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第7章『夜回りと百物語』
第51話
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百物語を終えたとき、何かが起こるらしい…そんな噂はきっとどこにでもある。
だが、何の変哲もない話でもこの町では少し違った意味を持ってしまうのだ。
「先生、どっちだと思う?」
「糸が絡まった先は廊下を左に曲がったところ。だが、もうひとりの気配は反対側から感じる」
「私もそっちの気配は感じてる。手分けした方がいいかな?」
「いや、ここでばらばらに相手する方が厄介だ。俺から離れるな」
「分かった」
先生は硬い表情で廊下を右側に曲がる。
相手の弱点が分かっているなら、向こうから片づけた方がいいのかもしれない。
《美味シイ、美味シイナ…》
「あれ、なんだと思う?」
少し離れた場所で話しても気づかないほど、相手は貪り喰うのに集中している。
人間だったらどうしようと不安に思っていたが、先生が落ち着いた声で呟いた。
「あれは鶏肉だ。少なくとも人間じゃない」
「そうか。よかった」
「人間だったらもっと気配が濃くないとおかしい」
「長年生きているとそんなことも分かるようになるのか…」
「できれば知りたくないけどな」
先生は苦笑しながら眼鏡を整えている。
「そういえば、どうして先生は普段眼鏡をかけていないんだ?」
「この眼鏡は普通のそれとは違う。…いや、視力を良くするという意味では同じか。
…この眼鏡によって俺の本当の視力を開放できるようにしてあると言ったら、信じてくれるか?」
普通であればそんなことはあり得ないと笑い飛ばすんだろう。
けど、先生が真面目な顔をして話してくれたってことはそれが事実なんだ。…どんなにあり得ないことだとしても。
「信じるよ。目が良すぎて生徒の前でうっかり何か起こると大変だからだろ?」
目が合っただけで襲ってくる妖もいる。
先生はきっとそういう存在とも日々戦っているのだろう。
「随分長い食事だな」
「そうだな。…今のうちに弓の準備をしておくよ」
隙がない相手と戦うのだから、こちらも万全を期して臨みたい。
でなければ、喰われるのは私たちの方になる。
「折原」
「なに?」
「おまえはここから攻撃しろ」
「先生、何を──」
周りに糸を撒き散らしながら真っ直ぐ歩く先生には迷いがなかった。
《美味シイ、見つケタ!》
襲いかかってくる相手の攻撃をひたすら避け続け、周囲に張り巡らせた糸を一気に引っ張る。
すると、相手の体はみるみるうちに持ち上がり、天井からぶら下げられた状態になった。
「…まずはチェックだ」
《くそ、ナンで…力、モット、力…》
擦り切れたレコードのように同じ言葉を繰り返すそれに矢じりを向ける。
「これでチェックメイトだ」
いつものように放った矢は、真っ直ぐ相手の体に突き刺さる。
咆哮が聞こえるなか、妖が離れた直後に倒れた男子生徒の手首を握った。
「よかった、ちゃんと生きてる」
「見事だった」
「先生が止めておいてくれたおかげだよ。私ひとりじゃこんなに上手くいかなかった」
ひとりだったらきっと火炎刃を使わないと勝てなかった。
そうすればきっと倒れてしまうから、また色々な人に心配をかけてしまう。
「歩きながら話そう」
「そうだな」
教室を出て来た道を戻っていると、先生の声が耳に届いた。
「折原」
「なに?」
「独りで抱えこもうとするな。おまえはひとりじゃないんだから」
「…ありがとう」
その一言で、夜仕事に関しては仲間ができたと自覚した。
絶対にひとりでなんとかしなければならない問題はあのことだけで、妖ものについてはもう独りじゃない。
「もし生活についても困りごとがあるなら、」
「母の遺族年金、ほとんど貯蓄に回してるから大丈夫。生活苦ってこともないし、バイトは好きだから何個か掛け持ちしてるだけ。
穂乃…妹に寂しい思いをさせないようにしたいから、休みに入ってもシフトはほとんど増やしてない」
「…そうか」
なんだか私ばかり答えている気がして、少し意地悪な質問をしてみることにした。
「先生は瞬と楽しくやってるのか?」
「まあ、それなりには」
「やっぱり大切なんだな」
「そうだな。瞬…流山は時々危なっかしくて目を離せない。
あいつが星以外で好きなものがあるのかさえ知らないから、接し方もこれでいいのか分からない。まだ模索中だ」
先生と星を眺める瞬は楽しそうだった。
先生は知らないかもしれないけど、それだけは分かる。
「もう少し話していたかったが、どうやらここまでらしい」
奥深くまで入りこまれてしまっているのか、ぶつぶつ話し続けている男子生徒は生気を失った虚ろな瞳で天井を見上げていた
「…どうしようか」
だが、何の変哲もない話でもこの町では少し違った意味を持ってしまうのだ。
「先生、どっちだと思う?」
「糸が絡まった先は廊下を左に曲がったところ。だが、もうひとりの気配は反対側から感じる」
「私もそっちの気配は感じてる。手分けした方がいいかな?」
「いや、ここでばらばらに相手する方が厄介だ。俺から離れるな」
「分かった」
先生は硬い表情で廊下を右側に曲がる。
相手の弱点が分かっているなら、向こうから片づけた方がいいのかもしれない。
《美味シイ、美味シイナ…》
「あれ、なんだと思う?」
少し離れた場所で話しても気づかないほど、相手は貪り喰うのに集中している。
人間だったらどうしようと不安に思っていたが、先生が落ち着いた声で呟いた。
「あれは鶏肉だ。少なくとも人間じゃない」
「そうか。よかった」
「人間だったらもっと気配が濃くないとおかしい」
「長年生きているとそんなことも分かるようになるのか…」
「できれば知りたくないけどな」
先生は苦笑しながら眼鏡を整えている。
「そういえば、どうして先生は普段眼鏡をかけていないんだ?」
「この眼鏡は普通のそれとは違う。…いや、視力を良くするという意味では同じか。
…この眼鏡によって俺の本当の視力を開放できるようにしてあると言ったら、信じてくれるか?」
普通であればそんなことはあり得ないと笑い飛ばすんだろう。
けど、先生が真面目な顔をして話してくれたってことはそれが事実なんだ。…どんなにあり得ないことだとしても。
「信じるよ。目が良すぎて生徒の前でうっかり何か起こると大変だからだろ?」
目が合っただけで襲ってくる妖もいる。
先生はきっとそういう存在とも日々戦っているのだろう。
「随分長い食事だな」
「そうだな。…今のうちに弓の準備をしておくよ」
隙がない相手と戦うのだから、こちらも万全を期して臨みたい。
でなければ、喰われるのは私たちの方になる。
「折原」
「なに?」
「おまえはここから攻撃しろ」
「先生、何を──」
周りに糸を撒き散らしながら真っ直ぐ歩く先生には迷いがなかった。
《美味シイ、見つケタ!》
襲いかかってくる相手の攻撃をひたすら避け続け、周囲に張り巡らせた糸を一気に引っ張る。
すると、相手の体はみるみるうちに持ち上がり、天井からぶら下げられた状態になった。
「…まずはチェックだ」
《くそ、ナンで…力、モット、力…》
擦り切れたレコードのように同じ言葉を繰り返すそれに矢じりを向ける。
「これでチェックメイトだ」
いつものように放った矢は、真っ直ぐ相手の体に突き刺さる。
咆哮が聞こえるなか、妖が離れた直後に倒れた男子生徒の手首を握った。
「よかった、ちゃんと生きてる」
「見事だった」
「先生が止めておいてくれたおかげだよ。私ひとりじゃこんなに上手くいかなかった」
ひとりだったらきっと火炎刃を使わないと勝てなかった。
そうすればきっと倒れてしまうから、また色々な人に心配をかけてしまう。
「歩きながら話そう」
「そうだな」
教室を出て来た道を戻っていると、先生の声が耳に届いた。
「折原」
「なに?」
「独りで抱えこもうとするな。おまえはひとりじゃないんだから」
「…ありがとう」
その一言で、夜仕事に関しては仲間ができたと自覚した。
絶対にひとりでなんとかしなければならない問題はあのことだけで、妖ものについてはもう独りじゃない。
「もし生活についても困りごとがあるなら、」
「母の遺族年金、ほとんど貯蓄に回してるから大丈夫。生活苦ってこともないし、バイトは好きだから何個か掛け持ちしてるだけ。
穂乃…妹に寂しい思いをさせないようにしたいから、休みに入ってもシフトはほとんど増やしてない」
「…そうか」
なんだか私ばかり答えている気がして、少し意地悪な質問をしてみることにした。
「先生は瞬と楽しくやってるのか?」
「まあ、それなりには」
「やっぱり大切なんだな」
「そうだな。瞬…流山は時々危なっかしくて目を離せない。
あいつが星以外で好きなものがあるのかさえ知らないから、接し方もこれでいいのか分からない。まだ模索中だ」
先生と星を眺める瞬は楽しそうだった。
先生は知らないかもしれないけど、それだけは分かる。
「もう少し話していたかったが、どうやらここまでらしい」
奥深くまで入りこまれてしまっているのか、ぶつぶつ話し続けている男子生徒は生気を失った虚ろな瞳で天井を見上げていた
「…どうしようか」
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