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第5章『先生の懺悔と透明人間』
第30話
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「最近雨多いですね」
「唐突だな」
「こういうとき、桜良と相合い傘したいなって思うんです。数えるくらいしかやったことなくて…」
「そうか」
恋愛が分からない私にはそう答えることしかできない。
監査室で作業をしていると、外を眺めていた陽向が何かを見つけたらしくこちらを振り返る。
「どうした?」
「あの、今向こうから黒い塊が飛んできませんでしたか?」
「3階なのにか?」
陽向が冗談を言っているようには見えないが、そうなると人間ではない誰かの仕業ということになる。
「ほら、あっちから黒い槍みたいな──」
それと同時に硝子が飛び散り、目の前の体からは血飛沫があがった。
「陽向!」
「先ぱ、逃げ……」
「おまえは動くな。いいな?」
こうなってしまっては仕方ない。
一旦死ぬのを待ってから槍を引き抜いた方がいいだろう。
幸いこの時間なら監査室には誰も来ないはずだ。
陽向の体から槍を引き抜くと、それは意志を持っているように動きはじめた。
最近噂が広がっていないからと油断していたことを反省しつつ、なんとか距離をとる。
「おまえの相手は私だ」
それには見覚えがあるような気もしたが、そんなことを考える余裕はない。
「──燃えろ」
槍を焼き尽くすほどのものはないかもしれないが、それが試さなくていい理由にはならない。
まだ夕日がきらきら輝いているため、弓が使えないことは明白だ。
槍は炎を絡めとり、私の顔めがけて飛んできた。
「熱…」
なんとか片手で受け止めたものの、じわじわと痛みがやってくる。
だんだん熱を持っている気もするが、今は追い払うことだけを考えよう。
「せ、先輩…?」
「逃げろ陽向。桜良の側にいて安心させてやれ」
体を起こした陽向にそう声をかけると、近くにあったモップで槍に反撃しはじめた。
「やだなあ、先輩。そこは『ふたりで早く片づけるぞ』、でしょ?」
そのまま槍を追い詰め、最後には撤退するように出ていった。
「ありがとう。助かったよ」
「いやいや、先輩がいなかったら今頃細切れでしたよ」
ばらばらに散らばってしまった資料を集めていると、がらがらと音がして誰かが入ってきた。
「まだ残ってたのか」
「ああ、ごめん。すぐ出るから、」
「その手はどうした?」
槍を支えた方の手から血が出ているのを今更ながら確認した。
「転んだんだ。どうしても痒くて掻いてたらいつの間にかこうなってた」
「まず傷口を洗ってこい。手当ては俺がやる」
「え、先生できるんですか?」
「昔からよくやってたから慣れてる」
先生に言われたとおりにして戻ると、てきぱきと処置を施された。
「これで大丈夫だろう。痒くなるようなら毎日換えるから声をかけてくれ」
「ありがとう先生。助かったよ」
お礼を言ったものの、先生の表情は複雑そうだ。
「もうすぐ今月分の資料整理が終わるから、それだけ最後までやって帰るよ」
話しかけても先生は無言でなんだかぼんやりしている。
具合が悪いわけではなさそうだが、何かあったのだろうか。
「先生?」
「ああ…悪い。できるだけ早めに帰るように」
「先生こそ早く帰った方がいいぞ」
「そうですよ。なんだか疲れてるみたいだし…」
「生徒に心配されるようじゃ、俺もまだまだだな」
そう言って笑った先生の顔はいつもより寂しそうで、どう言葉をかければいいのか分からない。
「雨のせいですかね?」
「そうかもしれないな」
ふたりで先生について考察してみるものの、室星先生という人物についてほとんど何も知らないことに気づく。
「室星先生についてどれくらい知ってる?」
「そういえば、名前と星好きってこと以外全然知らないですね」
「あと、花を愛でるのが好きだよな」
「毛虫とか苦手でしたよね」
もしかすると、先生も何かを抱えていて話せないのかもしれない。
「先生のことも気になりますけど、さっきの槍は何だったんですかね」
「調べてみるか」
「夜仕事、わくわくします」
テストを終わるまでは夜の見回りも控えようという話になって、最近まともに調べていなかった。
穂乃には申し訳ないのだが、当初の予定どおり帰りが遅くなる。
携帯で連絡を入れてから弓を組み立てた。
「久しぶりになるかもしれない夜仕事、頑張ってみるか」
「唐突だな」
「こういうとき、桜良と相合い傘したいなって思うんです。数えるくらいしかやったことなくて…」
「そうか」
恋愛が分からない私にはそう答えることしかできない。
監査室で作業をしていると、外を眺めていた陽向が何かを見つけたらしくこちらを振り返る。
「どうした?」
「あの、今向こうから黒い塊が飛んできませんでしたか?」
「3階なのにか?」
陽向が冗談を言っているようには見えないが、そうなると人間ではない誰かの仕業ということになる。
「ほら、あっちから黒い槍みたいな──」
それと同時に硝子が飛び散り、目の前の体からは血飛沫があがった。
「陽向!」
「先ぱ、逃げ……」
「おまえは動くな。いいな?」
こうなってしまっては仕方ない。
一旦死ぬのを待ってから槍を引き抜いた方がいいだろう。
幸いこの時間なら監査室には誰も来ないはずだ。
陽向の体から槍を引き抜くと、それは意志を持っているように動きはじめた。
最近噂が広がっていないからと油断していたことを反省しつつ、なんとか距離をとる。
「おまえの相手は私だ」
それには見覚えがあるような気もしたが、そんなことを考える余裕はない。
「──燃えろ」
槍を焼き尽くすほどのものはないかもしれないが、それが試さなくていい理由にはならない。
まだ夕日がきらきら輝いているため、弓が使えないことは明白だ。
槍は炎を絡めとり、私の顔めがけて飛んできた。
「熱…」
なんとか片手で受け止めたものの、じわじわと痛みがやってくる。
だんだん熱を持っている気もするが、今は追い払うことだけを考えよう。
「せ、先輩…?」
「逃げろ陽向。桜良の側にいて安心させてやれ」
体を起こした陽向にそう声をかけると、近くにあったモップで槍に反撃しはじめた。
「やだなあ、先輩。そこは『ふたりで早く片づけるぞ』、でしょ?」
そのまま槍を追い詰め、最後には撤退するように出ていった。
「ありがとう。助かったよ」
「いやいや、先輩がいなかったら今頃細切れでしたよ」
ばらばらに散らばってしまった資料を集めていると、がらがらと音がして誰かが入ってきた。
「まだ残ってたのか」
「ああ、ごめん。すぐ出るから、」
「その手はどうした?」
槍を支えた方の手から血が出ているのを今更ながら確認した。
「転んだんだ。どうしても痒くて掻いてたらいつの間にかこうなってた」
「まず傷口を洗ってこい。手当ては俺がやる」
「え、先生できるんですか?」
「昔からよくやってたから慣れてる」
先生に言われたとおりにして戻ると、てきぱきと処置を施された。
「これで大丈夫だろう。痒くなるようなら毎日換えるから声をかけてくれ」
「ありがとう先生。助かったよ」
お礼を言ったものの、先生の表情は複雑そうだ。
「もうすぐ今月分の資料整理が終わるから、それだけ最後までやって帰るよ」
話しかけても先生は無言でなんだかぼんやりしている。
具合が悪いわけではなさそうだが、何かあったのだろうか。
「先生?」
「ああ…悪い。できるだけ早めに帰るように」
「先生こそ早く帰った方がいいぞ」
「そうですよ。なんだか疲れてるみたいだし…」
「生徒に心配されるようじゃ、俺もまだまだだな」
そう言って笑った先生の顔はいつもより寂しそうで、どう言葉をかければいいのか分からない。
「雨のせいですかね?」
「そうかもしれないな」
ふたりで先生について考察してみるものの、室星先生という人物についてほとんど何も知らないことに気づく。
「室星先生についてどれくらい知ってる?」
「そういえば、名前と星好きってこと以外全然知らないですね」
「あと、花を愛でるのが好きだよな」
「毛虫とか苦手でしたよね」
もしかすると、先生も何かを抱えていて話せないのかもしれない。
「先生のことも気になりますけど、さっきの槍は何だったんですかね」
「調べてみるか」
「夜仕事、わくわくします」
テストを終わるまでは夜の見回りも控えようという話になって、最近まともに調べていなかった。
穂乃には申し訳ないのだが、当初の予定どおり帰りが遅くなる。
携帯で連絡を入れてから弓を組み立てた。
「久しぶりになるかもしれない夜仕事、頑張ってみるか」
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