夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第9章『中庭の守護神と一夜草』

第58話

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「お疲れ様でした!乾杯!」
「…今日も元気ね」
「乾杯」
月曜日学校に行くと、ふたりに呼び止められてお疲れ様会をやろうと誘ってくれた。
放課後まではいつもどおり時間を潰して今に至るというわけだ。
「このお茶美味しいな」
「白桃の緑茶を買ってみたんです。詩乃先輩に気に入ってもらえてよかったです」
「俺もこのお茶好きだな…」
「…そう」
陽向にかけられる桜良の言葉は相変わらずだけど、そこにもじんわり優しさが滲んでいるような気がする。
「ごちそうさまでした。…ごめん、少し用があって、片づけをしたらすぐ行かないといけないんだ」
「先輩、当番詰め込みまくってましたもんね…」
「私の席は監査部にしかないからな」
紙コップを袋に入れ、そのままその場を後にする。
去年は新入生クラスだったので、誰もが台頭で誰もがどこかで楽しめるような内容が組まれた。
だが、今年は違う。
別クラスから特進に入ったのは私以外にもうひとりだけ。
ひとりは転校してしまったし、今いるもうひとりだって美術系専攻のためそちらに居場所があるようだ。
少し話すこともあるが、あの場所は居心地が悪いから美術専攻クラスの出し物にだけ参加すると話していた。
「折原、どうかしたのか?」
「なんでもない。今日は私がシフトだから巡回表を取りに来た」
「それだけじゃなさそうに見えるけどな」
「…1年前を思い出してただけだ」
あのときは監査部として初めての巡回パトロールで、やり方を覚えるまで先輩が丁寧に教えてくれた。
今年から加わったメンバーが何人がいるけど、私にそれと同じことができているか不安になる。
「心配しなくてもちゃんと監査部長として仕事できてる。俺が保証する」
「ありがとう。そう言ってもらえると安心する」
「クラスの出しものの方には行かないのか?」
「私ともうひとりはメンバーに入ってなかったし、定時制や通信制の手伝いに行くつもり。
…久しぶりに元・クラスメイトにも会いたいしね」
「伊代田なら元気でやってる。おまえや伴田ともだと話したがってた」
「伴田にも伝えておく」
バッジをつけ直してから部屋を出ると、伴田が扉の前に立っていた。
「お疲れ様」
「ありがとう。伊代田が話したがってるみたいだって、さっき室星先生が教えてくれた」
「伊代田君、元気になったんだ。よかった…。そうだ、折原さん。
申し訳ないんだけど、美術専攻の方にもう少し警備を増やしてもらえないかな?」
「できるだけ対応するつもりだけど、何かトラブルでもあったのか?」
「スプレーアートのチームの絵に紙が貼りつけられていたみたいなの。
わざとじゃないのかもしれないけど、万が一他のチーム…特に服飾のチームは被害が出たら大変だから、お願いしたいなって」
伴田から伝わってきたのは、チームメイトを思う心だった。
会ったら話をする程度でそんなに仲がいいわけじゃない。
それでも私のところに来たのは、大切なものを護りたいからだろう。
「分かった。必ず警備を増やす」
「ありがとう」
スプレーアートや服飾は今からだとやり直しがきかない可能性がある。
「作業は大丈夫そうか?」
「うん。これが貼られてた紙なんだけど、預けた方がいい?」
「ありがとう、助かる。美術専攻の売り場、空き時間に見に行かせてもらうよ」
「憲兵姫が来るとなったら、みんな張り切るんじゃないかな」
「特別棟でもあのあだ名が広まってるのか…」
楽しそうに駆けていく伴田の後ろ姿を見送り、シフト表の振り分けを少し変える。
スポーツ専攻の話も聞かないと大幅変更はできないけど、今すぐやれることはやっておきたい。
預かった紙切れを見ると、よく分からない言語の文字が並んでいた。
「…先生、少しいいか?」
「構わないが、どうした?」
「これ、読めたりする?」
別の国の言葉かもしれないと安易に考えていた私がいけなかった。
先生は目を通すと、大きく息を吐き出す。
「そんなにまずいことが書かれているのか?」
「これは、夜紅の姫への依頼状だ」
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