夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第9章『中庭の守護神と一夜草』

第64話

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「昨日はすみませんでした」
「陽向が謝ることじゃないだろう」
翌日、陽向はしゅんとした様子で私に頭を下げた。
あんなに突然襲われると一体誰が予想できよう。
「本当にありがとうございました」
「礼なら瞬に言ってくれ。私たちだけだったらあの稜を捌けずにやられてたと思う」
「ですね。ちびにも言います」
あのあと陽向が起きるまで時間がかかった。
中途半端に死ねないのは苦痛だったと笑っていたものの、その笑顔がひきつっているのは見れば分かる。
足を怪我して全速力で走れない私の代わりに、瞬が放送室まで運んでくれたのだ。
「先輩、もう少しゆっくり探した方が…」
「…考えておく」
こう答えておけば陽向は安心してくれるだろうか。
あんな奴らを相手にしないといけないなら私がひとりでやればいい。
誰かを巻きこんで何かあってからでは遅いのだ。
「俺、クラスに行ってきますね」
「ああ。いってらっしゃい」
今日は前夜祭なので売買できるのは生徒間だけだ。
当然のことながら、一般の人が立ち入る明日より今日の方が警備が少ない。
そのため、まわってくる主な仕事は……
「部長、スポーツ専攻で乱闘騒ぎがおきています!」
「3人で向かおう。両者の話を平等に聞くこと。揉め事は私が止める」
「部長、定時制の露店が人気すぎて材料が不足しています!」
「すぐに手配する。大至急必要なものは放送部に協力してもらって呼びかけてみよう」
「憲兵姫、写真撮ってもいいですか?」
「ごめん。写真はあんまり好きじゃないんだ。けど、声をかけてくれてありがとう」
クラスに居場所を作れなかったが、ありがたいことに学園内では『憲兵姫の私』が知らないところで人気になっていたらしい。
「折原さん!」
振り返ると、そこには伴田と伊代田が立っていた。
「伊代田、久しぶり。伴田はこの前ぶりだな」
「折原、その…色々ありがとう」
「私からも。巡回、増やしてくれてありがとう。私たちでお礼がしたくて…よければ受け取って」
美術専攻の何人かが制作すると聞いていた個人画集と定時制と通信制が販売しているたこ焼きを手渡され、呆然と立ち尽くしてしまう。
「折原さん?」
「もしかして、あんまり好きじゃなかったとか…」
「…ごめん、そうじゃないんだ。誰かからこんな形で感謝されるのは初めてで、感極まってた。せめて半額は、」
「いらない」
「もらえないよ」
ふたりの声がほぼ同時に耳に届いて、思わず笑ってしまった。
「それじゃあありがたくもらうことにするよ。話せてよかった」
ふたりに手をふり、そのまま放送室へ向かう。
なんだか心がひだまりのように温かかった。
「先輩、何かいいことでもありました?」
「まあ、ちょっとな。桜良、疲れているところ申し訳ないんだが…」
事情を説明すると、桜良はすぐマイクに向かって呼びかけた。
『緊急の食品調達依頼のお知らせです。現在、定時制高校の一部店舗で材料が足りなくなっています。不足しているものは…』
「やっぱり桜良かっこいい…」
「ごめん。これからもう1ヶ所行かないといけないから桜良に礼を伝えておいてくれ」
「分かりました!」
楽しそうに放送する声が聞こえていたし、恐らくふたりも楽しめているだろう。
残りの資料をまとめているうちに前夜祭は終了した。
本来であれば早く帰るところだが、一夜草についてもう少し調べておきたい。
「詩乃ちゃん、ちょっとこんをつめすぎじゃない?」
「そうか?いつもどおりのつもりだが…」
瞬に来る途中で買った大判焼きを渡し、そのまま作業を続ける。
「自分を追いつめたらいい結果なんて出ないよ。ちゃんと休むのも仕事だと思うんだけどな…」
「…考えておく」
息抜きはしているつもりだったが、瞬にはそう見えなかったらしい。
…というより、実際そうなんだろう。
夜の見回りを早めに引き上げ、明日を待つだけとなった状態で家に帰ることにした。
「お姉ちゃん、明日絶対行くからね!」
「ああ。楽しみにしてる」
穂乃と夕飯を食べる時間が1番落ち着く。
足の怪我がばれないように気をつけながら部屋に入り、弓の手入れをしながらいつの間にか眠ってしまっていた。
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