」
「そうだな。…なあ深碧。もし嫌じゃなければ妹の絵のモデルになってほしい」
《私ですか?》
「うん。深碧のことも視えるからお願いしたいんだ」
《私でよければ喜んでお受けいたします》
「ありがとう」
私たちの会話が終わるのを待って、小鳥が深碧に話しかける。
陽向は八尋をじっと見てにこりと笑った。
「俺、岡副陽向っていいます。お兄さんとあの小鳥の名前、教えてください」
「俺は翡翠八尋。あの子は瑠璃だよ」
「瑠璃…いい名前ですね」
何故か意気投合しはじめるふたりを見ていると、視界がぐにゃりと曲がった。
まだ問題が片づいていないのに、倒れている場合じゃない。
「先輩!」
陽向の声が耳に届くのとほぼ同時に地面に体が地面にたたきつけられる。
穂乃に心配をかけるわけにはいかないのに、どうしても目を開けられなかった。
「こんばんは。いつもお世話になっています」
「こちらこそ、美和と紗和によくしていただいて…」
ありふれた会話をして別れた後、監査室にいる先生に声をかけた。
「先生、ごめん。すぐ終わらせるから穂乃を護ってほしい」
「何言ってるの、お姉ちゃん!?危ないこと、しないよね?」
「うん。探しものを手伝うだけだ」
乱闘にならなければ、という言葉を飲み込み笑顔を作る。
「分かった。もし何かあればすぐ連絡しろ」
「うん。…ごめん穂乃」
今の私にはただ頭を撫でることしかできない。
「早く帰ってきてね」
「善処する。いってきます」
不安そうな顔をした穂乃を見ると辛いが、何もしないわけにはいかない。
深碧のところへ行こうとすると陽向に声をかけられた。
「やっぱり解決するつもりなんですね」
「なんで…」
「分かりますよ。どれだけの事件を一緒にやってきたと思ってるんですか?」
「ありがとう」
すると、陽向はにっこり笑って鉢植えを渡してきた。
「一夜草、園芸部が屋上の一角で育ててる花に紛れてました」
「…ここまで持ってきちゃったのか?」
「はい!早い方がいいと思って…余計なことでしたか?」
「そんなことないよ。…ただ、すぐここを離れよう」
深碧に渡さないといけないし、万が一こそドロ一味に奪われたら終わる。
なにより、穂乃に怖い思いをさせたくない。
《やッと見つケタ…》
「走れ!」
陽向に声をかけ、そのまま全速力で中庭へ向かう。
なんとか深碧に届けて一味を倒す、それ以外道はない。
「陽向、これを頼む」
「先輩は、」
「早く行け。それで、必ず深碧に渡してくれ」
ぎりぎりの状態で走っている私より、体力があるうえに速い陽向に託した方が確実だ。
スティックを取り出し、急ぎめでリップを塗る。
「すぐ戻ります」
陽向はそう言い残して真っ直ぐ駆けていく。
やはりいい後輩を持ったらしい。
《寄越セ》
「…何の話だ?」
《ヨコセ!》
真っ黒な霧のようなものに覆われ、鋭い刃が飛んでくる。
なんとか避けたものの、相手を引きつけておくためにはあれを使うしかない。
《全部食ベル!》
「ああ。残さず受け止めろ」
火炎刃で全てを焼きつくす…両腕を思いきりふると一面炎に包まれる。
大多数が消滅するのを確認して安堵していたが、炎の外側からどす黒い刃が飛んできた。
《オワリダ》
避けきれない。どう頑張っても完全に跳ね返すことは不可能だ。
小さくなった火炎刃を構え、指先に意識を集中させる。
「伏せて!」
どこからか知らない声が聞こえてくる。
どのみち私には従う以外最適解がない。
伏せた直後、ぱっと光がさしこんで闇を蹴散らした。
《何ダこレハ…ぎゃあ!》
悲鳴をあげて散っていく姿をただ呆然と見ていることしかできない。
後ろを向くと、そこには噂と合致するひとりの男性がいた。
「あの…大丈夫?」
「助けてもらったことには感謝するけど、どうしても行かないといけない場所があるんだ。話ならまた今度聞く」
「深碧のところだろ?俺たちも行くところなんだ」
左眼を隠した人間なんてそうそういない。
警戒しながら顔をあげると、肩に片翼ずつ色が違う小鳥がとまっていた。
「疑ってごめん。その小鳥がいるってことは本当に深碧の知り合いってことだよな…」
《私を知っているんですか?》
「名前までは知らないけど、深碧の友だちだろ?」
《まあ、そんな感じですね》
「俺は翡翠八尋。君は?」
「折原詩乃」
取り敢えず名乗って中庭に入ると、陽向が勢いよく駆け寄ってきた。
「先輩、誰なんですかその人…!」
「助けてもらったんだ。深碧に渡せたか?」
「ばっちりです!」
「渡したものって…」
《ああ、八尋様。ようこそお越しくださいました》
「こんばんは」
《お久しぶりです。頼まれていたものを探し出してきました》
八尋たちの手から渡されたものも間違いなく一夜草だった。
どういうことか分からず困惑してしまう。
《申し訳ありません。説明させていただきますね》
深碧は何かお守りになりそうなものを作りたかったのだという。
そのために一夜草を使うことにしたのはよかったものの、なかなか手に入らなかったらしい。
「それでどっちもにお願いしてたってことか…。まあ、これで解決ならよかった!けど、作って誰にあげるつもりだったの?」
《それは、長年お世話になっている友人にです》
《私ですか?》
《この前も怪我をしていたでしょう?あなたには元気でいてほしいのです》
妖精と精霊の絆は永遠に続くと言われるほど固いらしい。
そんな話は聞いていたが、実際に目にする日がくるとは思っていなかった。
「その鳥喋るんですね」
「まあ、精霊なら話すことの方が多いんじゃないか?」
「俺たちにしてはほっこりする仕事でしたね」
「そうだな。…なあ深碧。もし嫌じゃなければ妹の絵のモデルになってほしい」
《私ですか?》
「うん。深碧のことも視えるからお願いしたいんだ」
《私でよければ喜んでお受けいたします》
「ありがとう」
私たちの会話が終わるのを待って、小鳥が深碧に話しかける。
陽向は八尋をじっと見てにこりと笑った。
「俺、岡副陽向っていいます。お兄さんとあの小鳥の名前、教えてください」
「俺は翡翠八尋。あの子は瑠璃だよ」
「瑠璃…いい名前ですね」
何故か意気投合しはじめるふたりを見ていると、視界がぐにゃりと曲がった。
まだ問題が片づいていないのに、倒れている場合じゃない。
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