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第5章『先生の懺悔と透明人間』
第35話
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「どういうことだ?いじめは先生のせいじゃないだろ?」
「担任のくせに何もできなかった責任がある」
先生の表情は悲しげなまま、ゆっくり話してくれた。
「俺が知ってる流山瞬は、星好きな少年だった。よく話をしていたし、数年前は天文部が残っていたから放課後会うことも多かった。
入学直後から文系教科に難ありでよく呼び出されてたな。…そんなとき気づいたんだ。いつ見ても怪我してることに」
そこまで話すのも苦しかっただろうに、先生はまだ話を続けようとしている。
「無理に聞かせてほしいとは思わないんだけど…」
「俺もです。先生が話せるところまで教えてください」
「…分かった」
煙草をくわえて火を灯す。
煙がのぼりはじめた頃、先生はまた話しはじめた。
「きっかけは、ある日の放課後呼び出していたのに来なかったことだ。
教室の端で泣いていた流山の体に切り傷や打撲があるのを見つけた。顔にも怪我を負っていたが、幸い命に別状はなさそうだった。
誰にやられたか聞いても話さない。家庭環境が複雑なことも知っていたが、『先生には分からない』と突っぱねられてしまった」
先生の表情はこみあげてくるものを堪えているように見える。
「あいつは丁度この教室で死んでいた。遺書には『先生ごめん』って書かれてた。…あの日の予言は大外れだったな」
予知日記に書かれてあることがほぼ確実におきるという話だったのは、その一件があったからなのかもしれない。
「話してくれてありがとう。私、やっぱり先生のことほとんど知らなかったんだな」
そんな苦しみをずっとひとりで背負い続けて、答えがない問いを抱えるのはきっと苦しい。
それでも先生が俯いて涙を見せないのは、流山瞬が自分のせいで死んだと思っているからだ。
「あんまり楽観的なことは言いたくないんですけど、あの子怒ってないと思います」
「…なんでそう思う?」
「さっきの『来ないで』は嫌がってるようには聞こえなかったからです。
というか、本気で嫌なら何も言わずに部屋へ行けばよかつたのにそうしなかった…。ってことは、本気で嫌ってるわけじゃないんです」
陽向の推察は間違っていないような気がするが、先生からするとどうなんだろう。
そもそも、この状況で冷静になれというのは難しい。
「まあ、本気で嫌ってる相手の前に現れたりしないとは思う」
それに、流山瞬の言葉には焦りが感じられた。
先生に見られたくない何かがあるのか、ひとりで問題を抱えこんでいるのか…どちらにせよ、近々会わないといけない気がする。
「今日はもう遅いから帰った方がいい」
「分かった。そうさせてもらうよ」
「お疲れ様です!」
陽向を放送室に送り届けて、誰も待っていない家に帰る。
「…ただいま」
誰もいない家に足を踏み入れるのは久しぶりだ。
弓の手入れをしながら空を見上げると、雲が幾重にもなって月を隠していた。
『それじゃあね、お姉ちゃん!』
「ああ。怪我しないように気をつけて」
穂乃からこのまま友だちと遊びに行くと連絡がきて、私はそのまま学校へ向かう。
「今日に限って土曜授業なんて、嫌な予感しかしませんね」
「そうか。他のクラスの生徒もいるのか」
面倒だと思っていたが、行くのをやめなくてよかった。
「おい、じょうろがひとりでに水をやってるぞ!」
ざわざわと集まる声に陽向と顔を見合わせる。
「すぐ向かうぞ」
「はい!」
他の人間からすればじょうろがひとりでに動いているのかもしれないが、私たちが見れば別のものが視えるかもしれない。
「…あの、先輩」
「ああ。水やりしてるな」
たしかにじょうろが勝手に動いているように見える。
何も視えないということは、本当にひとりでに動いているのだろうか。
「陽向、窓ガラスを見てみろ」
「え?」
そこに写っていたのは、戸惑っている様子の流山瞬だった。
「担任のくせに何もできなかった責任がある」
先生の表情は悲しげなまま、ゆっくり話してくれた。
「俺が知ってる流山瞬は、星好きな少年だった。よく話をしていたし、数年前は天文部が残っていたから放課後会うことも多かった。
入学直後から文系教科に難ありでよく呼び出されてたな。…そんなとき気づいたんだ。いつ見ても怪我してることに」
そこまで話すのも苦しかっただろうに、先生はまだ話を続けようとしている。
「無理に聞かせてほしいとは思わないんだけど…」
「俺もです。先生が話せるところまで教えてください」
「…分かった」
煙草をくわえて火を灯す。
煙がのぼりはじめた頃、先生はまた話しはじめた。
「きっかけは、ある日の放課後呼び出していたのに来なかったことだ。
教室の端で泣いていた流山の体に切り傷や打撲があるのを見つけた。顔にも怪我を負っていたが、幸い命に別状はなさそうだった。
誰にやられたか聞いても話さない。家庭環境が複雑なことも知っていたが、『先生には分からない』と突っぱねられてしまった」
先生の表情はこみあげてくるものを堪えているように見える。
「あいつは丁度この教室で死んでいた。遺書には『先生ごめん』って書かれてた。…あの日の予言は大外れだったな」
予知日記に書かれてあることがほぼ確実におきるという話だったのは、その一件があったからなのかもしれない。
「話してくれてありがとう。私、やっぱり先生のことほとんど知らなかったんだな」
そんな苦しみをずっとひとりで背負い続けて、答えがない問いを抱えるのはきっと苦しい。
それでも先生が俯いて涙を見せないのは、流山瞬が自分のせいで死んだと思っているからだ。
「あんまり楽観的なことは言いたくないんですけど、あの子怒ってないと思います」
「…なんでそう思う?」
「さっきの『来ないで』は嫌がってるようには聞こえなかったからです。
というか、本気で嫌なら何も言わずに部屋へ行けばよかつたのにそうしなかった…。ってことは、本気で嫌ってるわけじゃないんです」
陽向の推察は間違っていないような気がするが、先生からするとどうなんだろう。
そもそも、この状況で冷静になれというのは難しい。
「まあ、本気で嫌ってる相手の前に現れたりしないとは思う」
それに、流山瞬の言葉には焦りが感じられた。
先生に見られたくない何かがあるのか、ひとりで問題を抱えこんでいるのか…どちらにせよ、近々会わないといけない気がする。
「今日はもう遅いから帰った方がいい」
「分かった。そうさせてもらうよ」
「お疲れ様です!」
陽向を放送室に送り届けて、誰も待っていない家に帰る。
「…ただいま」
誰もいない家に足を踏み入れるのは久しぶりだ。
弓の手入れをしながら空を見上げると、雲が幾重にもなって月を隠していた。
『それじゃあね、お姉ちゃん!』
「ああ。怪我しないように気をつけて」
穂乃からこのまま友だちと遊びに行くと連絡がきて、私はそのまま学校へ向かう。
「今日に限って土曜授業なんて、嫌な予感しかしませんね」
「そうか。他のクラスの生徒もいるのか」
面倒だと思っていたが、行くのをやめなくてよかった。
「おい、じょうろがひとりでに水をやってるぞ!」
ざわざわと集まる声に陽向と顔を見合わせる。
「すぐ向かうぞ」
「はい!」
他の人間からすればじょうろがひとりでに動いているのかもしれないが、私たちが見れば別のものが視えるかもしれない。
「…あの、先輩」
「ああ。水やりしてるな」
たしかにじょうろが勝手に動いているように見える。
何も視えないということは、本当にひとりでに動いているのだろうか。
「陽向、窓ガラスを見てみろ」
「え?」
そこに写っていたのは、戸惑っている様子の流山瞬だった。
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