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第5章『先生の懺悔と透明人間』
番外篇『ふたりの過ごし方』
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流山瞬という生徒は変わっている。…昔も、今も。
「そこまで俺についてこなくていいんだぞ」
「いいんだ。先生がいると退屈しないから」
眩しい笑顔で言われてしまったらどうしようもない。
「それでは職員会をはじめます。まず、先日見つかった壁の落書きについてですが…」
眠くなりそうな話は、真面目なふりをして聞くのでさえ辛い。
ただ、きちんと聞いておかなければならない理由がある。
「最後に、監査部から報告があったいじめ案件についてですが…」
「校長、あれは生徒同士の悪ふざけです。監査部が暴走しすぎなんですよ」
「私もそう思います」
ニタニタ笑いながら言い合う校長と教頭を止めなければならない。
「先日折原も話していましたが、ひとりの人間が極限まで追い詰められたんです。
退学にしたいところを、被害生徒が停学で構わないと厚意で言ってくれています。それを無にするつもりですか?」
穂村奏多は相当追い詰められていた。
壊れる寸前まで追いこまれたというのに、それでも相手の将来を壊したくないと話していた姿を思い出す。
「穂村は通信課程に転入することになりました。本来であれば教師が守らなければならない生徒を守れなかったんです」
穂村奏多を護れなかった。…瞬に至っては立場的に弱かったこともあり何もできなかったに等しい。
「私も室星先生に賛成です。校長先生、あなたは教師に向いていないと思います」
この学園には副校長以外まともな管理職がいない。
「…それでは職員会を終了します」
こういう案件がおこる度、無力だったあの頃を思い出す。
【あれば間違いなくいじめです。家庭訪問しようにもご家族が誰も出ませんし、家庭内暴力を受けている可能性もあります】
【そんなもの私が知ったことか!先生はしゃしゃり出ず自分の仕事だけしていなさい】
【ちゃんと調べてください。俺だけじゃ何もできないんです】
【いいから黙りなさい!】
苦い記憶が蘇るなか、肩をぽんぽんたたかれる。
「先生、それさっきも同じところやってたよ」
「気づかなかったな…」
失敗した雑務の紙を破り捨て、続きから書き直す。
つまらないだろうに、瞬は作業が終わるのをずっと側で待っていた。
「…先生はさ、ちょっと働きすぎだと思うよ」
「若い先生たちから頼まれると、どうにも断りづらくて…。
俺はもうずっとここにいるから慣れてるし、体を壊すことも滅多にない」
人間はいともたやすく壊れる。
なら、そうじゃない俺が率先して作業すれば問題ないはずだ。
「それ終わったら何か食べた方がいいよ」
「分かってる」
「先生、料理男子だったもんね」
「どちらかといえばそういうことになるんだろうな」
そういえば、弁当を持ってなかったこいつに食べさせたことがあった。
ピーマンは嫌だと言いつつ全部食べきったのを思い出す。
「あのとき、わざわざふたつ作ってくれてたでしょ?」
「…あれはたまたま作りすぎただけだ」
「先生素直じゃない」
「おまえが言うのか?」
瞬は苦笑しながら大人しく待っていた。
地縛霊にしてはいい子すぎて心配になるほどだが、特に体調が悪いわけではなさそうだ。
「…ねえ、先生」
「どうした?」
「俺も食べられるのかな?」
ある日死者になって成仏できず、そのうえ地縛霊になって外に出られなかったのだからその疑問は当然だ。
「試してみるか?」
「え?」
自分の部屋を開け、瞬の手を掴む。
あの日のように離してしまわないよう、少し強く握った。
「そこに座ってろ」
用意しておいた料理を並べると、瞬は驚いたように声をあげる。
「何これ、全部食べていいの?」
「…作りすぎたんだ」
「先生、やっぱり素直じゃない」
人間だったときはお腹いっぱいまでご飯を食べることさえ許されなかったはずだ。
だったら、今くらい満足するまで食べたっていいじゃないか。
「オムライス、相変わらず卵はふわふわ派なんだね」
「好きな味は昔から変わらない」
「先生は一緒に食べないの?」
「これから食べるからそんな顔するな」
心配させたいわけじゃない、
人間ほど食事は必要ない体ではあるが、いつもより料理が美味い気がする。
「…瞬」
「なに?」
折原詩乃が言っていたとおり、怒っていないのか…という言葉を呑み込む。
「欲しいものがあればすぐ言え。出られるようになるまでは俺が用意する。
それから、食べたいものがあるなら遠慮せず言ってくれればいい」
「…先生は優しすぎるよ。あの頃も優しかったけど、今もあんまり変わらないね」
「俺は別に優しくなんかないぞ」
「そういうことにしておくよ」
流山瞬という生徒は変わっている。…昔も、今も。
俺に対して優しいと言いながら心配したり、ただ隣にいるだけで心地いいと感じる。
未来予知日記に書かれたことが曲がってしまった結果、慢心していた自らに絶望した。
ただ、今一緒にいられることには感謝したい。
……曲がらなければ、一生分かり合う機会がないまま終わっていたかもしれないから。
「そこまで俺についてこなくていいんだぞ」
「いいんだ。先生がいると退屈しないから」
眩しい笑顔で言われてしまったらどうしようもない。
「それでは職員会をはじめます。まず、先日見つかった壁の落書きについてですが…」
眠くなりそうな話は、真面目なふりをして聞くのでさえ辛い。
ただ、きちんと聞いておかなければならない理由がある。
「最後に、監査部から報告があったいじめ案件についてですが…」
「校長、あれは生徒同士の悪ふざけです。監査部が暴走しすぎなんですよ」
「私もそう思います」
ニタニタ笑いながら言い合う校長と教頭を止めなければならない。
「先日折原も話していましたが、ひとりの人間が極限まで追い詰められたんです。
退学にしたいところを、被害生徒が停学で構わないと厚意で言ってくれています。それを無にするつもりですか?」
穂村奏多は相当追い詰められていた。
壊れる寸前まで追いこまれたというのに、それでも相手の将来を壊したくないと話していた姿を思い出す。
「穂村は通信課程に転入することになりました。本来であれば教師が守らなければならない生徒を守れなかったんです」
穂村奏多を護れなかった。…瞬に至っては立場的に弱かったこともあり何もできなかったに等しい。
「私も室星先生に賛成です。校長先生、あなたは教師に向いていないと思います」
この学園には副校長以外まともな管理職がいない。
「…それでは職員会を終了します」
こういう案件がおこる度、無力だったあの頃を思い出す。
【あれば間違いなくいじめです。家庭訪問しようにもご家族が誰も出ませんし、家庭内暴力を受けている可能性もあります】
【そんなもの私が知ったことか!先生はしゃしゃり出ず自分の仕事だけしていなさい】
【ちゃんと調べてください。俺だけじゃ何もできないんです】
【いいから黙りなさい!】
苦い記憶が蘇るなか、肩をぽんぽんたたかれる。
「先生、それさっきも同じところやってたよ」
「気づかなかったな…」
失敗した雑務の紙を破り捨て、続きから書き直す。
つまらないだろうに、瞬は作業が終わるのをずっと側で待っていた。
「…先生はさ、ちょっと働きすぎだと思うよ」
「若い先生たちから頼まれると、どうにも断りづらくて…。
俺はもうずっとここにいるから慣れてるし、体を壊すことも滅多にない」
人間はいともたやすく壊れる。
なら、そうじゃない俺が率先して作業すれば問題ないはずだ。
「それ終わったら何か食べた方がいいよ」
「分かってる」
「先生、料理男子だったもんね」
「どちらかといえばそういうことになるんだろうな」
そういえば、弁当を持ってなかったこいつに食べさせたことがあった。
ピーマンは嫌だと言いつつ全部食べきったのを思い出す。
「あのとき、わざわざふたつ作ってくれてたでしょ?」
「…あれはたまたま作りすぎただけだ」
「先生素直じゃない」
「おまえが言うのか?」
瞬は苦笑しながら大人しく待っていた。
地縛霊にしてはいい子すぎて心配になるほどだが、特に体調が悪いわけではなさそうだ。
「…ねえ、先生」
「どうした?」
「俺も食べられるのかな?」
ある日死者になって成仏できず、そのうえ地縛霊になって外に出られなかったのだからその疑問は当然だ。
「試してみるか?」
「え?」
自分の部屋を開け、瞬の手を掴む。
あの日のように離してしまわないよう、少し強く握った。
「そこに座ってろ」
用意しておいた料理を並べると、瞬は驚いたように声をあげる。
「何これ、全部食べていいの?」
「…作りすぎたんだ」
「先生、やっぱり素直じゃない」
人間だったときはお腹いっぱいまでご飯を食べることさえ許されなかったはずだ。
だったら、今くらい満足するまで食べたっていいじゃないか。
「オムライス、相変わらず卵はふわふわ派なんだね」
「好きな味は昔から変わらない」
「先生は一緒に食べないの?」
「これから食べるからそんな顔するな」
心配させたいわけじゃない、
人間ほど食事は必要ない体ではあるが、いつもより料理が美味い気がする。
「…瞬」
「なに?」
折原詩乃が言っていたとおり、怒っていないのか…という言葉を呑み込む。
「欲しいものがあればすぐ言え。出られるようになるまでは俺が用意する。
それから、食べたいものがあるなら遠慮せず言ってくれればいい」
「…先生は優しすぎるよ。あの頃も優しかったけど、今もあんまり変わらないね」
「俺は別に優しくなんかないぞ」
「そういうことにしておくよ」
流山瞬という生徒は変わっている。…昔も、今も。
俺に対して優しいと言いながら心配したり、ただ隣にいるだけで心地いいと感じる。
未来予知日記に書かれたことが曲がってしまった結果、慢心していた自らに絶望した。
ただ、今一緒にいられることには感謝したい。
……曲がらなければ、一生分かり合う機会がないまま終わっていたかもしれないから。
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