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第2章『音楽室の亡霊と最後の逢瀬』
第13話
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全く集中できていない授業中、下衆い笑みを浮かべた教師が私に向かって言った。
「折原、この問題をやってみろ」
「……はい」
この教師は恐らく私を見下したいのだろう。
中等部から入った人間だけが偉いと考えている、とんでもない主張をしているのを聞いたことがある。
そんな暴論を繰り返す相手が、私をよく見ているはずがない。
「できました」
「…正解だ」
悔しそうに唇を噛む姿などどうでもいい。
今は、止まらなくなりつつある森川を止める方法を考えるのが先だ。
「陽向、少しいいか?」
『あ、今から放送室来てもらえます?』
「分かった」
昼休み、陽向に電話したところそんな言葉が返ってきて即答する。
持っていた資料を鞄に片づけ、放送室へ向かった。
「失礼します」
開けた直後、話し声がふたつ聞こえた。
「桜良、そう言わずに…」
「そういうことはもっと早く連絡してくれないと困る。先輩が来るならここを片づけておかないと失礼でしょう?
だから放課後にしてとお願いしたのに、どうして勝手に呼ぶの?」
「俺と詩乃先輩が追いかけてる子、もう時間がないんだ。だから早く集まれた方がいいだろうと思って…迷惑だった?」
「もう話していても仕方ない。先にご飯を──」
明らかに場違いな雰囲気を察知して外へ出ようとすると、ひとりの女子生徒がこちらに向かってきて呆然と立ち尽くした。
「桜良、どうかした?…あ、先輩」
「邪魔になるようなら放課後出直すけど、どうしてほしい?」
「散らかっていてごめんなさい。こちらにどうぞ」
あまり抑揚のない声で少女は私にそう言った。
「ごめん。ふたりの時間を妨げるつもりはなかったんだ。…私は折原詩乃。そっちの名前を教えてほしい」
「高等部1年、木嶋桜良です。クラスは陽向と同じです」
木嶋桜良と名乗った少女の視線は私の弁当袋に向けられている。
私はにこにこしながら座っている陽向に声をかけた。
「持ち主の許可も取らずに私を呼んだのか?」
「すみません。緊急事態だったので、つい」
「折原先輩もお昼ご飯を食べていないんですか?」
「ああ、私は今からだよ。それから、私のことは詩乃とでも呼んでくれ。私もおまえを桜良って呼びたい」
「はい」
なんだか少し顔が赤くなった気がする。
表情に出づらいところはあるようだが、ただ真面目なだけなのだと確信した。
「先輩となら仲良くしたくなった?」
「…まあ、詩乃先輩がいいなら」
「私の方こそよろしく。ここ数年、友だちなんてものを作ったことがないんだ」
転校したりある存在から逃げたりする為に、人付き合いは極力避けてきた。
だが、桜良からは不思議と親しみやすさを感じる。
「朝、音楽室にあったものを見たか?」
「見ました!先輩も見たんですよね?」
「ああ。だけどあの場所に森川彩はいなかった」
それが問題なのだ。
夜しか現れられないなら、穂村奏多に会わせるのが難しくなる。
「その、森川さんという人が音楽室の亡霊なんですか?」
「うん。知り合いだしなんとか力になりたいんだけど、成仏に必要な条件は恐らくある人物と直接話をすることなんだ。
私はそれを叶えてやりたい。そこにはもうひとつ問題があるけど、どうにかしてやりたいんだ」
「もうひとつ…そっか、穂村って多分視えないですよね?同じクラスなので分かります」
その一言で穂村奏多がどんな苦労をしてきたのか理解した。
「陽向と同じクラスってことは、特進クラスなのか…」
「それも奨学生なんですよ。学費が全額免除になるやつ」
「成績トップで入学か。…それが目をつけられた理由だな」
断言はできないが相当なプレッシャーだっただろう。
色々なことを整理していると、陽向が桜良に向き直る。
「というわけで、今回も協力してほしいんだ」
「今回もってことは、やっぱり桜良が協力者なのか」
「はい。だけど俺は桜良に無理に受けてほしいとは言えません。
…あれだけのことをして、また辛い思いをするところを見るのは嫌だから」
噂を関与できるということは、私の予想以上に大変なことになっているのかもしれない。
桜良を見つめると、彼女は笑顔で答えてくれた。
「私は構いません。先輩がいなかったら陽向がずっとひとりで無理をしていたはずですから」
「ありがとう。私にも何か手伝えることはあるか?」
「…先輩は、機械いじりが好きですか?」
どういった系統のものかによるが、別に嫌いなわけじゃない。
「できなくはない」
「それなら、もう少し放送器具がちゃんと動くようにしてほしいです。
できるだけ遠くまで届いてくれないと、意味がありませんから」
「分かった。すぐやる」
協力してもらうのだから、自分にできることはしっかりこなしたい。
途中から作業に陽向も加わってくれたが、修理が終わるのとほぼ同時に予鈴が鳴り響いた。
「折原、この問題をやってみろ」
「……はい」
この教師は恐らく私を見下したいのだろう。
中等部から入った人間だけが偉いと考えている、とんでもない主張をしているのを聞いたことがある。
そんな暴論を繰り返す相手が、私をよく見ているはずがない。
「できました」
「…正解だ」
悔しそうに唇を噛む姿などどうでもいい。
今は、止まらなくなりつつある森川を止める方法を考えるのが先だ。
「陽向、少しいいか?」
『あ、今から放送室来てもらえます?』
「分かった」
昼休み、陽向に電話したところそんな言葉が返ってきて即答する。
持っていた資料を鞄に片づけ、放送室へ向かった。
「失礼します」
開けた直後、話し声がふたつ聞こえた。
「桜良、そう言わずに…」
「そういうことはもっと早く連絡してくれないと困る。先輩が来るならここを片づけておかないと失礼でしょう?
だから放課後にしてとお願いしたのに、どうして勝手に呼ぶの?」
「俺と詩乃先輩が追いかけてる子、もう時間がないんだ。だから早く集まれた方がいいだろうと思って…迷惑だった?」
「もう話していても仕方ない。先にご飯を──」
明らかに場違いな雰囲気を察知して外へ出ようとすると、ひとりの女子生徒がこちらに向かってきて呆然と立ち尽くした。
「桜良、どうかした?…あ、先輩」
「邪魔になるようなら放課後出直すけど、どうしてほしい?」
「散らかっていてごめんなさい。こちらにどうぞ」
あまり抑揚のない声で少女は私にそう言った。
「ごめん。ふたりの時間を妨げるつもりはなかったんだ。…私は折原詩乃。そっちの名前を教えてほしい」
「高等部1年、木嶋桜良です。クラスは陽向と同じです」
木嶋桜良と名乗った少女の視線は私の弁当袋に向けられている。
私はにこにこしながら座っている陽向に声をかけた。
「持ち主の許可も取らずに私を呼んだのか?」
「すみません。緊急事態だったので、つい」
「折原先輩もお昼ご飯を食べていないんですか?」
「ああ、私は今からだよ。それから、私のことは詩乃とでも呼んでくれ。私もおまえを桜良って呼びたい」
「はい」
なんだか少し顔が赤くなった気がする。
表情に出づらいところはあるようだが、ただ真面目なだけなのだと確信した。
「先輩となら仲良くしたくなった?」
「…まあ、詩乃先輩がいいなら」
「私の方こそよろしく。ここ数年、友だちなんてものを作ったことがないんだ」
転校したりある存在から逃げたりする為に、人付き合いは極力避けてきた。
だが、桜良からは不思議と親しみやすさを感じる。
「朝、音楽室にあったものを見たか?」
「見ました!先輩も見たんですよね?」
「ああ。だけどあの場所に森川彩はいなかった」
それが問題なのだ。
夜しか現れられないなら、穂村奏多に会わせるのが難しくなる。
「その、森川さんという人が音楽室の亡霊なんですか?」
「うん。知り合いだしなんとか力になりたいんだけど、成仏に必要な条件は恐らくある人物と直接話をすることなんだ。
私はそれを叶えてやりたい。そこにはもうひとつ問題があるけど、どうにかしてやりたいんだ」
「もうひとつ…そっか、穂村って多分視えないですよね?同じクラスなので分かります」
その一言で穂村奏多がどんな苦労をしてきたのか理解した。
「陽向と同じクラスってことは、特進クラスなのか…」
「それも奨学生なんですよ。学費が全額免除になるやつ」
「成績トップで入学か。…それが目をつけられた理由だな」
断言はできないが相当なプレッシャーだっただろう。
色々なことを整理していると、陽向が桜良に向き直る。
「というわけで、今回も協力してほしいんだ」
「今回もってことは、やっぱり桜良が協力者なのか」
「はい。だけど俺は桜良に無理に受けてほしいとは言えません。
…あれだけのことをして、また辛い思いをするところを見るのは嫌だから」
噂を関与できるということは、私の予想以上に大変なことになっているのかもしれない。
桜良を見つめると、彼女は笑顔で答えてくれた。
「私は構いません。先輩がいなかったら陽向がずっとひとりで無理をしていたはずですから」
「ありがとう。私にも何か手伝えることはあるか?」
「…先輩は、機械いじりが好きですか?」
どういった系統のものかによるが、別に嫌いなわけじゃない。
「できなくはない」
「それなら、もう少し放送器具がちゃんと動くようにしてほしいです。
できるだけ遠くまで届いてくれないと、意味がありませんから」
「分かった。すぐやる」
協力してもらうのだから、自分にできることはしっかりこなしたい。
途中から作業に陽向も加わってくれたが、修理が終わるのとほぼ同時に予鈴が鳴り響いた。
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