夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第8章『ローレライの告白-異界への階段・壱-』

第53話

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「おはよう」
「おはようございます!」
新学期早々、私は監査部員全員を召集した。
「みんなには悪いけど、早速仕事だ。…体育祭と学園祭での見回りの要請がきた。
毎年のことで申し訳ないけど、振り分けを決めたい。定時制や通信制の生徒にも話は伝えておく」
全員の希望を叶えるのは難しいだろうけど、ちゃんと話を聞いておきたい。
…そして、やることがもうひとつある。
「先輩、早速で申し訳ないんですけど…」
「ああ。分かってる」
他のメンバーが出ていった後、ふたりの空間で陽向の声が響く。
「異界階段の噂って知ってますか?」
「私も同じことを訊こうと思っていた」
【旧校舎の3階から屋上へと続く階段で午前4時18分にある手順を踏むと異界への扉が開かれるらしい】
「異界って、剣と魔法の世界とかなんですかね?ちょっと興味あります」
「幸福に満ちた世界とは限らないだろ。…彼の世付近かもしれない。
それに、元の世界に還れるとは限らないだろ?」
この手の噂は戻ってきた人間がいない可能性が高いが、それでも興味本位で試す輩が現れてしまう。
そのうえ、噂というものは面白半分で広められやすい。
「どうします?」
「…まあ、やるしかないんだろうな」
この状況には苦笑するしかない。
もう少し陽向を休ませてやりたかったのに、残念ながら夜仕事の方はそうもいかないようだ。
「桜良にも声かけていいですか?」
「それは勿論。仕事をひとつ頼みたいと思っていたところだったから、昼休みに放送室へ行くよ」
「了解しました!伝えておきますね」
流石に始業式は出ておかないとまずい。
約束どおり、昼休みの時間になってから放送室を訪ねた。
「俺はこっちの方が好きかな。桜良は?」
「…こっちの方がアイスティーを作るうえではいい」
なにやらお茶の相談をしているらしく、とても入れる雰囲気ではない。
一旦出ようとノブを回すと、桜良がこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、詩乃先輩。何かお仕事があるという話は陽向から聞きました」
「もし嫌じゃなければ、定時制と通信制の合同体育祭の放送係を引き受けてほしい」
全日制の放送係を断ったことは知っている。
体質が故なのか、他に事情があるのか…私には分からない。
「全日制より人が少ないから、万年人手不足なんだ。
桜良より上手なアナウンスができる知り合いなんていないし、当日は私も陽向も手伝いに行く予定になってる」
「…少し、考えさせてください」
「分かった」
なんだか表情が曇った気がするけど気のせいだろうか。
「俺、お茶淹れてきますね」
何かを察知したのか陽向がその場を離れる。
桜良は苦しげに微笑みながら小さく呟いた。
「…私には、そんな幸せを謳歌する権利なんてありませんから」
「どうしてそう思ってるんだ?」
「…ごめんなさい。言えません」
「そうか。けど、私個人としては、何かを悔いたり誰かの力になりたいって考える人に幸せが訪れてほしいって思うよ」
「え…」
「お茶、お待たせしました!」
「ああ。ありがとう」
いつもよりきんきんに冷えたそれを飲み終え、監査室に向かう。
すると、そこでは先生が深刻そうな表情で座りこんでいた。
「何か問題でもあったのか?」
「俺だけでは意味を理解できないから、どう解釈するのか教えてほしい」
先生が開いた日記の頁には、赤黒い文字で一言だけ書かれている。
【不死身の秘密を知ることになる】
「これ、陽向のことだよな」
「岡副以外に不死身の知り合いはいない」
本人でさえ知らないことを知ることになる?
意味が分からず首を傾げていると、先生は更に不穏なことを言い出した。
「異界への階段の噂が形を変えはじめている。…昔もあったんだ。
あの場所には、願いを叶えてくれる存在がいるって内容のものが」
「そこで願うってことか?」
「岡副に限ってそれはなさそうだが、念の為伝えておく」
「ありがとう先生」
今夜まさしくその噂について調査するつもりだった。
もし今の話を陽向が聞いていたら、やはり知りたいと願ってしまうのだろうか。
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