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第3章『恋愛電話』
第24話
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「その人に裏切られたのか?」
「違うわ。あの人はとてもいい人だった。でも、チャラ男が家に出入りしはじめてから変わってしまったの」
最初は見た目がちゃらけれど悪い人間ではないと感じたらしい。
親身に寄り添って話を聞いて、一緒にご飯を食べる機会もあったそうだ。
「ここまで聞いた限りだといい人みたいだけど、それから何かあったのか?」
「……他にいい女がいたからって捨てられたの。きちんと話し合おうって言ったあの人を突き飛ばして、階段から落ちて骨折…。
恋人のためなら頑張れる気がするって言ってたの。…だけど最後はあることないこと周りに言いふらされて自殺したわ」
あまりに残酷な結末に怒りと悲しみがわいてくる。
「子猫の頃、過去に苦しめられていたあの人は私を拾ってくれたの。
自分だってぼろぼろなくせに、最期は私にごめんなんて言うのよ。…謝らないといけないのは私の方だったのに」
猫又の声は震えている。
陽向に対して警戒していたのは、自分の飼い主を酷い目に遭わせた人間と重ねてしまったからだ。
「その人の最期がどんな形であれ、おまえがいたからその人は独りじゃなかったんだ。
こんなことを言うのも変かもしれないけど、その人と最期まで一緒にいてくれてありがとう」
猫又は顔を覆って泣きじゃくる。
どんな言葉をかけていいのか分からず、そのまま無言で見守ることにした。
「あなたみたいな人間もいるってこと、すっかり忘れていたわ。…まあ、今回はお礼を言っておこうかしら」
「どういたしまして」
あまり素直になれない性格のようだが、決して悪いやつという印象は持ってない。
「そういえば、猫又はどうして恋愛電話なんてものを使えるんだ?」
「あの人のような思いをする人を減らしたかったの。悪いことをしたらお仕置き程度に色々やって、すぐ帰していたわ。
まさか誰にも恋愛感情を持っていない人間がいるとは思ってなかったけどね。取り敢えずそのチャラ男には謝らないと…。許してくれるかしら?」
「陽向はきっと許してくれる。優しいんだな、猫又は」
それから少しだけ沈黙が流れて、猫又は小さく呟いた。
「……結月」
「え?」
「名前!結月っていうの。あの人が付けてくれた、大切な名前よ」
「そうか。色々教えてくれてありがとう。また会いに来るよ。…またな、結月」
結月は困った人間と小さく言ったが、その表情は晴れ晴れとしている。
やがて恋愛電話諸共姿を消し、気づいたときには放送室の前に立っていた。
「…もう起きていいぞ、陽向」
話しかけた直後、陽向は首元を掻きながら体を起こした。
「いつから知ってたんですか?」
「だいぶ前から。3分以上経っても起きないのは、結月の話を聞きたかったからだろ?」
「先輩には敵わないです」
行方不明になった生徒たちも、明日には戻ってくるだろう。
噂が暴走した原因は特定できずじまいだったが、そのあたりは今度対応していくしかない。
「俺に謝りたいだなんて、すごくいい子でしたね」
「相手を思うが故の行動か…」
私に恋は分からない。
それでも、相手を想う気持ちは痛いほど理解できる、
「岡副、折原」
「ああ、先生。ごめん、今日は資料を渡すって話をしてたのに遅くなったな」
時計を確認するともう下校時間近くて、午後の授業を丸々すっぽかしたことに気づく。
他の教員相手だったら𠮟りつけられていただろう。
「授業日数は大丈夫なのか?」
「ああ。そのあたりはちゃんと計算してる」
「俺はもう3分の2以上出たんで大丈夫です!…物理基礎以外は」
「なんで理科だけ休もうとする?特に物理基礎はやっておかないと、もし理系に行きたくなったら困るぞ」
「ならないから大丈夫です!俺、ばりばり文系なので」
扉の前でこんなに騒いでいるのに、放送室の主は姿を見せない。
騒がしいのが苦手なだけならいいが、体調は大丈夫だろうか。
先生には今日中に資料を渡しに行くとだけ話して、先に監査室へ向かった。
「陽向は桜良のところへ行け。終わったら私も行くから」
「ありがとうございます」
いつもどおりにふるまってはいたが、本当は心配で仕方ないはずだ。
それに、今日くらいは恋人たちの大事な時間を奪いたくない。
たとえその想いを一生抱くことがないと分かっていても、誰かにとって大切なものであることに変わりはないのだから。
「違うわ。あの人はとてもいい人だった。でも、チャラ男が家に出入りしはじめてから変わってしまったの」
最初は見た目がちゃらけれど悪い人間ではないと感じたらしい。
親身に寄り添って話を聞いて、一緒にご飯を食べる機会もあったそうだ。
「ここまで聞いた限りだといい人みたいだけど、それから何かあったのか?」
「……他にいい女がいたからって捨てられたの。きちんと話し合おうって言ったあの人を突き飛ばして、階段から落ちて骨折…。
恋人のためなら頑張れる気がするって言ってたの。…だけど最後はあることないこと周りに言いふらされて自殺したわ」
あまりに残酷な結末に怒りと悲しみがわいてくる。
「子猫の頃、過去に苦しめられていたあの人は私を拾ってくれたの。
自分だってぼろぼろなくせに、最期は私にごめんなんて言うのよ。…謝らないといけないのは私の方だったのに」
猫又の声は震えている。
陽向に対して警戒していたのは、自分の飼い主を酷い目に遭わせた人間と重ねてしまったからだ。
「その人の最期がどんな形であれ、おまえがいたからその人は独りじゃなかったんだ。
こんなことを言うのも変かもしれないけど、その人と最期まで一緒にいてくれてありがとう」
猫又は顔を覆って泣きじゃくる。
どんな言葉をかけていいのか分からず、そのまま無言で見守ることにした。
「あなたみたいな人間もいるってこと、すっかり忘れていたわ。…まあ、今回はお礼を言っておこうかしら」
「どういたしまして」
あまり素直になれない性格のようだが、決して悪いやつという印象は持ってない。
「そういえば、猫又はどうして恋愛電話なんてものを使えるんだ?」
「あの人のような思いをする人を減らしたかったの。悪いことをしたらお仕置き程度に色々やって、すぐ帰していたわ。
まさか誰にも恋愛感情を持っていない人間がいるとは思ってなかったけどね。取り敢えずそのチャラ男には謝らないと…。許してくれるかしら?」
「陽向はきっと許してくれる。優しいんだな、猫又は」
それから少しだけ沈黙が流れて、猫又は小さく呟いた。
「……結月」
「え?」
「名前!結月っていうの。あの人が付けてくれた、大切な名前よ」
「そうか。色々教えてくれてありがとう。また会いに来るよ。…またな、結月」
結月は困った人間と小さく言ったが、その表情は晴れ晴れとしている。
やがて恋愛電話諸共姿を消し、気づいたときには放送室の前に立っていた。
「…もう起きていいぞ、陽向」
話しかけた直後、陽向は首元を掻きながら体を起こした。
「いつから知ってたんですか?」
「だいぶ前から。3分以上経っても起きないのは、結月の話を聞きたかったからだろ?」
「先輩には敵わないです」
行方不明になった生徒たちも、明日には戻ってくるだろう。
噂が暴走した原因は特定できずじまいだったが、そのあたりは今度対応していくしかない。
「俺に謝りたいだなんて、すごくいい子でしたね」
「相手を思うが故の行動か…」
私に恋は分からない。
それでも、相手を想う気持ちは痛いほど理解できる、
「岡副、折原」
「ああ、先生。ごめん、今日は資料を渡すって話をしてたのに遅くなったな」
時計を確認するともう下校時間近くて、午後の授業を丸々すっぽかしたことに気づく。
他の教員相手だったら𠮟りつけられていただろう。
「授業日数は大丈夫なのか?」
「ああ。そのあたりはちゃんと計算してる」
「俺はもう3分の2以上出たんで大丈夫です!…物理基礎以外は」
「なんで理科だけ休もうとする?特に物理基礎はやっておかないと、もし理系に行きたくなったら困るぞ」
「ならないから大丈夫です!俺、ばりばり文系なので」
扉の前でこんなに騒いでいるのに、放送室の主は姿を見せない。
騒がしいのが苦手なだけならいいが、体調は大丈夫だろうか。
先生には今日中に資料を渡しに行くとだけ話して、先に監査室へ向かった。
「陽向は桜良のところへ行け。終わったら私も行くから」
「ありがとうございます」
いつもどおりにふるまってはいたが、本当は心配で仕方ないはずだ。
それに、今日くらいは恋人たちの大事な時間を奪いたくない。
たとえその想いを一生抱くことがないと分かっていても、誰かにとって大切なものであることに変わりはないのだから。
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