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第7章『夜回りと百物語』
第52話
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私の炎は一歩間違えれば人間の精神をも喰らってしまう。
先生の糸は繊細でずっと出し続けるのは苦しそうだ。
「…あとどれくらいいけそうだ?」
「火炎刃を1回出すくらいはどうにかなる。先生の方こそ平気か?かなり妖力なりを削ってるんじゃ…」
「そこまでじゃない。使い慣れてるんだ」
「それに、怪我してるだろ?」
先日の透明人間騒ぎで瞬の包丁を止めたときの傷が治りきっていないはずだ。
先生は苦笑していたけど、やっぱり本調子ではないらしい。
「鏡、持ってるか?」
「やっぱりそれしかないか。桜良に用意してもらったものだからもう少し取っておきたかったけど、そんなこと言ってられないよな」
鏡を取り出すと、先生は糸に微細な振動をくわえはじめた。
「折原はそれであの生徒を照らせ。剥がれたところをこれで限界まで引き止める。それからすぐ火矢を放て」
「それ、先生ごと攻撃を受けないか?」
「そうはならない。手先は割りと器用らしいからな」
作戦がなければそんなふうに話したりしない。
今は先生を信じてやってみよう。
「私が喰われる前に止めてくれ」
「勿論だ」
わざと大きな音をたてながら歩くと、相手はぎょろりと私に目を向けた。
《あ…オイシイ?》
「そうかもな」
ばっと鏡を向けた瞬間、男子生徒の体から黒い煙が溢れ出す。
《イヤダ、このからダ、居心地イイのニ!》
「人のものは返さないと駄目だろ?」
ひたすら鏡で照らしつけていると糸が鋭く光り、そのまま相手をしっかり拘束した。
《マダ、戦エル…》
糸を引きちぎろうと暴れまわっているが、先生がそう簡単に離すはずもなく膠着状態だ。
「大丈夫だ。放て」
まだ迷っているのを悟られたのか、先生は真っ直ぐ言葉を届けてくれた。
矢に一気に力を集中させ、思いきり撃ちこむ。
先生の糸が轟々と音ひとつたてず燃えながら、ひとつの武器になったように相手を炎で包んだ。
完全に灰になって消えたのを確認してから男子生徒に近づく。
ただ眠っているらしいその姿に安堵した。
「大丈夫、ちゃんと生きてる」
「これでなんとか終わったみたいだな」
「先生、いつからあんなふうに炎を操れるようになったんだ?」
「だいぶ前から」
けろりと答える先生にただ驚くことしかできない。
「嘘だよ。いっぱい練習してた」
「いつからそこに…」
「だいぶ前から」
先生の前に立った瞬は、にやにやしながら私の方を向いた。
「いつかきっと自分だけじゃどうにもできないことが出てくる、そうなったときに協力できる体制を整えようって…妖術の炎で練習してたよ」
「そうだったのか…」
全然知らなかった話を聞いていると、先生は顔を赤くして俯いてしまった。
「瞬も手伝ったのか?」
「僕は捕まる役。ひたすら逃げておいかけっこしたんだ」
「最後はどうなった?」
「捕まって先生に抱きしめられた」
嬉しそうにそう話す瞬の口を先生が覆う。
「それ以上話したらもうお菓子を持っていかない」
「ははった、ははったはら…」
それからも分かったと言い続ける瞬にちょこちょこお仕置きをくわえる先生が可愛らしい。
くすぐったそうに笑う瞬の声がいつまでもこだましていた。
「…報告は以上だ」
『なんですかそれ、すごい楽しそうじゃないですか』
「まあ、楽しかったな」
念の為陽向に報告すると、少し口を尖らせてお茶を飲む。
「桜良との休みは満喫できそうか?」
『今だって満喫してますよ。…ほら!』
画面に現れた桜良は少し困った顔をしている。
「困らせたら駄目だろ。なんだか久しぶりな気がするな、桜良」
『えっと…こんばんは』
「そんなに緊張しなくていい。少し話そう」
『あの…百物語について聞きたいです』
「勿論」
生徒の名前は出せないが、少し話すくらいなら問題ないだろう。
定時制の生徒たちが帰路につく声を聞きながら、保健室で今夜の出来事を話す。
こんな話をする相手がいるのは楽しい。
時間を忘れるほど話をして、真夏の夜を楽しんだ。
先生の糸は繊細でずっと出し続けるのは苦しそうだ。
「…あとどれくらいいけそうだ?」
「火炎刃を1回出すくらいはどうにかなる。先生の方こそ平気か?かなり妖力なりを削ってるんじゃ…」
「そこまでじゃない。使い慣れてるんだ」
「それに、怪我してるだろ?」
先日の透明人間騒ぎで瞬の包丁を止めたときの傷が治りきっていないはずだ。
先生は苦笑していたけど、やっぱり本調子ではないらしい。
「鏡、持ってるか?」
「やっぱりそれしかないか。桜良に用意してもらったものだからもう少し取っておきたかったけど、そんなこと言ってられないよな」
鏡を取り出すと、先生は糸に微細な振動をくわえはじめた。
「折原はそれであの生徒を照らせ。剥がれたところをこれで限界まで引き止める。それからすぐ火矢を放て」
「それ、先生ごと攻撃を受けないか?」
「そうはならない。手先は割りと器用らしいからな」
作戦がなければそんなふうに話したりしない。
今は先生を信じてやってみよう。
「私が喰われる前に止めてくれ」
「勿論だ」
わざと大きな音をたてながら歩くと、相手はぎょろりと私に目を向けた。
《あ…オイシイ?》
「そうかもな」
ばっと鏡を向けた瞬間、男子生徒の体から黒い煙が溢れ出す。
《イヤダ、このからダ、居心地イイのニ!》
「人のものは返さないと駄目だろ?」
ひたすら鏡で照らしつけていると糸が鋭く光り、そのまま相手をしっかり拘束した。
《マダ、戦エル…》
糸を引きちぎろうと暴れまわっているが、先生がそう簡単に離すはずもなく膠着状態だ。
「大丈夫だ。放て」
まだ迷っているのを悟られたのか、先生は真っ直ぐ言葉を届けてくれた。
矢に一気に力を集中させ、思いきり撃ちこむ。
先生の糸が轟々と音ひとつたてず燃えながら、ひとつの武器になったように相手を炎で包んだ。
完全に灰になって消えたのを確認してから男子生徒に近づく。
ただ眠っているらしいその姿に安堵した。
「大丈夫、ちゃんと生きてる」
「これでなんとか終わったみたいだな」
「先生、いつからあんなふうに炎を操れるようになったんだ?」
「だいぶ前から」
けろりと答える先生にただ驚くことしかできない。
「嘘だよ。いっぱい練習してた」
「いつからそこに…」
「だいぶ前から」
先生の前に立った瞬は、にやにやしながら私の方を向いた。
「いつかきっと自分だけじゃどうにもできないことが出てくる、そうなったときに協力できる体制を整えようって…妖術の炎で練習してたよ」
「そうだったのか…」
全然知らなかった話を聞いていると、先生は顔を赤くして俯いてしまった。
「瞬も手伝ったのか?」
「僕は捕まる役。ひたすら逃げておいかけっこしたんだ」
「最後はどうなった?」
「捕まって先生に抱きしめられた」
嬉しそうにそう話す瞬の口を先生が覆う。
「それ以上話したらもうお菓子を持っていかない」
「ははった、ははったはら…」
それからも分かったと言い続ける瞬にちょこちょこお仕置きをくわえる先生が可愛らしい。
くすぐったそうに笑う瞬の声がいつまでもこだましていた。
「…報告は以上だ」
『なんですかそれ、すごい楽しそうじゃないですか』
「まあ、楽しかったな」
念の為陽向に報告すると、少し口を尖らせてお茶を飲む。
「桜良との休みは満喫できそうか?」
『今だって満喫してますよ。…ほら!』
画面に現れた桜良は少し困った顔をしている。
「困らせたら駄目だろ。なんだか久しぶりな気がするな、桜良」
『えっと…こんばんは』
「そんなに緊張しなくていい。少し話そう」
『あの…百物語について聞きたいです』
「勿論」
生徒の名前は出せないが、少し話すくらいなら問題ないだろう。
定時制の生徒たちが帰路につく声を聞きながら、保健室で今夜の出来事を話す。
こんな話をする相手がいるのは楽しい。
時間を忘れるほど話をして、真夏の夜を楽しんだ。
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