夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第8章『ローレライの告白-異界への階段・壱-』

第57話

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扉越しに聞こえてきた話は、私の予想を超えるものだった。
桜良は今までどんな気持ちで陽向の隣に立っていたんだろう。
「あ、あの」
「どうした?」
「放送係の仕事、受けます」
「…そうか。ありがとう」
桜良には、自分も幸せになっていいんだと感じてほしい。
そのために私ができることならなんでもやろう。
「そうと決まれば原稿を考えないとな。私にも手伝えることはあるか?」
「えっと…体育祭ってあんまり出たことがないので、種目を教えてほしいです。
ルールが知らないものがあったらいけないから、できればそれもお願いします」
「分かった。持ってくる」
一旦監査室に戻ると、先生がうつらうつらしていた。
起こさないように気をつけたつもりだったが、そう簡単にはいかないらしい。
「…秘密を知ったようだな」
「ああ。けど、それが大事な人を護るためのものだったって分かったからそれで充分だ」
ふたりが納得したならそれでいい。
私だって、もし穂乃が危険な目に遭って死にかけていたら助けに行く。
「そうか。それなら俺から言うことは何もない」
「…なあ、先生」
「どうした?」
「さっきから気になって仕方ないんだけど、あれってどういう状況だ?」
入室中の札がかかっていた場所から、黒猫と少年が仲良さげに出てくる。
「最近じゃれて遊んでるみたいだ。…楽しそうだから問題ない」
「結月とも知り合いだったのか」
「まあ、腐れ縁みたいなものだ」
定時制と通信制の体育祭に関する資料をまとめると、先生は窓の外を見て歩き出す。
「もし時間があるなら少しいいか?」
「急ぎってわけじゃないから構わないけど、何をすればいいんだ?」
「少し顔を合わせるだけでいい」
先生についていくと、穂村奏多が登校してくる瞬間だった。
あれから数カ月、正式に通信制への転入を認められたらしい。
加害者はまだ謹慎中だし、通信制の制服を身にまとったその表情は少し明るくなった気がする。
先生が先に話しているところに、たまたまを装って声をかけた。
「へえ、その子が先生が話してた新しい監査部候補生か」
「あ、えっと…」
二言三言話したところで1冊のノートが落ちた。
「待て。これ落としたぞ」
「すみません」
「そのノート、大事なものなんだな」
「…はい」
恐らく森川彩と関係があるのだろう。
「監査部に興味があるって話を聞いたんだが、見学ならいつでも来てくれればいい。定時制や通信制からの参加も大歓迎だから」
「はい。ありがとうございます」
これ以上話すと迷惑になるような気がして、その足で放送室へ向かう。
「ごめん、遅くなった」
「いえ。あの、さっき話していたのは…」
「私と顔を合わせて話したわけじゃないから、多分向こうは知らないだろうけど…音楽室の亡霊の噂の関係者なんだ。
今は一時的に週末先生が授業してるみたいだけど、もうすぐ正式に通信制の生徒になる」
アフターケアが上手くいくか心配だったものの、楽しそうに笑う姿に安心した。
何もかも先生のおかげだ。
「あのときの憲兵姫、かっこよかったですもんね!」
「…やっぱり陽向にも何かあだ名をつけるか」
「いや、それは勘弁してください」
お茶を淹れる手を止めて、桜良が私をじっと見る。
資料を手渡しながら首を傾げた。
「どうした?」
「詩乃先輩、ありがとうございました」
「私は何もしてないよ。全部陽向のおかげだ」
「先輩…」
にまにましている陽向と、いつもより少し表情が柔らかい桜良。
合同体育祭の話をつめ、用があるからと一旦部屋を出た。
「…謎が残った」
ひとり思わずそんなことを口にしてしまう私は気にしすぎなのだろうか。
パーカー少年が何者なのか、何故あんな場所に留まっているのか…自力で出られない理由があるのかもしれない。
謎の存在を注視しようと心に決め、再び監査室に足を踏み入れた。
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