50 / 302
第6章『七夕騒動』
第44話
しおりを挟む
「…お疲れ様でした」
「詩乃ちゃん、今日もありがとう。これ、よかったら持っていって」
そう言って笑顔で渡されたのは花束だった。
「いいんですか?」
「うん。いつもすごく助かってるから…本当にありがとう」
「ありがとうございます」
こういうものを渡したら、穂乃は喜んでくれるだろうか。
「あれ、バイト減らしたんですか?」
「今日は花屋でバイトだったから店長がくれたんだ。余り物で作ったからって…病み上がりのはずなのに」
心配ではあるが、目の前の問題はそう簡単に片づきそうにない。
「何か分かった?」
「え、ちび!?いつの間に来たんだよ?」
「ついさっき。ここ、僕の部屋と繋がりやすいみたいなんだ」
「先生の側にいなくていいのか?」
「ずっとくっついて困らせたくないし、友だちとか、作ってみたい…」
だんだん声が小さくなっていったものの、恥ずかしそうに語られた言葉は真っ直ぐ届いた。
「へえ?ちびは俺たちと友だちになりたいのか…」
「別に、どっちでもいい」
「今のは陽向がおちょくりすぎだ」
瞬は素直に話せるタイプじゃない。
今だって、陽向におちょくられてむすっとした顔で帰ろうとしている。
「折角怪しい奴を見たから教えてあげようと思ったのに…詩乃ちゃんにしか教えてあげない」
「悪かったよ。俺は悪意を持って接してこない奴なら歓迎する。今度パーティーでもやろう」
「…ひな君っていつもこうなの?」
「いつもそんな感じだけど、ふざけてばかりの奴じゃないことは保証する」
「先輩…」
さっきの言葉の意味が気になって、瞬に向き直る。
「なあ、瞬。怪しい奴ってどんな感じだった?」
「爪が忍者の武器みたいに長くて、顔は狸みたいだった。それが何匹?何人?…とにかくいっぱいいたんだ」
短冊を引き裂いているのはその妖たちの仕業だろう。
「狸顔の男たちってこと?」
「ううん。二足歩行の狸って感じ」
「何それ、絶対可愛い…」
「詩乃ちゃんひとりで行った方がいいかもしれないね。あれが可愛いなんて絶対変だよ」
瞬が見たものと陽向が想像しているものはだいぶかけ離れているのだろう。
それ以外にも私には解決しなければならない問題がある。
「妖ものとは今夜決着をつけるとして…問題はこっちだな」
もしあの報告書が本当なら、近々行動をおこすはずだ。
綺麗事だけで止められるとは思っていないが、このまま見過ごすことはできない。
「監査部ってやることがいっぱいあるんだね」
「志願したからって入れるものじゃないから人手不足だけど、夜仕事は俺たちだけで勝手にやってることだからもうちょっとマシなはず。ですよね、先輩?」
「そう信じたいな。他のメンバーは部活動を掛け持ちしていたり、家庭の事情で活動できる日が限られてるんだ」
だから、せめて私たちだけでできることはやろうとふたりで決めている。
瞬はまばたきして顎に手を添えた。
「僕も参加していい?」
「ありがたいけど、先生が心配するんじゃないか?」
「…1年に1度しか会えない織姫と彦星に心配かけられないよ」
真剣な表情で零れた言葉に少し驚いたが、本当に星物語が好きなんだと感心した。
「分かった。じゃあ、これからやる狸退治を手伝ってくれ」
「任せて!」
先生は言っていた。流山瞬には居場所がなかったと。
家では暴力をふるわれ、学校ではいじめに遭い、本当に悲惨な生き様だったと悲しそうに話していた。
友だちがほしいというのは、生きているうちに叶わなかった願い事かもしれない。
「それじゃあ瞬には相手に斬りこんでもらおうかな。私に敵の意識を集中させるけど、万が一てこずったら相手の背後から急襲してほしい」
「分かった。ひな君はどうするの?」
「陽向にはもしもに備えてもらうことにする」
「もしも?」
ある可能性について話すと、陽向は渋い顔をしながらも了承してくれた。
初対面の人間と会話するのが苦手な私や死者である瞬にはできない、話上手の陽向だからこそできる役割だ。
「決行はいつ?」
「罠にかかり次第、かな」
陽向が笑って答えると、瞬は首を傾げた。
「罠なんて仕掛けたの?」
「私たちにはもうひとり優秀な仲間がいるからな」
その直後、いつもとは違う雰囲気を纏った校内放送が流れた。
「【短冊を切り裂いた犯人は、今から30分後に多目的ホールに集まります】」
「詩乃ちゃん、今日もありがとう。これ、よかったら持っていって」
そう言って笑顔で渡されたのは花束だった。
「いいんですか?」
「うん。いつもすごく助かってるから…本当にありがとう」
「ありがとうございます」
こういうものを渡したら、穂乃は喜んでくれるだろうか。
「あれ、バイト減らしたんですか?」
「今日は花屋でバイトだったから店長がくれたんだ。余り物で作ったからって…病み上がりのはずなのに」
心配ではあるが、目の前の問題はそう簡単に片づきそうにない。
「何か分かった?」
「え、ちび!?いつの間に来たんだよ?」
「ついさっき。ここ、僕の部屋と繋がりやすいみたいなんだ」
「先生の側にいなくていいのか?」
「ずっとくっついて困らせたくないし、友だちとか、作ってみたい…」
だんだん声が小さくなっていったものの、恥ずかしそうに語られた言葉は真っ直ぐ届いた。
「へえ?ちびは俺たちと友だちになりたいのか…」
「別に、どっちでもいい」
「今のは陽向がおちょくりすぎだ」
瞬は素直に話せるタイプじゃない。
今だって、陽向におちょくられてむすっとした顔で帰ろうとしている。
「折角怪しい奴を見たから教えてあげようと思ったのに…詩乃ちゃんにしか教えてあげない」
「悪かったよ。俺は悪意を持って接してこない奴なら歓迎する。今度パーティーでもやろう」
「…ひな君っていつもこうなの?」
「いつもそんな感じだけど、ふざけてばかりの奴じゃないことは保証する」
「先輩…」
さっきの言葉の意味が気になって、瞬に向き直る。
「なあ、瞬。怪しい奴ってどんな感じだった?」
「爪が忍者の武器みたいに長くて、顔は狸みたいだった。それが何匹?何人?…とにかくいっぱいいたんだ」
短冊を引き裂いているのはその妖たちの仕業だろう。
「狸顔の男たちってこと?」
「ううん。二足歩行の狸って感じ」
「何それ、絶対可愛い…」
「詩乃ちゃんひとりで行った方がいいかもしれないね。あれが可愛いなんて絶対変だよ」
瞬が見たものと陽向が想像しているものはだいぶかけ離れているのだろう。
それ以外にも私には解決しなければならない問題がある。
「妖ものとは今夜決着をつけるとして…問題はこっちだな」
もしあの報告書が本当なら、近々行動をおこすはずだ。
綺麗事だけで止められるとは思っていないが、このまま見過ごすことはできない。
「監査部ってやることがいっぱいあるんだね」
「志願したからって入れるものじゃないから人手不足だけど、夜仕事は俺たちだけで勝手にやってることだからもうちょっとマシなはず。ですよね、先輩?」
「そう信じたいな。他のメンバーは部活動を掛け持ちしていたり、家庭の事情で活動できる日が限られてるんだ」
だから、せめて私たちだけでできることはやろうとふたりで決めている。
瞬はまばたきして顎に手を添えた。
「僕も参加していい?」
「ありがたいけど、先生が心配するんじゃないか?」
「…1年に1度しか会えない織姫と彦星に心配かけられないよ」
真剣な表情で零れた言葉に少し驚いたが、本当に星物語が好きなんだと感心した。
「分かった。じゃあ、これからやる狸退治を手伝ってくれ」
「任せて!」
先生は言っていた。流山瞬には居場所がなかったと。
家では暴力をふるわれ、学校ではいじめに遭い、本当に悲惨な生き様だったと悲しそうに話していた。
友だちがほしいというのは、生きているうちに叶わなかった願い事かもしれない。
「それじゃあ瞬には相手に斬りこんでもらおうかな。私に敵の意識を集中させるけど、万が一てこずったら相手の背後から急襲してほしい」
「分かった。ひな君はどうするの?」
「陽向にはもしもに備えてもらうことにする」
「もしも?」
ある可能性について話すと、陽向は渋い顔をしながらも了承してくれた。
初対面の人間と会話するのが苦手な私や死者である瞬にはできない、話上手の陽向だからこそできる役割だ。
「決行はいつ?」
「罠にかかり次第、かな」
陽向が笑って答えると、瞬は首を傾げた。
「罠なんて仕掛けたの?」
「私たちにはもうひとり優秀な仲間がいるからな」
その直後、いつもとは違う雰囲気を纏った校内放送が流れた。
「【短冊を切り裂いた犯人は、今から30分後に多目的ホールに集まります】」
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる