夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
41 / 302
第5章『先生の懺悔と透明人間』

第36話

しおりを挟む
「…ちょっと向こうで話そうか」
じょうろの持ち手に手を伸ばすと、周囲から歓声が沸き上がる。
「憲兵姫、じょうろに話しかけるなんて健気…」
「純粋な考え方で素敵!」
「どうかしたのか?」
そこにやってきた室星先生は首を傾げていたが、困った顔で私をじっと見る。
「すみません。手品の練習をしていた生徒がいたみたいで…すぐ片づけます」
いつものようにいい子を演じ、そのまま監査室へ向かう。
「これは一体どういうことだ?」
《…分からない。水やりはいつもやっているんだけど、じょうろがいつものと違うみたいなんだ》
「それが今回の騒ぎがおこった理由か」
瞬自身も訳が分からないのか戸惑っているようだ。
少し遅れて入ってきた先生が瞬の方を見ながら問いかけた。
「それ以外にいつもと違うことは何かあったか?」
《…言わないと駄目?》
「俺は察するのが苦手だ。言葉にしてもらわないと分からない」
《何か声が聞こえたような気がするけど、どんなことを言われたのか覚えてない》
「今は手のうちようがない感じですか?」
「そういうことになるな。陽向は放送室で情報を集めてきてくれ。噂が集まってるかもしれない。
先生はできるだけ流山瞬の近くにいること。おかしなことに巻きこまれてる可能性がある以上、ひとりにしない方がいい」
「了解しました!」
陽向は元気よく飛び出していったが、先生は浮かない顔をしている。
やっぱり、自分が瞬の近くにいてもいいのかなんて考えているのだろうか。
「先生、頼む。私たちみたいに昨日今日の相手より、付き合いがあった相手の方が安心するだろう?」
「俺は構わないが、」
《……いいよ。さっき助けてもらったし、1個ぐらいは言うことを聞く》
瞬はもごもご話しながら言葉を選んでいるようだった。
言いたいことを我慢しているような様子を先生が見逃すはずがない。
「…流山、少しふたりで話をしよう」
《いいよ。先生の話、聞きたいし》
「じゃあ私は授業受けてくるよ。…気は進まないけど、どやされても面倒だ」
「岡副にも行くように伝えておいてくれ」
「分かった。また後でな、瞬」
《またね》
ひらひらと手をふる姿をガラス越しに確認して、なんとなく微笑ましく感じた。
「折原、職員室まで来なさい」
「…分かりました」
今朝のことを騒ぎだと思われているなら、私を気にいらない教師に目をつけられることくらい分かっていた。
あれが手品だったと示すことはできないし、適当な言い訳を考えて逃げるしかない。
「今朝の騒ぎは、」
「生徒の名誉のため話せません。私を停学にするなり好きにしてください。授業があるので失礼します」
「大人に対してなんだその態度は!そんな態度だから気に入らないんだよ!」
その言葉に足を止める。
折角私が全面的に悪いということで去ろうと思っていたのに、どうしてこんなときだけ偉そうに威張り散らすんだろう。
「少なくとも先生には分かりません。私が苦しんでいるときに助けてくれた大人はあんたじゃない。
分かってほしいなんて言わないから放っておいてください」
私も教師が考えていることなんて分からないし、私のことを分かるとも思っていない。
それでも理解しようとしてくれたのは、養護教諭の白井先生と室星先生だった。
今では副校長ともそこそこいい関係を築けていると思いたいが、あの人に対しては若干警戒心を持っている。
「先輩、また呼び出されたんですか?」
「陽向もか?」
「いや、俺は先生に資料を持ってきてほしいって頼まれて…よいしょっと!」
「私も手伝うよ。こんな途中から授業を受けに行きたくないし、半分くらいならなんとかなりそうだ」
「ありがとうございます」
こうしている時間は嫌なことを忘れられるから楽しい。
監査室の扉を開けようとすると、なにやら話し声が聞こえてきた。
「それじゃあ、ずっとここにいたのか?」
《僕に帰る場所がないことは先生が1番知ってるでしょ?》
「…そうか」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

わしらはかみさま

水村鳴花
ライト文芸
現代和風ファンタジー。 突然帰って来た幼馴染・小町を戸惑いつつも迎える青年・青葉。そんな彼は特殊な能力の持ち主で、神に仕える神職だった。そして小町にも秘密があり……物語が進むごとに、彼女すら知らなかった謎がほどけてゆく。日本の田舎を舞台に繰り広げられる、神さまたちと人間の物語。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

揺れる波紋

しらかわからし
ライト文芸
この小説は、高坂翔太が主人公で彼はバブル崩壊直後の1991年にレストランを開業し、20年の努力の末、ついに成功を手に入れます。しかし、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、経済環境が一変し、レストランの業績が悪化。2014年、創業から23年の55歳で法人解散を決断します。 店内がかつての賑わいを失い、従業員を一人ずつ減らす中、翔太は自身の夢と情熱が色褪せていくのを感じます。経営者としての苦悩が続き、最終的には建物と土地を手放す決断を下すまで追い込まれます。 さらに、同居の妻の母親の認知症での介護が重なり、心身共に限界に達した時、近所の若い弁護士夫婦との出会いが、レストランの終焉を迎えるきっかけとなります。翔太は自分の決断が正しかったのか悩みながらも、恩人であるホテルの社長の言葉に救われ、心の重荷が少しずつ軽くなります。 本作は、主人公の長年の夢と努力が崩壊する中でも、新たな道を模索し、問題山積な中を少しずつ幸福への道を歩んでいきたいという願望を元にほぼ自分史の物語です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……? 恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。

頭取さん、さいごの物語~新米編集者・羽織屋、回顧録の担当を任されました

鏡野ゆう
ライト文芸
一人前の編集者にすらなれていないのに、なぜか編集長命令で、取引銀行頭取さんの回顧録担当を押しつけられてしまいました! ※カクヨムでも公開中です※

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...