夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第8章『ローレライの告白-異界への階段・壱-』

第54話

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「お姉ちゃん、今日は早かったんだね」
「ああ。けど、朝早く出ないといけないんだ。明日のお弁当、何がいい?」
「コロッケが美味しかったな…」
「分かった。必ず入れるよ」
穂乃が部屋に入ったのを確認して、体育祭や学園祭の運営費用に目を通す。
勉強もしたいところではあるが、一先ずここまでにして仮眠をとった方がいいだろう。
弓が使えるぎりぎりの時間帯ではあるものの、手入れをしておくに越したことはない。
「…いってきます」
午前3時すぎ、折りたたみ自転車を走らせ学校へ向かう。
「おはようございます」
「おはよう。堂々と電気を点けたら誰か来るぞ」
「穂乃ちゃんは大丈夫なんですか?」
「夜はできるだけ話してきたけど、本当はきっと寂しい思いをさせてる」
「じゃ、早く終わらせないとですね」
「そうだな」
陽向には先生から聞いた予言を敢えて話さないことにした。
成功するなも分からないことで希望をもたせたくないし、できればこのまま異界への階段とは関わらずに解決したかったが、そういうわけにもいかないらしい。
「先輩、そろそろです」
しばらく資料整理をしていると、時計はいつの間にか午前4時10分をまわっていた。
「ここで何も書いてない上に名前を書くんですよね?」
「うん。それを持って階段を1段ずつ踏みしめるように歩く」
『…詩乃先輩、聞こえますか?』
「桜良も来てたのか」
『私も話していいですか?』
「勿論だ。おかしいところが有ればすぐおしえてくれ」
ラジオ越しに聞こえる声に少しほっとしつつ、噂にあった方法を試してみる。
次に目を開けたとき、目の前には星空のようなパーカーを着た見知らぬ少年が立っていた。
《…あれ?今日もお客さん?》
「今日もってことは、私たち以外にも来たことがあるのか?」
《お願い叶えたいって人なら来たよ。おかしいな、俺のことをそんなに沢山の人が認識してるはずないのに》
「表の世界で噂が広がってる。数年前にも流行ったらしいな」
《そんなこともあったね。人間って本当に…》
黙って立っている陽向を見つめ、パーカーの少年は笑った。
《君、またここに来ちゃったの?》
「えっと…俺、やっぱりここに来たことあるの?」
陽向が何も話さないのは何か作戦があるからだと思っていた。
そういうわけではなく、単純に不思議がっていたのだ。
「覚えがあるのか?」
「知らないはずなんですけどね…疲れてるのかな」
《桜良ちゃんは元気?》
その一言で、場が一気に凍りつく。
「…なんで桜良のことを知ってるの?」
《お願いされたことがあるからだよ。桜良ちゃんは、君を──》
『話してはいけない約束だったはずでしょう』
ラジオからの声にパーカー少年は嬉しそうに微笑む。
《桜良ちゃんだ!約束、ちゃんと守ってくれてたんだね》
「桜良、どういうこと?」
陽向の問いかけにラジオから声が聞こえなくなった。
桜良にも何か話せない事情があるのだろう。
先生の予知日記は、残念ながら見事命中したようだ。
「桜良が話せないのは、それが願いの代償だからじゃないか?」
『それは…』
「答えなくていい。話して陽向を傷つけたくないんだろう?」
「どういうことですか?」
「ただ願いを叶えてくれるなんて招福の噂なら、もっと目立つ場所にいるんじゃないか?
そうじゃないから人目につかない場所が選ばれてる…私はそう思った。違うか?」
《お姉さん、鋭いね。それと…桜良ちゃん、もう話していいよ。約束を破ったら陽向君が死んじゃう呪い、解いてあげる。
約束を守らない人は嫌いだけど、桜良ちゃんは3年以上ずっと守ってくれたみたいだしね》
『…本当に話していいのね?』
《勿論!俺、嘘吐きは嫌いだから!…で、本当なら君たちのお願いを叶えてからここを出さないといけないんだけど、噂のことを教えてくれたから出してあげる!
暴走しないように気をつけるよ。最近人の出入りが多くてうんざりしてたしね》
「ちょっと待て、話はまだ──」
周囲がかっと明るくなり、思わず目を閉じる。
気づいたときには階段に立っていた。
「陽向、」
「何も言わないでください」
「分かった」
「俺が死ななくなった理由、桜良は知ってるんだね」
『…ごめんなさい』
「これから放送室に行くから、もう隠さずに教えてほしいんだ。俺が忘れているであろうことも含めて、ね」
陽向の目は悲しみを帯びている。
今回は戦わずにすんだものの、あのパーカー少年とはまた会うことになりそうだ。
「先輩、お願いがあるんです」
動揺する心を抑えるように、陽向は悲しげに微笑みはっきり言った。
「これからついてきてもらえませんか?」
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