夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第5章『先生の懺悔と透明人間』

第32話

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そしてやってきた、翌日の夕方。
「本当に聞きに行くのか?」
「先輩ひとりで抱える必要ないと思うんです。桜良には留守番を頼みましたけど、俺だってちょっとは重いの持てますよ」
その言葉だけで緊張が解けていくから不思議だ。
監査室に入ると、先生はそれを予想していたかのように顔をあげた。
「やっぱりふたりで来たのか」
「まるで全部見透かしてたみたいですね」
「まあ、一応な」
私たちは先生の正面に座り、単刀直入に切り出した。
「先生は人間じゃないのか?」
「え、そうなんですか!?先輩の話を聞いて、てっきり術者の類だと思ったんですけど…」
あれだけ無数の糸を操るなんて人間業じゃない。
それに、先生の見た目があれだけ変わるのは願掛けで済ませるには重い気がする。
「折原の言うとおり俺は人間じゃない。れっきとした妖だ。…まあ、今は半分怪異みたいなものだけどな」
「どういう意味だよ、それ」
先生はくっと笑って黒い手袋をはめながら話をしてくれた。
「噂は聞いていたが、まさか生徒の中に噂の夜紅姫と不死身男がいるとは思ってなかったよ」
「どうして陽向のことを知ってるんだ?」
「この町では噂が流れるのが速い。それは妖たちの間でも同様だ。
それに、岡副の怪我がふさがっていく瞬間を見た。化学やけどが5分しないうちに治るはずがない」
一瞬分からないという顔をしていた陽向だったが、苦笑いしながら小さく呟く。
「そういえば、実験で火傷した後で校内で暴れまわってた刃物男に殺されたことありましたね」
「そんなことがあったのか」
陽向はいつもの調子で話しているが、生きている人間に殺されるのだってきっと痛かっただろう。
「…で、話を戻すけど、先生が半分怪異っていうのはどういう意味なんだ?」
「……おまえらは未来予知日記の噂って聞いたことあるか?」
「聞いたことくらいはある」
私がそう答えると、先生はいつも持ち歩いている本を指さした。
「これだ」
「え?」
「だから、未来予知日記というのはこれだ」
呆然とする陽向に言葉を続ける。
「物の噂というものは、誰かが管理しないと続いていかない。噂の広まりが悪くて消えてしまうからだ。
これの場合は所有者が必要になる。…前任から受け継いでからというもの、ずっと所有者のままだ」
未来予知日記の噂というのは、私がまだ監査部に入ったばかりの頃に流行りだした噂だ。
1日に1つだけ予言されたことが書かれている、それを信じるかどうかは人それぞれだが、どんなことであっても起こってしまう…そんな話だった。
「まさか実在してるとは思いませんでした」
「まあ、こんなものがあるなんて誰も思わないだろうからな。
けど、今は俺以外使えない。未来なんて簡単に知っていいものじゃないからな」
所有者にのみ許された特権ということだろうか。
未来予知日記を手放さない限り、先生は怪異というものから逃れられない。
「俺も質問していいですか?」
「答えられることなら」
「先生が糸使いだってことは先輩から聞いたんですけど、なんで俺たちのことを助けてくれたんですか?」
先生は優しく笑ってはっきり告げた。
「困っている生徒がいたから手を貸した。ただそれだけだ」
嘘を言っているようには見えないし、先生のことを少ししれたような気がする。
「ありがとう。先生は糸を使う妖なんだな」
「まあ、そんなところだ。昔から糸を使っていたからか慣れている」
「先生、本当はいくつなんですか?」
「それは流石に失礼だろ。というか、すごい人に年齢は関係ない」
「俺は別にすごいわけじゃない」
何故か先生の表情は歪んで、なんとなく寂しい表情をしている。
「いやいや、先生はすごいですよ!だって日記の管理をしながら教師やってるんだから」
「慣れれば大したことはない。かれこれ200年以上生きてきたが、おまえたちみたいなタイプの人間は初めてだ。
日記の存在を知れば強引に中を見たがる奴らばかりだったのに、日記より俺を知ろうとするなんてな」
「え、200歳以上なんですか!?」
今の一言には流石に私も驚いた。
やっぱり見た目だけでは分からないことが多い。
「ここまでつきあわせたんだ、お詫びに今日の未来予知頁を見せてやる」
「やった、ありがとうございます!」
どんなことが書かれているのかわくわくする陽向に見えるように、先生が未来予知日記をめくる。
そこに書かれていたのは衝撃的な内容だった。
【今夜霊が動き出す。明日には透明人間として噂と融合する】
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