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閑話『夏の過ごし方』
折原 詩乃の場合
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「お姉ちゃん」
「どうした?」
「今年のお祭り、紗和ちゃんと美和ちゃんちゃんと行ってもいい?」
毎年お姉ちゃんと回ると話していた子が、友人と行きたいと話している。
子どもというのは成長するのが早い。
「いいけど、あんまり遅くならないようにな。それから、何かあったときは必ず連絡すること」
「お姉ちゃんはどうするの?」
「屋台は見に行くかもな。あとは花火とか…」
「分かった。絶対連絡する」
何故そんなことを訊いてきたのか分からないが、楽しそうにしている穂乃を追及するようなことはできない。
楽しんでこられるように祈る以外にできることはなかった。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
穂乃を見送った後、すぐに身支度を整えバイト先に向かう。
今日は2時間だけ猫カフェのシフトを入れた。
祭りの日は人手不足になりがちなので助かると言ってもらえたし、猫たちに癒やされるのは嬉しい。
「いらっしゃいませ。2名様で…」
そこで言葉を止めたのは、来店したのが顔見知りだったからだ。
「もう完成させたのか」
「…まあ、一応な」
先生に手をひかれて瞬は楽しそうにしている。
「瞬の分の代金は私が学割と職員割で払っておくから、そのまま楽しんでいってくれ」
「ありがとう詩乃ちゃん」
先生の背が高いのもあって、ふたりは年の離れた兄弟のように見える。
それにしても、こんな短期間で人間になれる薬を完成させるとは思わなかった。
「あのふたり、微笑ましいわね…」
「そうですね」
店長にもそう見えるということは、やっぱり完成したんだろう。
しばらく店員として接した後、シフトが終わる時間になる。
「お疲れ様でした」
店を出て出店に向かうと、また見知った顔があった。
「桜良、何食べたい?」
「…りんご飴。あと、輪投げをやりたい」
「了解!」
「陽向は何かないの?」
「俺?そうだな…」
浴衣姿の桜良は綺麗で、つい遠くから視線を送ってしまった。
ただ、ここで話しかければ邪魔になってしまう。
あえて近づかず遠回りしてりんご飴を買いに行った。
それから型抜きをして財布の中身を増やし、ひとりいつもの神社へ向かう。
「…今年も来たよ」
誰に言うでもなく呟いたその言葉は空に吸いこまれていった。
「美和、紗和」
「お母さん!仕事で来られないんじゃなかったの?」
「今日はお祭りだから早く終わらせてきちゃった。…こんばんは。あなたはふたりのお友だち?」
「あ、あの、えっと、」
近くで聞こえた声は間違いなく穂乃のもので、私は素早く駆け寄った。
「山本さん、こんばんは」
「あら、詩乃ちゃん」
「その子は私の妹です。いつも娘さんたちに仲良くしていただいています」
「こんな偶然あるのね…」
子どもたちはよく分からないといった様子で首を傾げていたので、その場でしゃがんで話しかけてみる。
「久しぶり。美和も紗和も元気そうでよかった」
「お姉さん、この前はご飯美味しかったよ!」
「温かいご飯と綺麗なお部屋をありがとう」
美和紗和とはお泊まり会をするほどの仲だが、相手の親御さんは仕事が忙しいということでなかなか会えなかった。
「まさか山本さんだとは予想外でした」
「私も詩乃ちゃんが料理上手のお姉さんだとは思ってなかったわ。いつもありがとう」
「いえ。困ったときはお互い様ですから」
旦那さんの死別したシングルマザーという情報しかなかったが、まさか花屋での取引相手だとは思ってなかった。
「また今度話しましょう。もし何かあったらここに連絡して」
「ありがとうございます」
仕事用だからともらった名刺に書かれていたものとは別の番号だったが、今は穂乃を引き取った方がいいだろう。
それを察知したのか、私の手を強引に握りこむ。
「お迎えお願いしたの忘れてた!またね、ふたりとも」
「「またね」」
ふたりの背中を見送り、今度は私が穂乃の手を引いて歩く。
「ふたりのお母さんのこと、なんで知ってたの?」
「お母さんだってことはさっき初めて知った。花屋さんによく来てくれる人なんだ」
「そうなんだ…」
そんな話をしていると、空に大輪の花が咲く。
「わあ…!」
「やっぱりいいな、こういうの」
「うん!」
どんなに忙しくても、ここでふたりで花火を見る…気づいたときには毎年恒例になっていた。
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「ありがとう」
「それはこっちの台詞だ」
穂乃を寂しがらせずにすんでよかった。
そのことに安堵してふたつ買っておいたりんご飴をふたりで食べる。
咲いては散る姿を鑑賞しつつ、どんなことをしたのか沢山話を聞かせてもらって楽しんだ。
「どうした?」
「今年のお祭り、紗和ちゃんと美和ちゃんちゃんと行ってもいい?」
毎年お姉ちゃんと回ると話していた子が、友人と行きたいと話している。
子どもというのは成長するのが早い。
「いいけど、あんまり遅くならないようにな。それから、何かあったときは必ず連絡すること」
「お姉ちゃんはどうするの?」
「屋台は見に行くかもな。あとは花火とか…」
「分かった。絶対連絡する」
何故そんなことを訊いてきたのか分からないが、楽しそうにしている穂乃を追及するようなことはできない。
楽しんでこられるように祈る以外にできることはなかった。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
穂乃を見送った後、すぐに身支度を整えバイト先に向かう。
今日は2時間だけ猫カフェのシフトを入れた。
祭りの日は人手不足になりがちなので助かると言ってもらえたし、猫たちに癒やされるのは嬉しい。
「いらっしゃいませ。2名様で…」
そこで言葉を止めたのは、来店したのが顔見知りだったからだ。
「もう完成させたのか」
「…まあ、一応な」
先生に手をひかれて瞬は楽しそうにしている。
「瞬の分の代金は私が学割と職員割で払っておくから、そのまま楽しんでいってくれ」
「ありがとう詩乃ちゃん」
先生の背が高いのもあって、ふたりは年の離れた兄弟のように見える。
それにしても、こんな短期間で人間になれる薬を完成させるとは思わなかった。
「あのふたり、微笑ましいわね…」
「そうですね」
店長にもそう見えるということは、やっぱり完成したんだろう。
しばらく店員として接した後、シフトが終わる時間になる。
「お疲れ様でした」
店を出て出店に向かうと、また見知った顔があった。
「桜良、何食べたい?」
「…りんご飴。あと、輪投げをやりたい」
「了解!」
「陽向は何かないの?」
「俺?そうだな…」
浴衣姿の桜良は綺麗で、つい遠くから視線を送ってしまった。
ただ、ここで話しかければ邪魔になってしまう。
あえて近づかず遠回りしてりんご飴を買いに行った。
それから型抜きをして財布の中身を増やし、ひとりいつもの神社へ向かう。
「…今年も来たよ」
誰に言うでもなく呟いたその言葉は空に吸いこまれていった。
「美和、紗和」
「お母さん!仕事で来られないんじゃなかったの?」
「今日はお祭りだから早く終わらせてきちゃった。…こんばんは。あなたはふたりのお友だち?」
「あ、あの、えっと、」
近くで聞こえた声は間違いなく穂乃のもので、私は素早く駆け寄った。
「山本さん、こんばんは」
「あら、詩乃ちゃん」
「その子は私の妹です。いつも娘さんたちに仲良くしていただいています」
「こんな偶然あるのね…」
子どもたちはよく分からないといった様子で首を傾げていたので、その場でしゃがんで話しかけてみる。
「久しぶり。美和も紗和も元気そうでよかった」
「お姉さん、この前はご飯美味しかったよ!」
「温かいご飯と綺麗なお部屋をありがとう」
美和紗和とはお泊まり会をするほどの仲だが、相手の親御さんは仕事が忙しいということでなかなか会えなかった。
「まさか山本さんだとは予想外でした」
「私も詩乃ちゃんが料理上手のお姉さんだとは思ってなかったわ。いつもありがとう」
「いえ。困ったときはお互い様ですから」
旦那さんの死別したシングルマザーという情報しかなかったが、まさか花屋での取引相手だとは思ってなかった。
「また今度話しましょう。もし何かあったらここに連絡して」
「ありがとうございます」
仕事用だからともらった名刺に書かれていたものとは別の番号だったが、今は穂乃を引き取った方がいいだろう。
それを察知したのか、私の手を強引に握りこむ。
「お迎えお願いしたの忘れてた!またね、ふたりとも」
「「またね」」
ふたりの背中を見送り、今度は私が穂乃の手を引いて歩く。
「ふたりのお母さんのこと、なんで知ってたの?」
「お母さんだってことはさっき初めて知った。花屋さんによく来てくれる人なんだ」
「そうなんだ…」
そんな話をしていると、空に大輪の花が咲く。
「わあ…!」
「やっぱりいいな、こういうの」
「うん!」
どんなに忙しくても、ここでふたりで花火を見る…気づいたときには毎年恒例になっていた。
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「ありがとう」
「それはこっちの台詞だ」
穂乃を寂しがらせずにすんでよかった。
そのことに安堵してふたつ買っておいたりんご飴をふたりで食べる。
咲いては散る姿を鑑賞しつつ、どんなことをしたのか沢山話を聞かせてもらって楽しんだ。
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