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第2章『音楽室の亡霊と最後の逢瀬』
第16話
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穂村の表情はみるみるうちに曇っていった。
「この眼鏡に何か細工してるんでしょ?人の心をおちょくるのは、」
《ごめんなさい。私がお願いしたんです。どうしても奏多さんに会いたくて、話せる方法はないかって…。
少しだけでいいから、あなたと話がしたかったんです》
「信じられないなら信じてくれなくていい。俺たちはただ、穂村君と話がしたいっていう彩ちゃんのお願いを叶えただけだから」
「…岡副には、目の前にいる森川がどう視える?」
「やっと会えて嬉しそう、かな」
《奏多さん》
森川が手を伸ばしたその先に、困惑した穂村がいる。
出ていくべきか迷ったが、陽向が必死に声をあげた。
「相手を大切に想うなら、夢だと思って目の前の彩ちゃんと話してみたらいいと思う。
大事な相手と話さずに後悔するより、ちゃんと話して相手に届いてるって信じられた方がいいんじゃないかな?」
「……それもそうか」
陽向の勢いに押され、穂村は向き合うことを決めたらしい。
「森川が行きたい場所、どこかある?」
《1度でいいから、中庭に行ってみたかったんです。一緒に行ってくれますか?》
「…いいよ」
ふたりが歩き出したのを見守りながら、小さくガッツポーズした陽向に声をかける。
「お疲れ。おまえの言葉がちゃんと届いたみたいだな」
「ですね!だからまあ…」
眼前まで迫っている怪獣のようなものの前にふたりで立つ。
「俺たちは、人の恋路を邪魔しそうなものを狩りましょうか!」
「そうだな」
予め用意しておいた札を矢にくくりつけ、いつもどおり放つ。
相手の額に命中したがまだ元気そうだ。
《力、欲しい…寄こせ》
「私たちを食べても美味くないぞ」
水のようなものを避けながら音楽室を出ると、またどこからか蜘蛛の糸が飛んできた。
「先輩」
「ああ、まただ」
その後は私たちが出る幕などなく、いつの間にか跡形もなく消えていた。
「ふたりを追いかけよう。私は顔を知られない方がいいだろうから、少し離れた場所から見てる」
「分かりました」
小走りで中庭に向かうと、そこではふたりが何かを話していた。
表情からして悪いことではなさそうだ。
見つかればその雰囲気を壊してしまいそうで、花壇の近くにしゃがむ。
すると、もうひとり同じように座っている人物を発見した。
「…桜良?」
「……」
一瞬間違えたのかと思ったが、桜良は無言で頭を下げた。
もしかすると、ふたりに気づかれないように気をつけているのかもしれない。
しばらく黙って見ていたが、やがて穂村に陽向が駆け寄る。
「ありがとう。岡副君のおかげで森川と話ができた」
「俺の方こそ信じてくれてありがとう。穂村君は彩ちゃんが本当に好きなんだね」
「大事な友人だから。僕、10月から通信制に移動する予定なんだ。…最後に話し相手ができてよかった」
「そっか。じゃあ転入するまでは自主学習?」
ふたりの話し声を聞いていると、ふわりと優しい風が吹く。
《詩乃先輩、ありがとうございました》
「行くのか?」
《最後に話ができて満足です》
「そうか」
どんな話をしたのか訊いてしまってはいけない気がして、結局そんな言葉でしか返せなかった。
《私、詩乃先輩にも救われていたんです。そのおかげで奏多さんと出会えました。
向こうに光が見えるので、また音楽室から出られなくなる前に行きます》
「いってらっしゃい」
森川は最後の瞬間まで笑っていた。
なんとか成仏させられて安心しているが、今はまだ他にやるべきことがある。
「先輩、今日はこれで解散にしましょう。桜良を送ってきたいので…」
「そうだな。ふたりとも、遅くまでつきあってくれてありがとう」
眼鏡を持った陽向が桜良の手をひいて歩き出す。
ふたりとは反対方向に向かって1歩踏み出すと、前から先生がやってきた。
「こんな時間に何してる?」
「忘れ物したんだ。…あと、資料を仕上げたかった」
「あんまり遅くならないように気をつけろ」
「ありがとう」
時間外に校内をうろつく室星先生に関しては少し謎が残るものの、それよりいじめ案件に関する資料を仕上げたい。
なんとか解決したいと願いながら、持っている書類の束を読みかえした。
「この眼鏡に何か細工してるんでしょ?人の心をおちょくるのは、」
《ごめんなさい。私がお願いしたんです。どうしても奏多さんに会いたくて、話せる方法はないかって…。
少しだけでいいから、あなたと話がしたかったんです》
「信じられないなら信じてくれなくていい。俺たちはただ、穂村君と話がしたいっていう彩ちゃんのお願いを叶えただけだから」
「…岡副には、目の前にいる森川がどう視える?」
「やっと会えて嬉しそう、かな」
《奏多さん》
森川が手を伸ばしたその先に、困惑した穂村がいる。
出ていくべきか迷ったが、陽向が必死に声をあげた。
「相手を大切に想うなら、夢だと思って目の前の彩ちゃんと話してみたらいいと思う。
大事な相手と話さずに後悔するより、ちゃんと話して相手に届いてるって信じられた方がいいんじゃないかな?」
「……それもそうか」
陽向の勢いに押され、穂村は向き合うことを決めたらしい。
「森川が行きたい場所、どこかある?」
《1度でいいから、中庭に行ってみたかったんです。一緒に行ってくれますか?》
「…いいよ」
ふたりが歩き出したのを見守りながら、小さくガッツポーズした陽向に声をかける。
「お疲れ。おまえの言葉がちゃんと届いたみたいだな」
「ですね!だからまあ…」
眼前まで迫っている怪獣のようなものの前にふたりで立つ。
「俺たちは、人の恋路を邪魔しそうなものを狩りましょうか!」
「そうだな」
予め用意しておいた札を矢にくくりつけ、いつもどおり放つ。
相手の額に命中したがまだ元気そうだ。
《力、欲しい…寄こせ》
「私たちを食べても美味くないぞ」
水のようなものを避けながら音楽室を出ると、またどこからか蜘蛛の糸が飛んできた。
「先輩」
「ああ、まただ」
その後は私たちが出る幕などなく、いつの間にか跡形もなく消えていた。
「ふたりを追いかけよう。私は顔を知られない方がいいだろうから、少し離れた場所から見てる」
「分かりました」
小走りで中庭に向かうと、そこではふたりが何かを話していた。
表情からして悪いことではなさそうだ。
見つかればその雰囲気を壊してしまいそうで、花壇の近くにしゃがむ。
すると、もうひとり同じように座っている人物を発見した。
「…桜良?」
「……」
一瞬間違えたのかと思ったが、桜良は無言で頭を下げた。
もしかすると、ふたりに気づかれないように気をつけているのかもしれない。
しばらく黙って見ていたが、やがて穂村に陽向が駆け寄る。
「ありがとう。岡副君のおかげで森川と話ができた」
「俺の方こそ信じてくれてありがとう。穂村君は彩ちゃんが本当に好きなんだね」
「大事な友人だから。僕、10月から通信制に移動する予定なんだ。…最後に話し相手ができてよかった」
「そっか。じゃあ転入するまでは自主学習?」
ふたりの話し声を聞いていると、ふわりと優しい風が吹く。
《詩乃先輩、ありがとうございました》
「行くのか?」
《最後に話ができて満足です》
「そうか」
どんな話をしたのか訊いてしまってはいけない気がして、結局そんな言葉でしか返せなかった。
《私、詩乃先輩にも救われていたんです。そのおかげで奏多さんと出会えました。
向こうに光が見えるので、また音楽室から出られなくなる前に行きます》
「いってらっしゃい」
森川は最後の瞬間まで笑っていた。
なんとか成仏させられて安心しているが、今はまだ他にやるべきことがある。
「先輩、今日はこれで解散にしましょう。桜良を送ってきたいので…」
「そうだな。ふたりとも、遅くまでつきあってくれてありがとう」
眼鏡を持った陽向が桜良の手をひいて歩き出す。
ふたりとは反対方向に向かって1歩踏み出すと、前から先生がやってきた。
「こんな時間に何してる?」
「忘れ物したんだ。…あと、資料を仕上げたかった」
「あんまり遅くならないように気をつけろ」
「ありがとう」
時間外に校内をうろつく室星先生に関しては少し謎が残るものの、それよりいじめ案件に関する資料を仕上げたい。
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