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第2章『音楽室の亡霊と最後の逢瀬』
番外篇『穂乃の参観日』
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「ただいま」
「おかえり!」
穂乃は随分嬉しそうに話しているが、何か隠しているような気がする。
「明日の表彰式、絶対に行く」
「覚えててくれたの?」
「勿論だ」
「楽しみにしてるね」
緊張しているだけだと思っていたが、その考えは穂乃が寝た後くつがえされることになる。
たまたま足に当たった小さめのゴミ袋から、くしゃくしゃになった紙が1枚出てきた。
「『授業参観のお知らせ』…?」
言いづらそうにしていたのはこれか。
その日付は間違いなく明日のもので、私を困らせないよう気遣わせてしまったのだと理解した。
いじめの件もなんとか解決できそうだし、1日休むくらいなら問題ないだろう。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
弁当の中身は穂乃の好きなもので埋めた。
あとはいつ授業を抜けるかだ。
「先生、おはよう」
「おはよう。…何かあったのか?」
「実は今日、どうしても授業を抜けたいんだ。妹の授業参観があって、ちゃんと行きたい」
「午後から休めば間に合うなら、許可証は俺が出せる」
この学園では、体調不良や事件事故・冠婚葬祭以外の理由で遅刻や早退をする場合に許可証が必要になる。
先生が許可を出してくれるなら問題ないだろう。
「ありがとう、先生」
「俺は教師の仕事をしているだけだ」
なんだか先生の元気がないように見えるけど、細かいことまで訊いていいか分からない。
だから今日も、そうかと一言返すのでせいいっぱいだった。
「今日の授業はここまでにしましょう」
その言葉を聞いた直後に荷物をまとめ、そのまま小学校へ向かう。
自転車をとばせば間に合う距離だが、できるだけ早く着いておきたい。
「あら、折原さん?」
「吉川先生、こんにちは。妹の教室ってどこですか?」
「一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
吉川先生は穂乃の担任の先生で、余程のことがなければ6年生まで受け持つことが決まっている。
穂乃に何かあったとき、先生から話を聞いたことも少なくない。
「ここです」
向こうから見えない位置から教室を覗くと、穂乃は友人と楽しそうに過ごしていた。
何度か家に遊びに来ていたのを見たことはあるが、ちゃんと話したことはないので向こうは私を知らないだろう。
「みなさん、席についてください。そろそろ授業を始めますよ」
「はい!」
色々な保護者がやってくるなか、穂乃が少し寂しそうにしているのが目に入る。
最近ずっと寂しい思いをさせてしまっていたから、今日くらいは家族らしいことをしたかった。
授業内容は穂乃があまり得意じゃないと話していた算数だったが、先生の話を真面目に聞いている姿を見て思わず笑みがこぼれる。
やがて授業が終わり、児童たちは体育館へ移動しはじめた。
「穂乃ちゃん、緊張してる?」
「えっと、その…」
穂乃は人前で発表したり、大勢に注目されるのが好きじゃない。
私も得意ではないから緊張するのは分かる。
だったら、私にできるのはひとつだけだ。
「穂乃」
「え、お姉ちゃん!?」
驚く妹にいつもどおり声をかける。
「穂乃なら大丈夫だ。失敗したらどうしようとか考えずに、ただ賞状をもらって…その姿を沢山の猫が見ていると思えばいい」
「猫って…お姉ちゃんらしいね」
緊張するなら、見ている人たちを自分が好きな何かに置き換えればいい。
「ありがとう。私、頑張ってみる!」
「その意気だ。ちゃんと見てるから胸を張っていってこい」
「うん!」
先生に一礼して、一足先に体育館へ足を踏み入れる。
穂乃は固まりながらも、なんとか賞状を受け取っていた。
「お姉ちゃん、いつからいたの?」
帰り道、自転車を押しながら歩いていると穂乃に突然そんな質問をされる。
「さあ、いつからだろうな?」
「もう…教えてくれてもいいのに」
ぷくっと頬をふくらませる穂乃と目を見て答えた。
「最初からだよ。今日は学校が早く終わったんだ。…参観日のお知らせ、ちゃんと見せてくれてなかったからちょっと困ったけどな」
「ごめんなさい…。お姉ちゃんを困らせたくなかったの」
「分かってるよ。けど、私は穂乃にちゃんと寄り添いたいんだ。
だから、お便りを勝手に捨てたりしないでほしい」
「分かった」
「偉い偉い」
帰ったら今日は好きなものを沢山作ろう…そんなことを考えながらゆっくり自転車を押した。
「おかえり!」
穂乃は随分嬉しそうに話しているが、何か隠しているような気がする。
「明日の表彰式、絶対に行く」
「覚えててくれたの?」
「勿論だ」
「楽しみにしてるね」
緊張しているだけだと思っていたが、その考えは穂乃が寝た後くつがえされることになる。
たまたま足に当たった小さめのゴミ袋から、くしゃくしゃになった紙が1枚出てきた。
「『授業参観のお知らせ』…?」
言いづらそうにしていたのはこれか。
その日付は間違いなく明日のもので、私を困らせないよう気遣わせてしまったのだと理解した。
いじめの件もなんとか解決できそうだし、1日休むくらいなら問題ないだろう。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
弁当の中身は穂乃の好きなもので埋めた。
あとはいつ授業を抜けるかだ。
「先生、おはよう」
「おはよう。…何かあったのか?」
「実は今日、どうしても授業を抜けたいんだ。妹の授業参観があって、ちゃんと行きたい」
「午後から休めば間に合うなら、許可証は俺が出せる」
この学園では、体調不良や事件事故・冠婚葬祭以外の理由で遅刻や早退をする場合に許可証が必要になる。
先生が許可を出してくれるなら問題ないだろう。
「ありがとう、先生」
「俺は教師の仕事をしているだけだ」
なんだか先生の元気がないように見えるけど、細かいことまで訊いていいか分からない。
だから今日も、そうかと一言返すのでせいいっぱいだった。
「今日の授業はここまでにしましょう」
その言葉を聞いた直後に荷物をまとめ、そのまま小学校へ向かう。
自転車をとばせば間に合う距離だが、できるだけ早く着いておきたい。
「あら、折原さん?」
「吉川先生、こんにちは。妹の教室ってどこですか?」
「一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
吉川先生は穂乃の担任の先生で、余程のことがなければ6年生まで受け持つことが決まっている。
穂乃に何かあったとき、先生から話を聞いたことも少なくない。
「ここです」
向こうから見えない位置から教室を覗くと、穂乃は友人と楽しそうに過ごしていた。
何度か家に遊びに来ていたのを見たことはあるが、ちゃんと話したことはないので向こうは私を知らないだろう。
「みなさん、席についてください。そろそろ授業を始めますよ」
「はい!」
色々な保護者がやってくるなか、穂乃が少し寂しそうにしているのが目に入る。
最近ずっと寂しい思いをさせてしまっていたから、今日くらいは家族らしいことをしたかった。
授業内容は穂乃があまり得意じゃないと話していた算数だったが、先生の話を真面目に聞いている姿を見て思わず笑みがこぼれる。
やがて授業が終わり、児童たちは体育館へ移動しはじめた。
「穂乃ちゃん、緊張してる?」
「えっと、その…」
穂乃は人前で発表したり、大勢に注目されるのが好きじゃない。
私も得意ではないから緊張するのは分かる。
だったら、私にできるのはひとつだけだ。
「穂乃」
「え、お姉ちゃん!?」
驚く妹にいつもどおり声をかける。
「穂乃なら大丈夫だ。失敗したらどうしようとか考えずに、ただ賞状をもらって…その姿を沢山の猫が見ていると思えばいい」
「猫って…お姉ちゃんらしいね」
緊張するなら、見ている人たちを自分が好きな何かに置き換えればいい。
「ありがとう。私、頑張ってみる!」
「その意気だ。ちゃんと見てるから胸を張っていってこい」
「うん!」
先生に一礼して、一足先に体育館へ足を踏み入れる。
穂乃は固まりながらも、なんとか賞状を受け取っていた。
「お姉ちゃん、いつからいたの?」
帰り道、自転車を押しながら歩いていると穂乃に突然そんな質問をされる。
「さあ、いつからだろうな?」
「もう…教えてくれてもいいのに」
ぷくっと頬をふくらませる穂乃と目を見て答えた。
「最初からだよ。今日は学校が早く終わったんだ。…参観日のお知らせ、ちゃんと見せてくれてなかったからちょっと困ったけどな」
「ごめんなさい…。お姉ちゃんを困らせたくなかったの」
「分かってるよ。けど、私は穂乃にちゃんと寄り添いたいんだ。
だから、お便りを勝手に捨てたりしないでほしい」
「分かった」
「偉い偉い」
帰ったら今日は好きなものを沢山作ろう…そんなことを考えながらゆっくり自転車を押した。
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