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第6章『七夕騒動』
第46話
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私の予想は当たってしまった。
流石に人間じゃないものまで登場するとは思っていなかったが、ここ数年の資料を読んで可能性を見つけていたのだ。
「彼を離してもらえませんか?…佐伯幸香先輩」
「私の名前を知ってるなんて光栄だわ。いいわよ、離してあげる」
その直後、バチッと嫌な音がした。
「うっ!」
陽向はその場に崩れ落ち、佐伯幸香は愉しそうに嘲笑っている、
「何するんだ…!先輩が恨んでいるのは私たちじゃないだろ?」
「監査部なら誰でも同じよ。誰が私の写真を流出させたの?」
カッターナイフだけならやりようがあったけど、スタンガンまで持っているとなると迂闊に近づけない。
「先輩が怒るのは分かります。けど、あなたの事件があった当時の高等部監査室で何が起きたのか私たちは知りません」
私が中学3年の頃、盗撮写真を意図的にばらまいた人間がいたらしい。
それが監査部の証拠として扱われていたもので、それから中高連携が強く取られるようになったと書かれていた。
それまで年3回ほどだったらしい意見交換会が、場合によっては年10回以上行われるようになっている。
当時中等部にいた陽向がそう教えてくれた。
「監査部のくせに、知らないはずがない!」
無茶苦茶な攻撃でカッターの刃が手の甲に当たったが、致命傷にはなっていない。
先輩の話を聞く前に、まずやらなければならないことがある。
「…おい、なんで先輩を唆した?」
「何の話を、」
「私はおまえに訊いてるんだが」
先輩の背後にいる何かと目を合わせると、先輩の体はその場に投げ出された。
《あなた、私が視えるのね》
「質問に答えろ」
《この子が弱っていたからよ。扱いやすくて助かったわ。キシシ…》
負の感情を貪るタイプなのか、かなり力を蓄えているように見える。
《あなたにも心の闇があるでしょう?さあ、私に食べさせて》
相手はキシシと笑って襲いかかってきた。
近距離で戦うのに使う武器をあまり持っていないこの状況で戦うのは不利だ。
「触るな」
五芒星が刻まれている折りたたみナイフを、相手の腹部めがけて突き出す。
《いぎゃあ!おのれ、人間め…食わせろ!》
「食べたいならこれでも喰らってろ」
弓を用意する余裕はなく、ただ札に頼るしかない。
下手な動きをすれば、陽向や佐伯先輩に直撃してしまう。
じりじり後ろに下がっていると、背中が壁にくっついた。
《死ぬ覚悟はできた?》
「…ああ、できたよ」
火炎刃を使って相手を混乱させるか、力を削ぐしかない。
それで命が尽きない程度にやってみるしかないと覚悟を決め、両手に複数札を持つ。
深呼吸をして発動しようとした瞬間、相手の体に無数の糸が絡みついた。
《なんだ、これは》
「俺の生徒に手を出すな」
「先生」
包丁を構える瞬の少し後ろで、先生は手袋をしっかりはめた状態で糸を操っている。
《おまえも、怪異だろう?何故止める?》
「俺は怪異じゃない」
《嘘を吐いても気配で分かる!キシシ…人間の味方をするならオマエゴト潰ス!》
私が持っているものを目をやって、先生ははっきり告げた。
「折原、糸に向かって炎を放て」
「でも、」
「早くやれ」
言われたとおり、できるだけ力が弱めになるように気をつけながら糸を燃やす。
《ナンダコレハ!イヤだ、もっと人間ヲ…》
力尽きたのか、体がぼろぼろ崩れていく。
それでも先生は、相手の体が完全に消える最後まで糸を解かなかった。
「怪我はないか?」
「うん。ありがとう。ふたりのおかげで助かったよ」
「僕は何も…」
「助けてくれただろ?それに、一緒に戦ってくれただけで充分だ。先生を呼んできてくれたおかげでやられなかった」
瞬が少し照れくさそうに笑うのと同時に、陽向がゆっくり体を起こす。
「どうなりました?」
「佐伯先輩はそこで寝てる。…さっきの奴に負の感情を喰われてただろうから、相当疲れてるんじゃないかな」
「あれって負の感情を吸い取ってたんですね」
首が痛むのか、手を添えたままこちらに近づいてくる。
「これで解決?」
「一応な。ただ、佐伯幸香をどうするか考えないと」
高卒認定試験を受けているという話は聞いていたが、私たちにできることがあるならなんとかしたい。
これから倒れたままの彼女をどうするか考えないといけないのに、どうしても足に力が入らなくてそのまま崩れ落ちた。
「詩乃ちゃん、疲れちゃった?」
「うん。けど、休めばよくなるから心配いらない」
「それじゃあ僕がついてるよ。ひな君は放送室に行かないといけないし、先生はそっちのお姉さんを運ばないといけないでしょ?」
瞬の言葉にふたりは頷く。
「それもそうか。…じゃあ、また後で」
「俺もまた後できます」
ふたり分の足音が遠ざかった後、瞬が私の手を握って語りかけてくれる。
「眠かったら寝てて。僕がちゃんと警戒してるから」
「ああ。ありがとう」
割と力を使ったからか、力が入らなくなったまぶたをゆっくり下ろす。
監査部として向き合わなければならない問題はまだ残っているが、私の心は不思議と月光のように柔らかかった。
流石に人間じゃないものまで登場するとは思っていなかったが、ここ数年の資料を読んで可能性を見つけていたのだ。
「彼を離してもらえませんか?…佐伯幸香先輩」
「私の名前を知ってるなんて光栄だわ。いいわよ、離してあげる」
その直後、バチッと嫌な音がした。
「うっ!」
陽向はその場に崩れ落ち、佐伯幸香は愉しそうに嘲笑っている、
「何するんだ…!先輩が恨んでいるのは私たちじゃないだろ?」
「監査部なら誰でも同じよ。誰が私の写真を流出させたの?」
カッターナイフだけならやりようがあったけど、スタンガンまで持っているとなると迂闊に近づけない。
「先輩が怒るのは分かります。けど、あなたの事件があった当時の高等部監査室で何が起きたのか私たちは知りません」
私が中学3年の頃、盗撮写真を意図的にばらまいた人間がいたらしい。
それが監査部の証拠として扱われていたもので、それから中高連携が強く取られるようになったと書かれていた。
それまで年3回ほどだったらしい意見交換会が、場合によっては年10回以上行われるようになっている。
当時中等部にいた陽向がそう教えてくれた。
「監査部のくせに、知らないはずがない!」
無茶苦茶な攻撃でカッターの刃が手の甲に当たったが、致命傷にはなっていない。
先輩の話を聞く前に、まずやらなければならないことがある。
「…おい、なんで先輩を唆した?」
「何の話を、」
「私はおまえに訊いてるんだが」
先輩の背後にいる何かと目を合わせると、先輩の体はその場に投げ出された。
《あなた、私が視えるのね》
「質問に答えろ」
《この子が弱っていたからよ。扱いやすくて助かったわ。キシシ…》
負の感情を貪るタイプなのか、かなり力を蓄えているように見える。
《あなたにも心の闇があるでしょう?さあ、私に食べさせて》
相手はキシシと笑って襲いかかってきた。
近距離で戦うのに使う武器をあまり持っていないこの状況で戦うのは不利だ。
「触るな」
五芒星が刻まれている折りたたみナイフを、相手の腹部めがけて突き出す。
《いぎゃあ!おのれ、人間め…食わせろ!》
「食べたいならこれでも喰らってろ」
弓を用意する余裕はなく、ただ札に頼るしかない。
下手な動きをすれば、陽向や佐伯先輩に直撃してしまう。
じりじり後ろに下がっていると、背中が壁にくっついた。
《死ぬ覚悟はできた?》
「…ああ、できたよ」
火炎刃を使って相手を混乱させるか、力を削ぐしかない。
それで命が尽きない程度にやってみるしかないと覚悟を決め、両手に複数札を持つ。
深呼吸をして発動しようとした瞬間、相手の体に無数の糸が絡みついた。
《なんだ、これは》
「俺の生徒に手を出すな」
「先生」
包丁を構える瞬の少し後ろで、先生は手袋をしっかりはめた状態で糸を操っている。
《おまえも、怪異だろう?何故止める?》
「俺は怪異じゃない」
《嘘を吐いても気配で分かる!キシシ…人間の味方をするならオマエゴト潰ス!》
私が持っているものを目をやって、先生ははっきり告げた。
「折原、糸に向かって炎を放て」
「でも、」
「早くやれ」
言われたとおり、できるだけ力が弱めになるように気をつけながら糸を燃やす。
《ナンダコレハ!イヤだ、もっと人間ヲ…》
力尽きたのか、体がぼろぼろ崩れていく。
それでも先生は、相手の体が完全に消える最後まで糸を解かなかった。
「怪我はないか?」
「うん。ありがとう。ふたりのおかげで助かったよ」
「僕は何も…」
「助けてくれただろ?それに、一緒に戦ってくれただけで充分だ。先生を呼んできてくれたおかげでやられなかった」
瞬が少し照れくさそうに笑うのと同時に、陽向がゆっくり体を起こす。
「どうなりました?」
「佐伯先輩はそこで寝てる。…さっきの奴に負の感情を喰われてただろうから、相当疲れてるんじゃないかな」
「あれって負の感情を吸い取ってたんですね」
首が痛むのか、手を添えたままこちらに近づいてくる。
「これで解決?」
「一応な。ただ、佐伯幸香をどうするか考えないと」
高卒認定試験を受けているという話は聞いていたが、私たちにできることがあるならなんとかしたい。
これから倒れたままの彼女をどうするか考えないといけないのに、どうしても足に力が入らなくてそのまま崩れ落ちた。
「詩乃ちゃん、疲れちゃった?」
「うん。けど、休めばよくなるから心配いらない」
「それじゃあ僕がついてるよ。ひな君は放送室に行かないといけないし、先生はそっちのお姉さんを運ばないといけないでしょ?」
瞬の言葉にふたりは頷く。
「それもそうか。…じゃあ、また後で」
「俺もまた後できます」
ふたり分の足音が遠ざかった後、瞬が私の手を握って語りかけてくれる。
「眠かったら寝てて。僕がちゃんと警戒してるから」
「ああ。ありがとう」
割と力を使ったからか、力が入らなくなったまぶたをゆっくり下ろす。
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