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第5章『先生の懺悔と透明人間』
第36話
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「…ちょっと向こうで話そうか」
じょうろの持ち手に手を伸ばすと、周囲から歓声が沸き上がる。
「憲兵姫、じょうろに話しかけるなんて健気…」
「純粋な考え方で素敵!」
「どうかしたのか?」
そこにやってきた室星先生は首を傾げていたが、困った顔で私をじっと見る。
「すみません。手品の練習をしていた生徒がいたみたいで…すぐ片づけます」
いつものようにいい子を演じ、そのまま監査室へ向かう。
「これは一体どういうことだ?」
《…分からない。水やりはいつもやっているんだけど、じょうろがいつものと違うみたいなんだ》
「それが今回の騒ぎがおこった理由か」
瞬自身も訳が分からないのか戸惑っているようだ。
少し遅れて入ってきた先生が瞬の方を見ながら問いかけた。
「それ以外にいつもと違うことは何かあったか?」
《…言わないと駄目?》
「俺は察するのが苦手だ。言葉にしてもらわないと分からない」
《何か声が聞こえたような気がするけど、どんなことを言われたのか覚えてない》
「今は手のうちようがない感じですか?」
「そういうことになるな。陽向は放送室で情報を集めてきてくれ。噂が集まってるかもしれない。
先生はできるだけ流山瞬の近くにいること。おかしなことに巻きこまれてる可能性がある以上、ひとりにしない方がいい」
「了解しました!」
陽向は元気よく飛び出していったが、先生は浮かない顔をしている。
やっぱり、自分が瞬の近くにいてもいいのかなんて考えているのだろうか。
「先生、頼む。私たちみたいに昨日今日の相手より、付き合いがあった相手の方が安心するだろう?」
「俺は構わないが、」
《……いいよ。さっき助けてもらったし、1個ぐらいは言うことを聞く》
瞬はもごもご話しながら言葉を選んでいるようだった。
言いたいことを我慢しているような様子を先生が見逃すはずがない。
「…流山、少しふたりで話をしよう」
《いいよ。先生の話、聞きたいし》
「じゃあ私は授業受けてくるよ。…気は進まないけど、どやされても面倒だ」
「岡副にも行くように伝えておいてくれ」
「分かった。また後でな、瞬」
《またね》
ひらひらと手をふる姿をガラス越しに確認して、なんとなく微笑ましく感じた。
「折原、職員室まで来なさい」
「…分かりました」
今朝のことを騒ぎだと思われているなら、私を気にいらない教師に目をつけられることくらい分かっていた。
あれが手品だったと示すことはできないし、適当な言い訳を考えて逃げるしかない。
「今朝の騒ぎは、」
「生徒の名誉のため話せません。私を停学にするなり好きにしてください。授業があるので失礼します」
「大人に対してなんだその態度は!そんな態度だから気に入らないんだよ!」
その言葉に足を止める。
折角私が全面的に悪いということで去ろうと思っていたのに、どうしてこんなときだけ偉そうに威張り散らすんだろう。
「少なくとも先生には分かりません。私が苦しんでいるときに助けてくれた大人はあんたじゃない。
分かってほしいなんて言わないから放っておいてください」
私も教師が考えていることなんて分からないし、私のことを分かるとも思っていない。
それでも理解しようとしてくれたのは、養護教諭の白井先生と室星先生だった。
今では副校長ともそこそこいい関係を築けていると思いたいが、あの人に対しては若干警戒心を持っている。
「先輩、また呼び出されたんですか?」
「陽向もか?」
「いや、俺は先生に資料を持ってきてほしいって頼まれて…よいしょっと!」
「私も手伝うよ。こんな途中から授業を受けに行きたくないし、半分くらいならなんとかなりそうだ」
「ありがとうございます」
こうしている時間は嫌なことを忘れられるから楽しい。
監査室の扉を開けようとすると、なにやら話し声が聞こえてきた。
「それじゃあ、ずっとここにいたのか?」
《僕に帰る場所がないことは先生が1番知ってるでしょ?》
「…そうか」
じょうろの持ち手に手を伸ばすと、周囲から歓声が沸き上がる。
「憲兵姫、じょうろに話しかけるなんて健気…」
「純粋な考え方で素敵!」
「どうかしたのか?」
そこにやってきた室星先生は首を傾げていたが、困った顔で私をじっと見る。
「すみません。手品の練習をしていた生徒がいたみたいで…すぐ片づけます」
いつものようにいい子を演じ、そのまま監査室へ向かう。
「これは一体どういうことだ?」
《…分からない。水やりはいつもやっているんだけど、じょうろがいつものと違うみたいなんだ》
「それが今回の騒ぎがおこった理由か」
瞬自身も訳が分からないのか戸惑っているようだ。
少し遅れて入ってきた先生が瞬の方を見ながら問いかけた。
「それ以外にいつもと違うことは何かあったか?」
《…言わないと駄目?》
「俺は察するのが苦手だ。言葉にしてもらわないと分からない」
《何か声が聞こえたような気がするけど、どんなことを言われたのか覚えてない》
「今は手のうちようがない感じですか?」
「そういうことになるな。陽向は放送室で情報を集めてきてくれ。噂が集まってるかもしれない。
先生はできるだけ流山瞬の近くにいること。おかしなことに巻きこまれてる可能性がある以上、ひとりにしない方がいい」
「了解しました!」
陽向は元気よく飛び出していったが、先生は浮かない顔をしている。
やっぱり、自分が瞬の近くにいてもいいのかなんて考えているのだろうか。
「先生、頼む。私たちみたいに昨日今日の相手より、付き合いがあった相手の方が安心するだろう?」
「俺は構わないが、」
《……いいよ。さっき助けてもらったし、1個ぐらいは言うことを聞く》
瞬はもごもご話しながら言葉を選んでいるようだった。
言いたいことを我慢しているような様子を先生が見逃すはずがない。
「…流山、少しふたりで話をしよう」
《いいよ。先生の話、聞きたいし》
「じゃあ私は授業受けてくるよ。…気は進まないけど、どやされても面倒だ」
「岡副にも行くように伝えておいてくれ」
「分かった。また後でな、瞬」
《またね》
ひらひらと手をふる姿をガラス越しに確認して、なんとなく微笑ましく感じた。
「折原、職員室まで来なさい」
「…分かりました」
今朝のことを騒ぎだと思われているなら、私を気にいらない教師に目をつけられることくらい分かっていた。
あれが手品だったと示すことはできないし、適当な言い訳を考えて逃げるしかない。
「今朝の騒ぎは、」
「生徒の名誉のため話せません。私を停学にするなり好きにしてください。授業があるので失礼します」
「大人に対してなんだその態度は!そんな態度だから気に入らないんだよ!」
その言葉に足を止める。
折角私が全面的に悪いということで去ろうと思っていたのに、どうしてこんなときだけ偉そうに威張り散らすんだろう。
「少なくとも先生には分かりません。私が苦しんでいるときに助けてくれた大人はあんたじゃない。
分かってほしいなんて言わないから放っておいてください」
私も教師が考えていることなんて分からないし、私のことを分かるとも思っていない。
それでも理解しようとしてくれたのは、養護教諭の白井先生と室星先生だった。
今では副校長ともそこそこいい関係を築けていると思いたいが、あの人に対しては若干警戒心を持っている。
「先輩、また呼び出されたんですか?」
「陽向もか?」
「いや、俺は先生に資料を持ってきてほしいって頼まれて…よいしょっと!」
「私も手伝うよ。こんな途中から授業を受けに行きたくないし、半分くらいならなんとかなりそうだ」
「ありがとうございます」
こうしている時間は嫌なことを忘れられるから楽しい。
監査室の扉を開けようとすると、なにやら話し声が聞こえてきた。
「それじゃあ、ずっとここにいたのか?」
《僕に帰る場所がないことは先生が1番知ってるでしょ?》
「…そうか」
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