夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第4章『小雨の拾い物』

番外篇『定期テスト』

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「お姉ちゃん、今日もバイトなの…?」
「心配しなくても、私はいつもどおりやるだけだよ」
毎回この時期になると穂乃に心配される、
中学までと違い、高校からは成績において特に重要になるものだからだ。
「いってきます」
「いってらっしゃい!」
穂乃に見送られて土曜日の学校へ向かうと、周囲からは憂鬱そうな表情が並んでいた。
「なんでこの世界にこんなものがあるんだろうな…」
「先生がうっかり作り忘れたり…しないよね」
そんななかでも監査室は相変わらずだ。
「先輩、おはようございます。資料まとめておきました」
「ありがとう。テストの方は大丈夫か?」
「はい。万年2位、頑張ります!」
「1位は…そうか、応援してる」
陽向の学年1位が難しいのはなんとなく察した。
何度か会った程度だが、読んでいる本が難しそうだったことは覚えている。
「それでははじめてください」
今日から数日はさぼるわけにもいかないので、周囲を気にせずテストを受けるしかない。
数学2科目に物理、英語…地理はともかく問題は現代国語と古典、そして現代社会だ。
嫌だと思っている間にテストは過ぎ去り、以前のような生活を取り戻していた。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
桜良の顔色がこの前話したときより少しよくなった気がする。
「ふたりとも、試験はどんな感じだった?」
「多分大丈夫…だと思います」
「桜良なら大丈夫だよ。俺は物理基礎が死にかけかもですけど、あとはなんとか」
「そうか」
夜仕事を解決しても、ふたりの学業に影響が出てしまっては意味がない。
「先輩、今日くらいはパーティーしましょうよ」
「お菓子持ち寄って部活動ごとにやるやつか?」
「他の監査部メンバーは各々の部活でやるんだろうし、俺たちもやってみたいです」
中等部では最終日の午後からすぐ部活動という暗黙の了解みたいなものがあるが、高等部は午後から部活を休みにするところも多い。
「俺たち3人でやりましょうよ」
「それはいいけど、私邪魔じゃないか?」
「私も、いていいんですか?」
桜良が驚いたような顔で言うものだから、勿論とだけ答える。
仲のいい後輩ができるという感覚はやはり嬉しい。
ここからもう少し仲良くなっていけるだろうか。
「もしふたりがいいなら、バイトまでここで楽しませてもらおうかな」
「桜良が先輩の為に作ってたお菓子があるんです。持ってきますね!」
陽向がそう言うと、桜良は恥ずかしそうに顔をふせた。
今日のこともきっとふたりで考えてくれていたのだろう。
「ありがとう」
その日はお茶会を楽しみ、猫カフェと花屋のバイトをこなす。
なかなか早く帰れなくなったのを穂乃は残念がっていたが、夕飯は一緒に食べられるようになった。
それから数日が過ぎ、各学年成績上位が張り出される。
総合順位は後回しにして教科別の上位5人の点数を確認していると、喧しく話す声が聞こえた。
「嘘、またあの子が1位?」
「サボり魔のくせになんで点数とれるんだよ…」
「ていうか、高入のくせに生意気なのよ!なんで監査部の部長までしてるの!?」
授業日数ぎりぎりなことも中学入試が難しいのも認める。
だが、高入の何が悪い?そんなにいけないことなのか?
順位と点数を確認して、監査室に籠もる。
陽向と桜良は大丈夫だろうか。
そんなことを考えていると、誰も来ないはずの授業時間に監査室の扉が開いた。
「やっぱりここにいたか」
「…そっか、先生なら鍵を開けられるもんな」
室星先生は何も聞かず褒めてくれた。
「今回も1位だったな」
「まだまだだよ。自信がなかった現代社会と現代文が上位5人に入ってなかったし、古典だってぎりぎり5位だった」
この結果ではまた教師たちにぶつくさ言われてしまう。
「全部を1位なんて無理なんだから、そんな理不尽な大人を相手にする必要なんてない。
物理で100点を叩き出されるとは思ってなかった。あの引っ掛け、間違ってくれると思ったんだがな…」
「やっぱり引っ掛けだったのか。一瞬分からなくなりそうだったよ」
私自身を見てくれる大人なんて、この学園にはいないと思っていた。
けど、何人かは私の中身を見ようとしてくれている。
そのことがとてもありがたい。
「あ、やっぱり先輩もサボ…え、先生!?」
「咎めたりしないから安心しろ。岡副、もう少し物理基礎をしっかりやろうか」
「無理ですよ!物理基礎だけあげても1位になれません」
ちらっと見えた陽向の個人成績表には総合順位2位と記載されている。
「総合順位は充分だ。…赤点さえなければそれでいい」
「赤点はありませんでしたよ?」
「だから1番低い物理基礎を上げろって話だ。まあ、ふたりともよくできてる」
陽向の家にも複雑な事情があることを私は知っている。
だからこそ、先生に褒められると嬉しいのだ。
「桜良とおまえにこれをやる。まあ、私が作ったものだからいいものかは分からないけど」
「猫のキーホルダー…可愛いです。ありがとうございます!今から桜良に渡しに行っちゃいましょう!」
「放送室にいるのか?」
「はい」
「そうか。…先生、また後で資料の整理に来るよ」
「出られそうな授業だけでいいから受けるように、木嶋にも伝えてくれ」
「分かった」
先生はいつも強制しないし、生徒ひとりひとりの事情を汲もうとしている。
早く大人になりたいとは以前から思っていたが、室星先生みたいな大人を目指したい。
本人には言えないけど、そう思っていてもいいだろうか。






──ふたりの背中を見送ると、黒猫が教師の肩に飛び乗る。
《ちょっと、あのふたりのことはさんざん調べておいて自分のことは話してないの?》
「うるさい」
《悪い子たちじゃないみたいだし、人の秘密を言いふらすようにも見えないのに……ああ、それとも昔と重ね合わせているの?》
黒猫の言葉に教師は一瞬固まったが、真顔で淡々と告げる。
「あの事件は俺の罪だ」
《思いつめすぎるんじゃないわよ。あんたとは長いけど、あのことを引きずりすぎるのはよくないわ。
私みたいに暴走させられちゃっても知らないんだから》
走り去る黒猫を目線でだけ追いかけて、窓の外を見つめながらぽつりと呟く。
「事件について考えずにいられるわけないだろ。…あいつを救えなかったのに」
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