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第9章『中庭の守護神と一夜草』
第59話
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人間だって様々な言語があるのだから、妖たちにそれがあってもおかしくない。
「それって、もしかしなくても私のことだよな…」
「夜紅の姫が退魔の炎と共に舞う姿は美しいとか、ここ最近噂になっている。それを知った守り神が頼みたいと思ったんだろう」
「守り神?」
「百物語をやってる生徒がいたのを覚えてるか?」
「あんなの忘れないよ」
あの日はとにかく焦った覚えしかない。
人間相手に炎を使うのはあまり慣れていないため、本気で相手ごと燃やしてしまうのではと考えていた。
ただ、いいこともあった。
「先生が瞬と楽しく過ごしたって話もばっちりだ」
「もう指摘しないでくれ、頼む」
「ごめん。ただ、そういうのっていいなと思っただけなんだ。…その紙には、他にどんなことが書かれているんだ?」
先生はさらさらと文字を書いたノートの切れ端をくれた。
【夜紅の姫様
どうか知恵をお貸しください。私だけではどうにもならないのです。
直接会ってお話をと思ったのですが、話しかけるタイミングを逃し今に至ります。
私は諸事情あり中庭から動けません。ですので、あなた様のお時間があるときに訪ねていただけますと幸いです】
「これにはそう書いてある」
「成程。中庭付近しか行けないから美術専攻の絵に託したってことか」
文章を聞く限り、何度か目が合った女性が妖精の正体なのだろうと察した。
「なんで私に頼もうと思ったんだろうな。妖たちって人間嫌いが多いのに」
「…それは、あいつが昔人間に助けられたからだろう」
「そうなのか?」
「あの噂は少し曲げられていたが、途中までは間違っていない」
──その昔、人間に恋をした精霊がいました。
想い人も彼女を想っていましたが、その正体が精霊だと知った青年は彼女を閉じ込めてしまいます。
村の人間たちに決して殺されてしまわないように。…見つかればその力を死ぬまで利用されると分かっていたから。
小間使いの小鳥に頼りながら、ふたりは密かに連絡を取り合っていました。
しかしそれも長くは続かなかったのです。
「その小鳥の羽の色、片翼ずつで違ったんだ。だから人間たちは瑠璃や純白の翼をもいでやろうと、捕まえようと躍起になったらしい。…それを青年が命がけで助けた」
「匿った青年がいなくなってしまった今、妖精はその場所に留まることで身の安全を確保できる。…それが今の中庭ってことか」
先生は少し苦しそうにゆっくり頷く。
人間というものは過ちを繰り返す愚かな生き物らしい。
それでも中庭の妖精が人間を嫌いにならないでいてくれたなら、私にできることはただひとつだ。
「今夜も夜まわるつもりだったから、そのとき話を聞きに行ってみるよ」
「困ったらすぐ言え。一応先生だから力になる」
「先生は私たちが知らない間もずっと助けてくれてただろ。…ありがとう」
先生には瞬がいるし、頼ってばかりはいられない。
どんな話かは分からないが、とにかく行ってみるとしよう。
「先生、ひとつ頼んでもいいかな?」
「内容による」
「スポーツ専攻の見回りを少し減らして美術専攻に人を回したい。
…伴田はその紙のこと以外にも何か困りごとがありそうだ」
「分かった、交渉しておく。妖精も精霊も害する意思がない相手に攻撃してくることはないと思うが、気をつけておけ」
「うん。そうするよ」
いざとなれば弓が使える時間だし、多分なんとかなるだろう。
最近早く帰れない日が続いて穂乃には申し訳ないが、地道に解決する以外解決策がないのだ。
「…で、今夜の夜仕事は中庭なんですね」
「おまえまでついてくることはなかったのに」
「いやいや、これから長いつきあいになるわけだし喜んでお供します!」
「桜良が心配するだろ」
意気揚々と進む陽向にため息を吐きながら辺りを見回してみる。
「この前目が合ったときはこの辺りにいたんですよね…」
『左側、何かいる』
「桜良はすごいな。もしおまえと同じ場所にいたら、私はきっと察知できなかった」
『ありがとうございます』
今夜も携帯ラジオ越しに桜良が参加してくれている。
少し歩くと、かさかさ草が揺れる音がした。
「先輩、あれじゃないですか?」
「…多分そうだ」
涙を流す相手に近づき、ハンカチを差し出しながら声をかけた。
「この手紙を書いたのはあんたなのか?」
「それって、もしかしなくても私のことだよな…」
「夜紅の姫が退魔の炎と共に舞う姿は美しいとか、ここ最近噂になっている。それを知った守り神が頼みたいと思ったんだろう」
「守り神?」
「百物語をやってる生徒がいたのを覚えてるか?」
「あんなの忘れないよ」
あの日はとにかく焦った覚えしかない。
人間相手に炎を使うのはあまり慣れていないため、本気で相手ごと燃やしてしまうのではと考えていた。
ただ、いいこともあった。
「先生が瞬と楽しく過ごしたって話もばっちりだ」
「もう指摘しないでくれ、頼む」
「ごめん。ただ、そういうのっていいなと思っただけなんだ。…その紙には、他にどんなことが書かれているんだ?」
先生はさらさらと文字を書いたノートの切れ端をくれた。
【夜紅の姫様
どうか知恵をお貸しください。私だけではどうにもならないのです。
直接会ってお話をと思ったのですが、話しかけるタイミングを逃し今に至ります。
私は諸事情あり中庭から動けません。ですので、あなた様のお時間があるときに訪ねていただけますと幸いです】
「これにはそう書いてある」
「成程。中庭付近しか行けないから美術専攻の絵に託したってことか」
文章を聞く限り、何度か目が合った女性が妖精の正体なのだろうと察した。
「なんで私に頼もうと思ったんだろうな。妖たちって人間嫌いが多いのに」
「…それは、あいつが昔人間に助けられたからだろう」
「そうなのか?」
「あの噂は少し曲げられていたが、途中までは間違っていない」
──その昔、人間に恋をした精霊がいました。
想い人も彼女を想っていましたが、その正体が精霊だと知った青年は彼女を閉じ込めてしまいます。
村の人間たちに決して殺されてしまわないように。…見つかればその力を死ぬまで利用されると分かっていたから。
小間使いの小鳥に頼りながら、ふたりは密かに連絡を取り合っていました。
しかしそれも長くは続かなかったのです。
「その小鳥の羽の色、片翼ずつで違ったんだ。だから人間たちは瑠璃や純白の翼をもいでやろうと、捕まえようと躍起になったらしい。…それを青年が命がけで助けた」
「匿った青年がいなくなってしまった今、妖精はその場所に留まることで身の安全を確保できる。…それが今の中庭ってことか」
先生は少し苦しそうにゆっくり頷く。
人間というものは過ちを繰り返す愚かな生き物らしい。
それでも中庭の妖精が人間を嫌いにならないでいてくれたなら、私にできることはただひとつだ。
「今夜も夜まわるつもりだったから、そのとき話を聞きに行ってみるよ」
「困ったらすぐ言え。一応先生だから力になる」
「先生は私たちが知らない間もずっと助けてくれてただろ。…ありがとう」
先生には瞬がいるし、頼ってばかりはいられない。
どんな話かは分からないが、とにかく行ってみるとしよう。
「先生、ひとつ頼んでもいいかな?」
「内容による」
「スポーツ専攻の見回りを少し減らして美術専攻に人を回したい。
…伴田はその紙のこと以外にも何か困りごとがありそうだ」
「分かった、交渉しておく。妖精も精霊も害する意思がない相手に攻撃してくることはないと思うが、気をつけておけ」
「うん。そうするよ」
いざとなれば弓が使える時間だし、多分なんとかなるだろう。
最近早く帰れない日が続いて穂乃には申し訳ないが、地道に解決する以外解決策がないのだ。
「…で、今夜の夜仕事は中庭なんですね」
「おまえまでついてくることはなかったのに」
「いやいや、これから長いつきあいになるわけだし喜んでお供します!」
「桜良が心配するだろ」
意気揚々と進む陽向にため息を吐きながら辺りを見回してみる。
「この前目が合ったときはこの辺りにいたんですよね…」
『左側、何かいる』
「桜良はすごいな。もしおまえと同じ場所にいたら、私はきっと察知できなかった」
『ありがとうございます』
今夜も携帯ラジオ越しに桜良が参加してくれている。
少し歩くと、かさかさ草が揺れる音がした。
「先輩、あれじゃないですか?」
「…多分そうだ」
涙を流す相手に近づき、ハンカチを差し出しながら声をかけた。
「この手紙を書いたのはあんたなのか?」
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