62 / 302
閑話『夏の過ごし方』
流山 瞬の場合
しおりを挟む
「これ、飲んで」
「え?」
「これに着替えたら校門前に集合」
「待って、僕はここから…」
「心配しなくていい」
いきなり言われて困惑したけど、指示に従って自宅を終える。
そうして数年ぶりに見た外の世界は、知らないことだらけになっていた。
「あんなお店、前はなかった」
「あそこは保護猫カフェ。里親探しをしながらその猫たちと触れ合える」
きらきらしていて入ってみたかったけど、そこまで先生の時間をとらせるわけにはいかない。
「行ってみるか?」
「え、いいの?」
「あの薬の効果は夜明けまでだ」
「そんなに効くんだ…」
せいぜい3時間が限界だと思っていたのに、僕が知らないところでそんなものを用意してくれていたなんて知らなかった。
「いらっしゃいま、せ」
詩乃ちゃんが固まっていたけど、思いきり手をふってみせる。
色々とやってもらってから猫さんの近くに座っていると、沢山の猫さんが近づいてきた。
「そんなに一気に来られても、おやつ持ってないよ…?」
「こうやって1匹だっこするともう少し落ち着くらしい」
最初から目が合っていた子を言われたとおりだっこしてみると、たしかに周りから猫さんが少し減った。
「先生、詳しいんだね」
「別に褒められるほど知識があるわけじゃない」
先生はそう言ってたけど、僕にとってはいつだってすごいんだ。
しばらくゆっくり過ごしてからお祭りをやっている場所まで連れていってくれた。
「好きなものをやってみればいい」
「え、でも、」
「俺はおまえがよければなんでもいい」
霊体だってお腹がすかないわけじゃないし、ましてや人間に紛れこむほどの何かを使っているわけだからお腹はぺこぺこだ。
たこ焼きにわたがし…どうして先生はこんなによくしてくれるんだろう。
「あ…」
「どうした?」
「僕、あれやりたい」
当たるかどうかなんて分からない。
それでも、何も返せないのは嫌だった。
「すみません、ふたり分お願いします」
そう話した先生は景品にコルク弾を仕込んだ銃を向ける。
「どれを狙う?」
「先生こそ、どれにするの?」
「特に決めてない」
まず1発、ぬいぐるみに当てた先生は楽しそうに笑っていた。
その後僕が撃った2発は狙っているものの隣に当たってしまう。
「箱を狙うならもう少し上に照準を合わせた方がいい。それから、ぶれないように両手で狙うこと」
「先生片手じゃん」
「慣れてるからな」
もう1発、どうしても当てたかった。
外れたかと思ったけど、真っ直ぐ箱に命中する。
「そんなにキャラメル好きだったか?」
先生は景品をひとまとめにしてくれたお兄さんから袋を受け取って、その中からキャラメルだけ渡してくれた。
「違うよ。今日のお礼」
「お礼?」
「先生、いつもキャラメル食べてたでしょ?だからこれは先生のだよ。ついでに他のもあげる」
お菓子しか置いていない列のものを狙ってよかった。
甘いものが大好きで、いつもポケットにキャラメルを入れていた先生に食べてほしかったんだ。
【疲れたときは甘いものだろ】
【教師がそんなこと言っていいの?】
【それもそうか…。じゃあ、おまえもこれで共犯な】
怪我をして保健室にいたあの日食べたキャラメルの味を、今でもずっと覚えている。
先生にとってはただの生徒との会話だったかもしれないけど、僕にとっては救いの言葉だった。
「授業中に食べるわけにはいかないし、ひとりでこんなには食べ切れない。
あと、授業中退屈ならこれでも持って待ってろ」
そう言って先生に渡されたのは、猫とくまの小さめなぬいぐるみだった。
「僕より詩乃ちゃんの方が喜ぶんじゃない?」
「おまえに持っててほしいんだ」
「…ありがとう」
「あと、キャラメルは持ち歩くが、残りのお菓子はふたりで食べればいい。…それで共犯な」
「…!うん!」
先生は覚えていてくれたのだろうか。
それとも、たまたま同じようなことを言ったのかな。
はっきりとは分からなかったけど、先生が楽しそうだからそれでいい。
「瞬」
「なに?」
「ほら」
手を差し出されてその手を迷わず握る。
先生のことを、もう疑ったりしない。
先生に迷惑をかけない程度に、一緒にいられるといいな。
「え?」
「これに着替えたら校門前に集合」
「待って、僕はここから…」
「心配しなくていい」
いきなり言われて困惑したけど、指示に従って自宅を終える。
そうして数年ぶりに見た外の世界は、知らないことだらけになっていた。
「あんなお店、前はなかった」
「あそこは保護猫カフェ。里親探しをしながらその猫たちと触れ合える」
きらきらしていて入ってみたかったけど、そこまで先生の時間をとらせるわけにはいかない。
「行ってみるか?」
「え、いいの?」
「あの薬の効果は夜明けまでだ」
「そんなに効くんだ…」
せいぜい3時間が限界だと思っていたのに、僕が知らないところでそんなものを用意してくれていたなんて知らなかった。
「いらっしゃいま、せ」
詩乃ちゃんが固まっていたけど、思いきり手をふってみせる。
色々とやってもらってから猫さんの近くに座っていると、沢山の猫さんが近づいてきた。
「そんなに一気に来られても、おやつ持ってないよ…?」
「こうやって1匹だっこするともう少し落ち着くらしい」
最初から目が合っていた子を言われたとおりだっこしてみると、たしかに周りから猫さんが少し減った。
「先生、詳しいんだね」
「別に褒められるほど知識があるわけじゃない」
先生はそう言ってたけど、僕にとってはいつだってすごいんだ。
しばらくゆっくり過ごしてからお祭りをやっている場所まで連れていってくれた。
「好きなものをやってみればいい」
「え、でも、」
「俺はおまえがよければなんでもいい」
霊体だってお腹がすかないわけじゃないし、ましてや人間に紛れこむほどの何かを使っているわけだからお腹はぺこぺこだ。
たこ焼きにわたがし…どうして先生はこんなによくしてくれるんだろう。
「あ…」
「どうした?」
「僕、あれやりたい」
当たるかどうかなんて分からない。
それでも、何も返せないのは嫌だった。
「すみません、ふたり分お願いします」
そう話した先生は景品にコルク弾を仕込んだ銃を向ける。
「どれを狙う?」
「先生こそ、どれにするの?」
「特に決めてない」
まず1発、ぬいぐるみに当てた先生は楽しそうに笑っていた。
その後僕が撃った2発は狙っているものの隣に当たってしまう。
「箱を狙うならもう少し上に照準を合わせた方がいい。それから、ぶれないように両手で狙うこと」
「先生片手じゃん」
「慣れてるからな」
もう1発、どうしても当てたかった。
外れたかと思ったけど、真っ直ぐ箱に命中する。
「そんなにキャラメル好きだったか?」
先生は景品をひとまとめにしてくれたお兄さんから袋を受け取って、その中からキャラメルだけ渡してくれた。
「違うよ。今日のお礼」
「お礼?」
「先生、いつもキャラメル食べてたでしょ?だからこれは先生のだよ。ついでに他のもあげる」
お菓子しか置いていない列のものを狙ってよかった。
甘いものが大好きで、いつもポケットにキャラメルを入れていた先生に食べてほしかったんだ。
【疲れたときは甘いものだろ】
【教師がそんなこと言っていいの?】
【それもそうか…。じゃあ、おまえもこれで共犯な】
怪我をして保健室にいたあの日食べたキャラメルの味を、今でもずっと覚えている。
先生にとってはただの生徒との会話だったかもしれないけど、僕にとっては救いの言葉だった。
「授業中に食べるわけにはいかないし、ひとりでこんなには食べ切れない。
あと、授業中退屈ならこれでも持って待ってろ」
そう言って先生に渡されたのは、猫とくまの小さめなぬいぐるみだった。
「僕より詩乃ちゃんの方が喜ぶんじゃない?」
「おまえに持っててほしいんだ」
「…ありがとう」
「あと、キャラメルは持ち歩くが、残りのお菓子はふたりで食べればいい。…それで共犯な」
「…!うん!」
先生は覚えていてくれたのだろうか。
それとも、たまたま同じようなことを言ったのかな。
はっきりとは分からなかったけど、先生が楽しそうだからそれでいい。
「瞬」
「なに?」
「ほら」
手を差し出されてその手を迷わず握る。
先生のことを、もう疑ったりしない。
先生に迷惑をかけない程度に、一緒にいられるといいな。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる