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第9章『中庭の守護神と一夜草』
第60話
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女性は涙を拭うと、せいいっぱいの笑顔で答えた。
《ようやく会えましたね、夜紅の姫》
「先輩も初対面なんですか?」
「まあ、話したことはなかったな」
夜紅の姫なんて呼ばれるのはなんだか照れくさい。
「夜紅でいいよ。姫なんてガラじゃないし…或いは詩乃って呼んでくれ」
《いきなり名前では失礼になりますので、夜紅と呼ばせていただきますね》
「それで、力を貸してほしいってどういうことだ?」
妖精はゆっくり息を吸い、そのまま事情を話しはじめた。
《ご存知かもしれませんが、私はこの場所からそんなに遠くへは行けません。
ですが、どうしても一晩だけ咲く一夜草を探さなければならないのです》
「それ、このあたりに生えてたりしないの?」
《探してはみたのですが、上手く見つけられず…。お願いします。もう頼れる相手がいないのです》
ここにずっといなければならないというのは大変なことだろう。
陽向もそれを察知したのか、顎に手を当て何か考えているようだった。
「分かった。やるだけやってみる」
「俺も手伝います。けど、どういう見た目なの?全然知らないものを探すのに見た目ほど重要な手がかりってないんだけど…妖精さんは知ってるから探してるんだよね?」
陽向の言葉に妖精は何かが描かれた巻物をくれた。
《手がかりはこれだけです》
「実物はもう残ってないのか…先輩、どうにか頑張りましょう!」
「そうだな。似たようなものを見つけたら持ってくるよ」
《ありがとうございます》
涙を流すほど苦しい思いを抱えているなら、せめて少しでもそれが軽くなるよう力になりたい。
「なあ、妖精さんじゃ呼びづらいから名前を聞いてもいいか?」
《失礼いたしました。私は深碧と名乗っております。大切な方から頂いた名前なのです》
「そうか」
あまり深く訊かない方がいいだろう。
陽向はぱっと明るく微笑んで、深碧に向かって手を伸ばす。
「俺は陽向。その薬草探し、手伝わせてもらうよ」
《構わないのですか?見つからない可能性もあるのですが…》
「見つからないって諦めたら、出てくるものも出てこなくなっちゃうかもしれないぜ?
だから、見つからないかもって思うより見つかるかもって考えた方がいいと思う。そっちの方が楽しいしね」
《そういう考え方もあるのですね》
その明るさが陽向らしい。
深碧の表情も心なしか明るくなった気がする。
「今夜は遅いから明日からでもいいか?」
《勿論です》
「今夜は特に異常もないみたいだし、解散だな」
「ですね。お疲れ様でした!」
陽向が放送室へ向かうのを見届け、私はそのまま家に直行した。
バイトで遅くなる日より早く帰れるが、穂乃は喜んでくれるだろうか。
「おかえり…!今日は早かったんだね」
「うん。巡回当番が早めに終わったからな」
「どうしよう…今日まだご飯できてなくて、えっと、」
「私が作る。この材料ならチャーハンとワンタンスープくらいならいけそうだな」
ご飯の残りを確認していると、後ろから抱きつかれる。
「…どうした、何かあったのか?」
「今度また絵のコンクールがあるんだけど、何を描こうか迷ってるんだ。
何個かあるテーマから決めるんだけど、空想のものにしようと思って…。だけどなかなかこれだってものが描けない」
「スケッチなら、今度の文化祭でやってみるのはどうだ?中庭に住んでいる妖精がいるし、他にも色々描かせてくれそうな人はいる」
「文化祭、美和ちゃんと紗和ちゃんと行くね。ふたりはお母さんが迎えにくるはずだから、それから描こうかな」
私が終わるのを待っているつもりだろうか。
何時になるか分からないから先に送っていこうと思っていたのに、寂しそうな顔をしながらそんなことを言われたら早く帰れとは言えない。
「分かった。色々な店が出るから楽しみにしててくれ」
「うん!」
それからふたりで食事を摂り、穂乃は眠りにつく。
シャワーを浴びながら深碧が探している植物について考える。
花屋バイトの知識で探せないかと思ったが無理そうだ。
「…先生に訊いてみるか」
急いで髪を乾かしていると手がずきずき痛む。
まだ治りきらない狸につけられた傷を見つめながら、自分では巻きづらい包帯を換えた。
《ようやく会えましたね、夜紅の姫》
「先輩も初対面なんですか?」
「まあ、話したことはなかったな」
夜紅の姫なんて呼ばれるのはなんだか照れくさい。
「夜紅でいいよ。姫なんてガラじゃないし…或いは詩乃って呼んでくれ」
《いきなり名前では失礼になりますので、夜紅と呼ばせていただきますね》
「それで、力を貸してほしいってどういうことだ?」
妖精はゆっくり息を吸い、そのまま事情を話しはじめた。
《ご存知かもしれませんが、私はこの場所からそんなに遠くへは行けません。
ですが、どうしても一晩だけ咲く一夜草を探さなければならないのです》
「それ、このあたりに生えてたりしないの?」
《探してはみたのですが、上手く見つけられず…。お願いします。もう頼れる相手がいないのです》
ここにずっといなければならないというのは大変なことだろう。
陽向もそれを察知したのか、顎に手を当て何か考えているようだった。
「分かった。やるだけやってみる」
「俺も手伝います。けど、どういう見た目なの?全然知らないものを探すのに見た目ほど重要な手がかりってないんだけど…妖精さんは知ってるから探してるんだよね?」
陽向の言葉に妖精は何かが描かれた巻物をくれた。
《手がかりはこれだけです》
「実物はもう残ってないのか…先輩、どうにか頑張りましょう!」
「そうだな。似たようなものを見つけたら持ってくるよ」
《ありがとうございます》
涙を流すほど苦しい思いを抱えているなら、せめて少しでもそれが軽くなるよう力になりたい。
「なあ、妖精さんじゃ呼びづらいから名前を聞いてもいいか?」
《失礼いたしました。私は深碧と名乗っております。大切な方から頂いた名前なのです》
「そうか」
あまり深く訊かない方がいいだろう。
陽向はぱっと明るく微笑んで、深碧に向かって手を伸ばす。
「俺は陽向。その薬草探し、手伝わせてもらうよ」
《構わないのですか?見つからない可能性もあるのですが…》
「見つからないって諦めたら、出てくるものも出てこなくなっちゃうかもしれないぜ?
だから、見つからないかもって思うより見つかるかもって考えた方がいいと思う。そっちの方が楽しいしね」
《そういう考え方もあるのですね》
その明るさが陽向らしい。
深碧の表情も心なしか明るくなった気がする。
「今夜は遅いから明日からでもいいか?」
《勿論です》
「今夜は特に異常もないみたいだし、解散だな」
「ですね。お疲れ様でした!」
陽向が放送室へ向かうのを見届け、私はそのまま家に直行した。
バイトで遅くなる日より早く帰れるが、穂乃は喜んでくれるだろうか。
「おかえり…!今日は早かったんだね」
「うん。巡回当番が早めに終わったからな」
「どうしよう…今日まだご飯できてなくて、えっと、」
「私が作る。この材料ならチャーハンとワンタンスープくらいならいけそうだな」
ご飯の残りを確認していると、後ろから抱きつかれる。
「…どうした、何かあったのか?」
「今度また絵のコンクールがあるんだけど、何を描こうか迷ってるんだ。
何個かあるテーマから決めるんだけど、空想のものにしようと思って…。だけどなかなかこれだってものが描けない」
「スケッチなら、今度の文化祭でやってみるのはどうだ?中庭に住んでいる妖精がいるし、他にも色々描かせてくれそうな人はいる」
「文化祭、美和ちゃんと紗和ちゃんと行くね。ふたりはお母さんが迎えにくるはずだから、それから描こうかな」
私が終わるのを待っているつもりだろうか。
何時になるか分からないから先に送っていこうと思っていたのに、寂しそうな顔をしながらそんなことを言われたら早く帰れとは言えない。
「分かった。色々な店が出るから楽しみにしててくれ」
「うん!」
それからふたりで食事を摂り、穂乃は眠りにつく。
シャワーを浴びながら深碧が探している植物について考える。
花屋バイトの知識で探せないかと思ったが無理そうだ。
「…先生に訊いてみるか」
急いで髪を乾かしていると手がずきずき痛む。
まだ治りきらない狸につけられた傷を見つめながら、自分では巻きづらい包帯を換えた。
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