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第5章『先生の懺悔と透明人間』
第39話
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「先輩」
「用意はいいか?」
「はい!」
あれから1時間が経ったが、室星先生は現れなかった。
話す決心がつかなかったのか、他に考えていることがあるのか…どのみち、私たちでどうにかするしかない。
「【あなたは、透明人間というものが存在していると思いますか?私は、こんな話を聞いたことがあります。
ひとりでできることなんて少ないから、楽しく遊べる体育館に現れる、と…】」
その時点で、何かが迫ってくるのを感じた。
「うわ!?」
陽向の体は勢いよく壁に飛ばされ、ぐったりと床に倒れこんだ。
「大丈夫か?」
駆寄ろうとしたが、何かを感じて後退ってしまう。
陽向は気絶してしまったらしく、動く気配が全くない。
「大丈夫だから私に近づいてこい」
もう窓ガラスには映らないのかもしれない。
「…これならどうだ?」
大きめの手鏡を気配がある方にかざすと、誰かの呻き声が聞こえた。
「…やっと見つけた」
《なん、で…》
禍々しい気配に血みどろな姿…特に腹部から出血しているように黒くなっているのが痛々しい。
「すごく痛そうだな」
《……して》
「え?」
《僕ヲ、殺シテ!》
泣きながら襲いかかってくるのをひたすら避け続け、鏡で照らし続ける。
窓ガラスに上手く反射させられればいいが、そう簡単にできることじゃない。
「ほら、こっちだちび!」
声がした方を向いたすきに周りに炎を撒き散らす。
今回も弓が使えないのが相当響いている。
「陽向、左だ!」
「了解です!」
遮光カーテンをうまく使って、なんとか部屋の半分の窓ガラスに瞬の姿が確認できるようになった。
「いやあ、なんとかなりそうですね」
頭から血を流したまま陽向がはにかむ。
《う、ううう…》
瞬は苦しそうに頭を押さえてその場に倒れこんだ。
「抑えられそうか?」
《…駄目なんだ。僕はいい子じゃないから。先生のこと、もっとちゃんと信じればよかった》
ゆらりと立ちあがった透明人間がその手に掴んだものは、いつか見た包丁だった。
《先生は、僕を心配してくれてたんだ。でも、その手を取るのが怖くて、ふりほどいちゃった》
「……」
《ごめんね先生。僕にとって、先生と星の話をするのが唯一生きたい時間だったのに…》
「これからでもやり直せる。先生は怪異だし、おまえを縛るものはもうない」
「今からだって先生と仲良くできる。家に居場所がなくて、学校で先生といる時間が好きだったんだろ?だったらもっとその気持ちを大事にした方がいい。
俺たちと違って、色々なものに縛られるわけじゃないんだからさ」
私には穂乃がいるが、陽向は自分から進んでひとり暮しするほど実家に居場所がない。
陽向はクラスに居場所がないわけではないが、私にとっては学校の9割以上の人間が敵だ。
「全部を理解するのは無理かもしれないけど、おまえにとって大切な人がいるならもっと困らせていいんだ。
唯一護りたい居場所だから、先生を遠ざけたんだろ?自分の近くにいたら傷つけそうだから、怖かったんだよな?」
《…全部、見透かされてるみたい》
涙を流しながら包丁を持つその手に迷いはなかった。
《最期に誰かと話せてよかった》
「待て、やめろ!」
包丁は深々と瞬の腹部に刺さることなく、待ち人の右手から血がぽたぽたと流れ出していた。
《なんで、どうして…》
「流星群、見るんだろ?夏祭りの鼓笛隊ですみっこで笛を吹いて、あの年の冬には月食が見られるはずだった」
《近づかないで!僕ハ、先生ヲ…傷つけたくないんだ》
先生は話を続けながら瞬を抱きしめる。
「俺がまだ知らない星の話がある。星に関することだけは俺の先生でいるんじゃなかったのか?」
《僕、は…》
「おまえはどうしたい?何がしたくてここに残っていた?」
《見損ねた流星群を見たかった。ずっと前に見た大きな星を見つけたかった。…ずっと先生に、謝りたかった。
僕は、ここにいたい。だけど、今のままじゃまた迷惑をかけちゃう…》
ふたりの会話をただ無言で聞いていると、陽向にそっと耳打ちされた。
「先輩、あの赤い糸がちびと噂を結びつけているものです。
それを消せれば噂から開放されるって桜良が言ってました」
「分かった。それでいこう」
札を5枚用意し、ぐるぐる腕を回しながら宙に円を描く。
「先生、瞬をそのまま押さえててくれ」
「何をする気だ?」
「瞬を透明人間から開放する」
手持ち部分が完成し、圏を片手で持つ。
「…これで斬る」
思い切り投げると、炎を帯びて真っ直ぐ赤い糸を切断した。
《う、あ、》
「流山?」
《あ、い、》
「流山…流山瞬!」
瞬はその言葉にはっとしたように顔をあげて、先生の方をじっと見た。
「…先生」
「どうした?」
「僕がいても、迷惑じゃないの?」
「ああ。全然迷惑だなんて思わない」
ふたりか楽しそうに話している姿を見ていると、すごく安心する。
「先輩、さっきのって…」
「火炎刃っていうんだ、あれ。普段はあんまり使わないんだけど、攻撃範囲が決まってるときは慎重にやった方がいいだろ?」
「あんなのまで使えるなんて天才すぎます…」
「そんなこと、は、」
ないと思うと答えたかったが、その余力さえ残っていなかったらしい。
「先輩!」
火炎刃を滅多に使わないのは、その代償が計り知れないからだ。
命を燃やす炎といっても過言ではない。
また穂乃に怒られるな…なんて呑気なことを考えながら意識を手放した。
「用意はいいか?」
「はい!」
あれから1時間が経ったが、室星先生は現れなかった。
話す決心がつかなかったのか、他に考えていることがあるのか…どのみち、私たちでどうにかするしかない。
「【あなたは、透明人間というものが存在していると思いますか?私は、こんな話を聞いたことがあります。
ひとりでできることなんて少ないから、楽しく遊べる体育館に現れる、と…】」
その時点で、何かが迫ってくるのを感じた。
「うわ!?」
陽向の体は勢いよく壁に飛ばされ、ぐったりと床に倒れこんだ。
「大丈夫か?」
駆寄ろうとしたが、何かを感じて後退ってしまう。
陽向は気絶してしまったらしく、動く気配が全くない。
「大丈夫だから私に近づいてこい」
もう窓ガラスには映らないのかもしれない。
「…これならどうだ?」
大きめの手鏡を気配がある方にかざすと、誰かの呻き声が聞こえた。
「…やっと見つけた」
《なん、で…》
禍々しい気配に血みどろな姿…特に腹部から出血しているように黒くなっているのが痛々しい。
「すごく痛そうだな」
《……して》
「え?」
《僕ヲ、殺シテ!》
泣きながら襲いかかってくるのをひたすら避け続け、鏡で照らし続ける。
窓ガラスに上手く反射させられればいいが、そう簡単にできることじゃない。
「ほら、こっちだちび!」
声がした方を向いたすきに周りに炎を撒き散らす。
今回も弓が使えないのが相当響いている。
「陽向、左だ!」
「了解です!」
遮光カーテンをうまく使って、なんとか部屋の半分の窓ガラスに瞬の姿が確認できるようになった。
「いやあ、なんとかなりそうですね」
頭から血を流したまま陽向がはにかむ。
《う、ううう…》
瞬は苦しそうに頭を押さえてその場に倒れこんだ。
「抑えられそうか?」
《…駄目なんだ。僕はいい子じゃないから。先生のこと、もっとちゃんと信じればよかった》
ゆらりと立ちあがった透明人間がその手に掴んだものは、いつか見た包丁だった。
《先生は、僕を心配してくれてたんだ。でも、その手を取るのが怖くて、ふりほどいちゃった》
「……」
《ごめんね先生。僕にとって、先生と星の話をするのが唯一生きたい時間だったのに…》
「これからでもやり直せる。先生は怪異だし、おまえを縛るものはもうない」
「今からだって先生と仲良くできる。家に居場所がなくて、学校で先生といる時間が好きだったんだろ?だったらもっとその気持ちを大事にした方がいい。
俺たちと違って、色々なものに縛られるわけじゃないんだからさ」
私には穂乃がいるが、陽向は自分から進んでひとり暮しするほど実家に居場所がない。
陽向はクラスに居場所がないわけではないが、私にとっては学校の9割以上の人間が敵だ。
「全部を理解するのは無理かもしれないけど、おまえにとって大切な人がいるならもっと困らせていいんだ。
唯一護りたい居場所だから、先生を遠ざけたんだろ?自分の近くにいたら傷つけそうだから、怖かったんだよな?」
《…全部、見透かされてるみたい》
涙を流しながら包丁を持つその手に迷いはなかった。
《最期に誰かと話せてよかった》
「待て、やめろ!」
包丁は深々と瞬の腹部に刺さることなく、待ち人の右手から血がぽたぽたと流れ出していた。
《なんで、どうして…》
「流星群、見るんだろ?夏祭りの鼓笛隊ですみっこで笛を吹いて、あの年の冬には月食が見られるはずだった」
《近づかないで!僕ハ、先生ヲ…傷つけたくないんだ》
先生は話を続けながら瞬を抱きしめる。
「俺がまだ知らない星の話がある。星に関することだけは俺の先生でいるんじゃなかったのか?」
《僕、は…》
「おまえはどうしたい?何がしたくてここに残っていた?」
《見損ねた流星群を見たかった。ずっと前に見た大きな星を見つけたかった。…ずっと先生に、謝りたかった。
僕は、ここにいたい。だけど、今のままじゃまた迷惑をかけちゃう…》
ふたりの会話をただ無言で聞いていると、陽向にそっと耳打ちされた。
「先輩、あの赤い糸がちびと噂を結びつけているものです。
それを消せれば噂から開放されるって桜良が言ってました」
「分かった。それでいこう」
札を5枚用意し、ぐるぐる腕を回しながら宙に円を描く。
「先生、瞬をそのまま押さえててくれ」
「何をする気だ?」
「瞬を透明人間から開放する」
手持ち部分が完成し、圏を片手で持つ。
「…これで斬る」
思い切り投げると、炎を帯びて真っ直ぐ赤い糸を切断した。
《う、あ、》
「流山?」
《あ、い、》
「流山…流山瞬!」
瞬はその言葉にはっとしたように顔をあげて、先生の方をじっと見た。
「…先生」
「どうした?」
「僕がいても、迷惑じゃないの?」
「ああ。全然迷惑だなんて思わない」
ふたりか楽しそうに話している姿を見ていると、すごく安心する。
「先輩、さっきのって…」
「火炎刃っていうんだ、あれ。普段はあんまり使わないんだけど、攻撃範囲が決まってるときは慎重にやった方がいいだろ?」
「あんなのまで使えるなんて天才すぎます…」
「そんなこと、は、」
ないと思うと答えたかったが、その余力さえ残っていなかったらしい。
「先輩!」
火炎刃を滅多に使わないのは、その代償が計り知れないからだ。
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また穂乃に怒られるな…なんて呑気なことを考えながら意識を手放した。
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