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第3章『恋愛電話』
第18話
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「憲兵姫、またお手柄だったらしいよ」
「流石姫って感じよね!」
学校に行くのが憂鬱になるような言葉が耳に入り、苦笑しながら監査室へ向かう。
扉を開けると、陽向がいつものようににやにやしながら作業していた。
「おはようございます、憲兵姫!」
「…やっぱり何かあだ名を考えるか」
「すみません、詩乃先輩」
陽向に悪気がないのは分かっているが、勝手にあだ名をつけられて騒がれるのは苦手だ。
あれは監査部全員で動いたから解決したものであって、決して私のおかげではない。
「今日は桜良のところに行かなくていいのか?」
「今はまだいいんです。ゆっくりしたいだろうし…」
「そうか」
いつもどおり作業していると、どこからか黒猫が歩いてきた。
「どこから入ってきたんだろうな」
もし捨て猫ならカフェに連れていくしかないが、首には鈴がついている。
それに、大事にされていないならこんなに毛並みが整っているはずがない。
「いいですね、猫!授業中は桜良に預けておいてもいいですか?」
「授業に出てないのか?」
「出たり出なかったりって感じですかね…。今日は行きたくない気分だって言ってたので、多分放送室にいます」
真面目に授業に…なんて言うつもりはないが、出ていない理由は気になる。
「心配しなくても、先輩が思ってるようなことじゃないですよ」
目の前で猫と戯れる後輩にはいつも見透かされる。
それならひとまず安心だ。
「それじゃあ放課後ここで」
「はい」
周りからきゃあきゃあ声が響くのを聞いていないふりをして、さっさと教室へ入った。
「先生」
「どうした?」
「穂村奏多はあれから大丈夫か?」
「今は学校を休んでる。通信制に移動する準備中ってところだ。
監査部の話をしたら、自分でよければやってみたいと話してた」
先生のことだ、きっと慣れない環境で辛い思いをさせないように工夫しているんだろう。
「歓迎するって伝えておいてくれ。私のことを向こうは知らないだろうから」
「分かった」
先生の後ろ姿を見送り、そのまま監査室へと向かう。
溜まっている仕事を片づけて、放課後時間を作りたい。
「失礼します」
そうして迎えた放課後、真っ先に向かったのは放送室だ。
「桜良、いるか?」
「あ…詩乃先輩」
黒猫は桜良に撫でてもらって気持ちよさそうにしている。
桜良も特に嫌がっている様子はなく、優しく微笑んでいた。
「ごめん。飼い主を探した方がいいと思ったんだけど、まだ方法がないんだ」
「私が預かっていたら駄目ですか?」
「別に構わないけど、流石に最低日数は授業に出ないもいけないだろう?そのあたりは大丈夫なのか?」
陽向と一緒に進級してほしいなんて今の時点で考えている私は変だろうか。
なんとなく放っておけなくて、ついそんなことを言ってしまう。
「ごめん、訊かれたくなかっただろう」
「いいえ。授業にはちゃんと出ます。ここでならいい子でいてくれるような気がするので、面倒を見たいです」
「分かった。それならこれを渡しておく」
鞄から袋を出すと、桜良は目をきらきらさせてこちらを見た。
「それには何が入っているんですか?」
「猫のお世話セット。バイト先で色々やってたら持ってないと落ち着かなくなったんだ」
こうして使う機会ができたなら持ち歩いておいてよかった。
「私が持っているのはこれだけで…他になにか必要なものはありますか?」
「粉ミルクか。あとは子猫用の餌がいいだろうな。…あった。これを1日2回目安であげてほしい。
量はこれくらい、食べきれないようなら3回に分けて…」
桜良は私が説明したことを真面目にメモして、丁寧に道具を洗ってくれた。
それにしても、ただの放送室に見えないほど物が充実している。
「あの、これで大丈夫でしょうか?」
「ああ。ありがとう」
桜良の笑顔に少し安心していると、勢いよく扉が開かれる。
「もう少し静かに入ってこられないの?」
「だって桜良に会いたかったから…あれ、先輩?」
「ごめん。監査室に行く前に猫の様子を見ておきたかったんだ」
ふたりの邪魔にならないよう静かに退散することにしよう。
ちらっと目が合った黒猫は何かを訴えかけているような気がしたが、このときは答えに辿り着けなかった。
「流石姫って感じよね!」
学校に行くのが憂鬱になるような言葉が耳に入り、苦笑しながら監査室へ向かう。
扉を開けると、陽向がいつものようににやにやしながら作業していた。
「おはようございます、憲兵姫!」
「…やっぱり何かあだ名を考えるか」
「すみません、詩乃先輩」
陽向に悪気がないのは分かっているが、勝手にあだ名をつけられて騒がれるのは苦手だ。
あれは監査部全員で動いたから解決したものであって、決して私のおかげではない。
「今日は桜良のところに行かなくていいのか?」
「今はまだいいんです。ゆっくりしたいだろうし…」
「そうか」
いつもどおり作業していると、どこからか黒猫が歩いてきた。
「どこから入ってきたんだろうな」
もし捨て猫ならカフェに連れていくしかないが、首には鈴がついている。
それに、大事にされていないならこんなに毛並みが整っているはずがない。
「いいですね、猫!授業中は桜良に預けておいてもいいですか?」
「授業に出てないのか?」
「出たり出なかったりって感じですかね…。今日は行きたくない気分だって言ってたので、多分放送室にいます」
真面目に授業に…なんて言うつもりはないが、出ていない理由は気になる。
「心配しなくても、先輩が思ってるようなことじゃないですよ」
目の前で猫と戯れる後輩にはいつも見透かされる。
それならひとまず安心だ。
「それじゃあ放課後ここで」
「はい」
周りからきゃあきゃあ声が響くのを聞いていないふりをして、さっさと教室へ入った。
「先生」
「どうした?」
「穂村奏多はあれから大丈夫か?」
「今は学校を休んでる。通信制に移動する準備中ってところだ。
監査部の話をしたら、自分でよければやってみたいと話してた」
先生のことだ、きっと慣れない環境で辛い思いをさせないように工夫しているんだろう。
「歓迎するって伝えておいてくれ。私のことを向こうは知らないだろうから」
「分かった」
先生の後ろ姿を見送り、そのまま監査室へと向かう。
溜まっている仕事を片づけて、放課後時間を作りたい。
「失礼します」
そうして迎えた放課後、真っ先に向かったのは放送室だ。
「桜良、いるか?」
「あ…詩乃先輩」
黒猫は桜良に撫でてもらって気持ちよさそうにしている。
桜良も特に嫌がっている様子はなく、優しく微笑んでいた。
「ごめん。飼い主を探した方がいいと思ったんだけど、まだ方法がないんだ」
「私が預かっていたら駄目ですか?」
「別に構わないけど、流石に最低日数は授業に出ないもいけないだろう?そのあたりは大丈夫なのか?」
陽向と一緒に進級してほしいなんて今の時点で考えている私は変だろうか。
なんとなく放っておけなくて、ついそんなことを言ってしまう。
「ごめん、訊かれたくなかっただろう」
「いいえ。授業にはちゃんと出ます。ここでならいい子でいてくれるような気がするので、面倒を見たいです」
「分かった。それならこれを渡しておく」
鞄から袋を出すと、桜良は目をきらきらさせてこちらを見た。
「それには何が入っているんですか?」
「猫のお世話セット。バイト先で色々やってたら持ってないと落ち着かなくなったんだ」
こうして使う機会ができたなら持ち歩いておいてよかった。
「私が持っているのはこれだけで…他になにか必要なものはありますか?」
「粉ミルクか。あとは子猫用の餌がいいだろうな。…あった。これを1日2回目安であげてほしい。
量はこれくらい、食べきれないようなら3回に分けて…」
桜良は私が説明したことを真面目にメモして、丁寧に道具を洗ってくれた。
それにしても、ただの放送室に見えないほど物が充実している。
「あの、これで大丈夫でしょうか?」
「ああ。ありがとう」
桜良の笑顔に少し安心していると、勢いよく扉が開かれる。
「もう少し静かに入ってこられないの?」
「だって桜良に会いたかったから…あれ、先輩?」
「ごめん。監査室に行く前に猫の様子を見ておきたかったんだ」
ふたりの邪魔にならないよう静かに退散することにしよう。
ちらっと目が合った黒猫は何かを訴えかけているような気がしたが、このときは答えに辿り着けなかった。
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