夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
61 / 302
閑話『夏の過ごし方』

岡副 陽向の場合

しおりを挟む
この日をどんなに待ちわびたことか。
待ち合わせ場所には一輪の花が佇んでいる。
「桜良、お待た…」
浴衣姿の恋人が絡まれているのを確認して真っ直ぐ駆け寄ると、首を傾げたままこちらを見ていた、
「私、また無意識にやったのかもしれない」
相手はショックで気絶しているらしく、ぴくりとも動かない。
念の為脈を確認すると、とくんとくんと動いていた。
「生きてるから大丈夫。歩ける?」
「…ええ」
その場を離れようとしたけど、その場に何人かチャラそうな奴等が現れた。
「その子に用があるんだよ」
「悪いけど、俺の恋人に手を出さないでほしいな。…怒ったら止まれないから」
桜良を背中に隠し、両腕を構える。
相手は鉄パイプを持ってるのが何人がいるみたいだけど、そんなことは別に気にする必要もないだろう。
「待ってて。1分で済ませるから」
1分後、宣言どおり全員を拳で沈めて桜良の方を振り返る。
何故か浮かない表情をしている彼女の頭を撫でた。
「…ごめんなさい。気をつけるべきだった」
「いやいや、絡んできた方が悪いんだから謝る必要ないよ。
それに、俺をこの見た目だからって舐めてかかった相手の自業自得だから」
ちゃらちゃらした見た目だから弱く見られがちだけど、こっちは人間じゃないものの相手をしているんだからそんなに弱いはずがない。
「怪我してない?」
「してない」
「それならよかった。どこか行きたい場所ある?」
「…りんご飴が食べたい。あと、輪投げはやってみたい」
「じゃあそれで決まり!ほら、手繋いでないとはぐれるよ」
草履は多分動きづらいだろうから、こうやって支えになった方がいい。
「大丈夫?」
「…うん」
桜良はあんまり人混みが得意じゃない。
賑やかなのが好きなわけでもないし、早く買い物を済ませて定位置へ連れて行きたかった。
「あ…」
輪投げが飛んだ位置から桜良がほしいものを予想して、店員さんに声をかける。
「すみません、1回お願いします」
狙いを定めて投げて3つとも景品にはめた。
「はい、どうぞ!」
「どうして…」
「俺が欲しかったのはシガレットだけだから」
驚いている店主を横目に桜良の手をとって歩き出す。
小さく呟かれたありがとうに胸がきゅんきゅんした。
「やっぱりこの位置からが1番見えるね」
「毎年変わらないからいい」
変わることが怖いのか、変わらなくてもいいものがあるということか。
その言葉の真意は分からなかったけど、腕を掴まれているということは嫌がられていないということだ。
「綺麗…」
「桜良の方が綺麗だけどね」
「どうしてそんなちゃらちゃらしたことを言うの?」
「別にそんなつもりじゃ…」
ああ、なんだ。照れているのか。
「もう少し歩ける?」
「大丈夫」
「…ちょっと失礼」
念の為足元を確認すると、足首が赤く腫れていた。
「い、いきなり何を、」
「捲ったことは謝るよ。けど、この怪我いつから我慢してたの?」
「それは…」
もごもごしている桜良をだっこして連れて行くと、何故か周りから視線が集まった。
面倒なことになる前に帰りたい。
「到着」
「ご家族には挨拶しなくてよかったの?」
「あの人たちは俺が顔をだすと不快みたいだし、桜良とふたりきりの時間を大事にしたいからいい。
この部屋で寝泊まりした方が楽しいからね」
湿布等を用意しながら桜良の質問に答えていると、後ろから弱い力で抱きしめられる。
「今日はやけに積極的だね」
「それは…」
「ごめん、嘘。元気づけようとしてくれてありがとう。俺、やっぱり桜良のこと愛してる」
体の向きを変えて恋人を抱きしめかえす。
柔らかい唇に軽くキスをして、そのままソファーに座らせた。
「てことで、足の処置が終わったらお茶会しようよ!いい茶葉手に入ったし、お菓子も焼き放題。どう?」
「…分かってて言ってるでしょ?」
さっきぬいぐるみを渡したときから気づいていた。
およそ3泊分の着替えが入ったリュックを隣の部屋に置いて、すぐに応急処置をすませる。
ふたりきりのお茶会は、花火が終わってからも続いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

もう一度あなたに会うために

秋風 爽籟
ライト文芸
2024年。再婚したあの人と暮らす生活はすごく幸せだった…。それなのに突然過去に戻ってしまった私は、もう一度あの人に会うために、忠実に人生をやり直すと決めた… 他サイトにも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

ろくさよ短編集

sayoko
ライト文芸
ろくさよの短編集でーす。百合だったり、ラブコメだったり色々ごちゃ混ぜ。お暇な時にでもどうぞ。

その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介
ライト文芸
血の繋がらない3人が様々な困難を乗り越え、家族としての絆を紡いだ本編【愛すべき不思議な家族】の続編となります。【小説家になろうで200万PV】 ひとつの家族となった3人に、引き続き様々な出来事や苦悩、幸せな日常が訪れ、それらを経て、より確かな家族へと至っていく過程を書いています。 少女が大人になり、大人も年齢を重ね、世代を交代していく中で変わっていくもの、変わらないものを見ていただければと思います。 ※この作品は小説家になろう及び他のサイトとの重複投稿作品です。

格上の言うことには、従わなければならないのですか? でしたら、わたしの言うことに従っていただきましょう

柚木ゆず
恋愛
「アルマ・レンザ―、光栄に思え。次期侯爵様は、お前をいたく気に入っているんだ。大人しく僕のものになれ。いいな?」  最初は柔らかな物腰で交際を提案されていた、リエズン侯爵家の嫡男・バチスタ様。ですがご自身の思い通りにならないと分かるや、その態度は一変しました。  ……そうなのですね。格下は格上の命令に従わないといけない、そんなルールがあると仰るのですね。  分かりました。  ではそのルールに則り、わたしの命令に従っていただきましょう。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

長編「地球の子」

るりさん
ライト文芸
高橋輝(たかはしあきら)、十七歳、森高町子(もりたかまちこ)、十七歳。同じ学校でも顔を合わせたことのなかった二人が出会うことで、変わっていく二人の生活。英国への留学、各国への訪問、シリンという不思議な人間たちとの出会い、そして、輝や町子の家族や友人たちのこと。英国で過ごすクリスマスやイースター。問題も多いけど楽しい毎日を過ごしています。

処理中です...